あのお調子者はもう俺のことを弄ってはこない。完全に無視を決め込んでいる。あいつとの関係はこの程度でもよかったが、クラスの俺に対する空気感はよくない。あからさまに攻めてくる奴はいないけど、口には出さずとも心のどこかで俺を怪しんでいることが微妙な態度で伝わってくる。すぐに飽きるだろうとタカをくくっていたが、ぎこちなさは尾を引いたまま4日経った。どうにも男子の間ではあのお調子者が、女子の間では亞北の靴を隠そうとしていたグループが、俺に仕返しするかのように悪口を広げているみたいだ。「鏡音が初音先輩をエロい目で視ていた」「鏡音は初音先輩のストーカーをしている」「初音先輩だけでなく女子なら誰でも同じことをやる」「鏡音はコンビニで万引きをやっていた」「鏡音が猫を蹴飛ばしていた」あの一件と何の関係もない事実無根の誹謗中傷も混ざりだし、俺の下駄箱には「パンツハンター鏡音」という裏で呼ばれているらしいあだ名が貼られ、ついにはすれ違い様にクスクスと笑うような連中まで現れ、状況は悪化していくように思える。メイコ先生はその後何かを知らせてくれることはなかったし、うやむやのまま収束を待つ腹なのかもしれない。
初音先輩の友人という女子グループに呼び出しを受け、詰問されたりもした。どうやら初音先輩本人には内緒でやっていることらしく、簡単に言えば「謝れ」という話だった。先輩たちの話から、初音先輩の元気がないこと、あのパンツは捨てさせたということ、そして、付き合いたいという申し出を断ったことで俺の事を傷つけ追いつめてしまったんじゃないかと気にしていることを知った。・・・胸が締め付けられる。俺が犯人ということにして、もう二度としないと謝れば、或は初音先輩の不安を払拭できるのかもしれない。だがダメだ。真犯人は今ものうのうとしているのだ。このままにはできない。俺は先輩たちにあらためて無実であることを主張し、案の定、お互い決裂というカタチで別れた。初音先輩の胸中察する余裕もなかった自分に気づいて僅かに恥じる。噂が広がれば、傷つくのは俺だけじゃないんだ。すぐにでも初音先輩に会って誤解を解きたいが、現段階では逆効果だろう。今はただ、やり場のない憤りに拳を握りしめ地面を睨むしかなかった。
理科の授業が終わったと同時、急激な倦怠感に襲われた。わいわいとざわめいて放課後の空気に変わっていくクラスの中、みんなの声がどんどん遠くへいくように感じる。俺に声をかける奴はいなかったし、俺もかけなかった。これが孤独感というものなのだろうか、鳥小屋に一匹魚が混じってしまったような居場所の無さ。重くなった身体を無理に立ち上げ、俺はクラスを出た。
「鏡音くん・・・」
ふとためらいがちな聞き慣れない声が俺を呼ぶ。振り返ると、そこには意外な人物がいた。
「亞北・・・」
亞北ネル。彼女の声をちゃんと聞いたのは、ひょっとしたらこれが始めてかもしれない。亞北は廊下の掲示板に刺さった画鋲を指でいじりながらうつむいていた。おれはゆっくりと返事をする。
「うん、何?」
亞北は俺の顔を視ようとせず、俺の脇腹のあたりに視線を置いて暫く言葉を選んだ後、
「私、偶然見つけちゃったんだ・・・これ」
と言って開いたケータイをサッと突き出してくる。思わず軽くのけぞった俺は、体勢を立て直してから小さな画面を凝視した。
・・・なんだ・・・これ・・・
「亞北、ここじゃアレだから、ちょっと場所変えよう」
「うん」
なんだ、なんなんだ、そこに映っていたのは、個人のブログか、もしくはツイッターだろうか。俺はネットにくらいので詳しい事はわからないが、それが何を表しているかは理解できる。真犯人への糸口だ。
つづく
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