東暦六八一年、――数年にわたり異常気象が大陸規模で続いた。農作物の不作による深刻な食糧不足が大陸中で問題になり、食料を確保するために犯罪に走る者も少なくなかった。弱い者は強奪され踏みにじられた。小さな諍いの火種は簡単に規模の拡大を果たし、半年の内に大陸全土が戦火に包まれた。
事の発端は何だったのか、恐らく誰にも解らなかっただろう。
皮肉なことに、戦争が始まった瞬間から気候は元の落ち着きを取り戻した。だが、飢餓からの解放は各国の闘志に水を差すどころか、国力の余裕が更に戦況を複雑にしていった。
当然、兵器の類を開発している技術者は、どうすれば敵対国より優位に立てるか考えた。
敵味方の人的資源はどうしても有限で、どれだけ有能な武器を揃えたとしても扱う人間方が無能であれば、役に立たないだけでなく下手をすれば相手に奪われる。また、どれだけ優秀な人材でも、恒久的にその能力を発揮するのは不可能だ。
ではどうすれば、同じだけのエネルギーを使いながらより多くの戦果を上げられるのか。
問題は、人間が全てのことを僅かのミスも無く永久にこなすことが不可能であること。そして優秀な人間は意図的に造れないこと。
東歴六九一年――
この二つの問題は、研究者の思考の中から倫理と正義が絶滅した時に解決した。
優秀な人間を造るのが無理なら、唯の人間と優秀な武器を混ぜ合わせて優秀な、ミスの無い完璧な存在を造ればいい。天賦の才など必要無く、壊れた個所はいくらでも部品交換が可能で、唯の人間ならそうそう枯渇することもない。一体あたりの作成費用は高くつくが、いつまでも使い減らないのだから簡単に元は取れる。
この計画は当初、軍人貴族の御曹司や御令嬢からの立候補を募った。永い戦争に国民の思想改造はお約束とういやつで、歪んだ愛国心の塊を持った良家の人間は、こぞって自分の子供を人体実験同然の場に差し出した。
幸か不幸か、その実験は大成功。有機物から造られた最強の筋組織と神経系との融合を果たした彼らは、国の為に全ての敵をなぎ払う最強の兵器となった。
その最強の兵器があげる莫大な戦果に味を占めた軍部は、スラム街に住む孤児や貧しい家庭から十代の少年少女を集め、飛躍的に戦力を上げていった。敵対国はそれに対応することができず、強化兵が開発された僅か二年後に占領された。
戦争の終結――人間の平和の到来は、兵器にとって平和の壊滅であり、苦難の始まりでもあった。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ――
いや、殺された。
誰に?
化け物、に。
信じられない、動きだった。彼らは、刀身三十センチメートルくらいの緩く湾曲した刃物を武器に、楚螺の同僚をほとんど反応する暇も与えず切り裂いていった。楚螺には目にとめることも敵わなかった。戦う少年漫画でしか起こりえないことが眼前で起こった。精鋭とはいえ、たった数十人で軍事基地を落とすなんてあっていい訳がない。
深雷に担がれ絶命した同僚を涙で歪んだ視界に収めながら、楚螺は首筋に冷たい針が刺さるのを感じた。
「大丈夫だよ。ただの筋弛緩剤だから。いつまでも縛られてるの嫌でしょ?」
さっきまで、そう一瞬前まで楚螺の同僚だった者たちの肉片を、旧式の軍靴で踏みにじりながら、こともあろうに楚螺本人にそう告げてくるこの深雷とかいう化け物は、生命として異常な精神の持ち主に違いない。嫌味で言っているならまだ分かるが、会った瞬間から変わらないこの友好的な青年の口調からは、とてもそうとは思えなかった。
「殲滅完了。死体は外に放り出しておけば、国軍がなんとかするだろ」
瀧夜はとりあえずの戦闘終了を仲間に宣言した。
「ねー瀧夜、この子の縄解いてあげてもいいよね?」
「好きにしろ」
楚螺を壁にもたれかかるように下ろして、瀧夜に許可をもらった未雷は楚螺の拘束を解き始めた。もちろん、筋弛緩剤を打たれた楚螺が自由になるわけではなかったが、とりあえず話すことは出来るらしい。話したいことなんかないし、薬の効果があろうがあるまいが、今楚螺は自分の意志で立ち上がり何かするなんて思いもよらなかった。
「あーあ、震えてる。可哀相に。どうするの? この子」
「ここの電子頭脳制御機器(コンピューター)は昔とずいぶん違ってるらしい。そいつがもしその操作に協力してくれるなら、わざわざ殺すこともないだろ」
「嫌だと言ったら?」
「……分かり切ってること訊くな」
瀧夜はなかなか感情を表情に表わさないが、付き合いの長い深雷には、瀧夜がこの結論に自分でも納得してないのが解る。ここには三十人の強化兵が保管されていたわけだが、『今現在自分たちが殺した現軍人の大部分は強化兵の戦後の処遇の決定などに関与しているはずもなく強化兵達の復讐の対象からは著しく外れている人間たちだ』と気づいている奴は深雷と瀧夜以外にはいそうもない。
かといって、今瀧夜と深雷がそれを指摘したところで、他の強化兵が納得してくれるとは思えなかった。強化兵になる経緯が他と違うため、二人の意見は軽視されがちであることもあるが、憎悪に理性を蝕まれている今の彼らには、どちらにしろそんなこと関係無しに何を言っても無駄だろう。
所詮、瀧夜は彼らの絶望憎悪虚無など理解できないのだから。強化兵の大半は貴族出身の奴らだが、瀧夜は親に幼い時から散々虐待された揚句、雀の涙の報奨金のため売られた子供だ。深雷の場合はもっと悪い。
国のために何不自由無く暮らしていた生活を捨て、化け物に身を落とした彼らと、国軍の裏切りによる衝撃は比べようもないだろう。
「おれは国軍に、むしろ感謝してもいるんだけどなぁ」
親元に居た頃は、親に殴られ働けなければ、食い物と寝床にありつけなかったのだ。軍役時代の二十四時間使える個室や破けてない新品の衣服、文字の読み方書き方等の当たり前の知識。どれもあのまま実家に居続けていれば、一生かかっても手に入らなかったもの。
「俺も、今生きているのは国軍のおかげだ」
どちらからともなく視線を落とし、恐怖に震えている少女を見つめて溜息をついた。
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