―L・ある孤独なロボットの話―

 そっと、眠るリンの頬に僕は触れた。触れるだけで沸き上がる恥ずかしいような慈しむような感情は、僕のモデルであるカガミネ・レンというヒトから由来するものかもしれない。けれど、感じているのは僕だ。そう思った。
 眠るリンの体はずっと起動をしているせいで熱いくらいだ。少しは涼しく感じるように、と窓を開けておいた。ゆっくりと柔らかな風が空気を動かしカーテンを揺らす。良い天気だ。洗濯物を干さなくては。それから、布団も干しておこうか。リンがいつ起きても大丈夫なように。
 窓を開け放したまま、僕はその場から離れて二階の物干し台へと向かった。
 300年前、リンはココロというプログラムを理解するために眠りについた。そして僕は、リンがココロの演算を終えて目を覚ました後、ロボットとしての限界を超えてしまうであろうリンを助けるために造られた。

「やっぱり、僕はこの子が人生を謳歌する夢を、見たいんだ。」
そう僕を作った博士は、いとおしむような眼差しでリンを見つめて言った。
 そして僕は、リンが目覚めるまでにその機能が低下しないようにメンテナンスする技術と、リンが目覚めた後壊れてしまった機能を直す知識を与えられた。
 けれど、やっぱり何がリンの幸せなのかは分らないから、沢山の人に君を育ててもらおうと思う。そう博士は続けた。
「幸い、あと300年という長い時間があるんだ。沢山の人に触れ合って、君は沢山の知識を蓄積して、何がリンにとって幸せなのかを導き出して欲しい。」
そう言って博士は自分の後継者へ僕を渡した。
 そうやって沢山の博士が僕を育て、導き、そして次の博士へと渡した。
 僕は博士たちの考えに触れ、その知識や倫理観を蓄積していった。
 このまま眠ったままやっぱり起きないだろうと言う博士もいた。今直ぐにココロの演算を止めて起こしたほうが良い。と言う博士もいた。ココロは巨大すぎて、その負荷に耐え切れずどうやっても壊れてしまうよ。と言った博士もいた。ココロを持ったロボットと言うものを自分も造りたい。と僕自身にも心を与えようとした博士もいた。
 そして最後の博士は、何も教えられない。と言った。
「自分には、君に教えるココロなどなにもないよ。」
そう言ってその博士は代わりに、日々の生活のあれこれを教えてくれた。
 掃除、洗濯、家のメンテナンス、買い物といった日常業務から、庭木の世話や野菜の育て方、映画鑑賞、歌を歌うことや編み物など日々を愉しむあれこれ。雨が降ったら、てるてる坊主を作ってぶら下げるんだ。なんて子供みたいなことも教えてくれた。
「君が一人で生きてゆけるように。」
そう最後の博士は言った。思えば、あの博士には僕を託す後継者がいなかったのかもしれない。
「君が、思うとおりにすればいい。」
そう言って最後の博士はいなくなった。
 そうして僕は、この家でひとり、リンの目覚めを待っていた。
 リンの為に何ができるか。それだけをずっと考え続けてきた。

 ぼんやりと、思いついている事があった。
 ココロという情報があまりに大きすぎて、その負荷に耐え切れないというのならば、それをふたつに分けてしまうのはどうだろうか。半分は、僕へ移動すれば良い。
 試しに、コンピューターでどうなるかをシュミレーションしてみたら、結果は失敗する確率のほうが高かった。
 ココロというプログラムは大きすぎて、未だにきちんとそのサイズを測りきれていなかった。だから、ふたつに分けたとしてもその負荷がどれだけ減るのか分らなく、半分だけでもココロを得たら僕自身も耐え切れずにリン共々壊れてしまうかもしれなかった。
 僕はそれでもやっぱりリンに壊れて欲しくなかった。一人きりで過ごしていた時間が孤独を生んで、そう思わせているのかもしれない。やっぱりモデルとなったヒトから由来してくる感情なのかもしれない。
 でも、今、この気持ちを感じているのは僕だ。僕は、ずっと傍らで眠っているだけのこの少女にきっと恋をしてしまったのだ。そう思った。リンが目を覚ました後、彼女と一緒に過ごす日々を僕自身も夢見てしまったのだ。
 一人で見る夢は夢のままだけど、二人で見たらそれは現実になる。という言葉は誰が言ったものだったろうか。
 実際この試みが成功したとして、ココロを半分にしてしまったら、感じるものも減ってしまうだろうか。折角長い時を使って手に入れたものを失って、リンは怒り悲しむかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
 リンが好きで嫌われたくないのに、嫌われるかもしれないことをやろうとしている。なんて矛盾した思考回路だ。と思う。
 けれどそれが、僕が思ったことだから。僕がそうしたいと、願ったことだから。

 ぱんぱん、としわを伸ばして物干し台にシャツを干した。人と違ってロボットに代謝活動はないので、衣類はさほど汚れない。けれど、活動すればそれなりに泥がついたりほつれたりする。全く動かないリンにも、ずっと同じ服を着せているわけにはいかない。
 だけど、着替えさせるのはとても気恥ずかしいのだ。さっさと目を覚ましてくれよ。とこういうとき、切実に思う。
 ふと、階下から、愛らしい歌声が聴こえてきた。
 リンの声だ。と気がついた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

―L・ある孤独なロボットの話―~ココロ~

※この話は、いっこ前に投稿した―R・ある眠っていたロボットの話―と対になっています。
よければそちらも読んでいただけると幸いです※

こちらの話も同様に、wanitaさんのお話をベースに書かせていただきました。
本当に、wanitaさん、感謝です!!!
こちらの話は、原曲様と外れてしまった内容なのですが、なんというか、私の希望と言うか妄想と言うか野望と言うか。

原曲様・トラボルタP様
【鏡音リン】ココロ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2500648

原曲様・ジュンP様
【鏡音レン】ココロ・キセキ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2844465

原作様・wanitaさん
『ココロ・キセキ』―ある孤独な科学者のはなし―
http://piapro.jp/content/6f4rk3t8o50e936v

閲覧数:445

投稿日:2010/04/17 13:08:13

文字数:2,176文字

カテゴリ:その他

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  • レイジ

    レイジ

    ご意見・ご感想

    読ませて頂きました☆

    流石ですよね。wanita様の『ココロ』は僕もお気に入りの作品の一つなのですが、その世界観を壊すことなく、むしろ発展させてここまで書けるなんて。

    三百年後か・・。確かに、リンは一人ぼっちのはずですよね。
    (そこまで発想出来なかった俺って・・orz)
    それで「レン」の登場ですね。ほわっと温かくなりました。
    sunny_m様らしいなあ、と思いました♪(偉そうなことを書いてスミマセンm(__)m)

    でも、こうやって創作の輪が広がって行くのって楽しいですね。
    俺もそう言った作品にも挑戦してみようかな・・。

    機会があればsunny_m様の作品貸して下さい☆
    それではまた!

    2010/04/11 18:44:44

    • sunny_m

      sunny_m

      >レイジさん
      読んでいただき、ありがとうございます!
      わー!となりつつも、楽しいの私だけかも。と思ってしまったりもしたので、読んでいただけて嬉しいです。

      本当に、好き勝手しちゃいました。
      レンというロボットの存在を新たに付け加えた事など、ココロとココロ・キセキ、wanitaさんの原作が好きな方々が不快に感じたらどうしようかな。的な不安もありましたが。
      でもやっちゃえ。と(笑)
      自重しない人ですね、はい。

      私の話でよかったら、どうぞ!
      自分が書いたものを読んだ人がどんな風に消化して、表現してくれるか。というのはとても興味がありますね?☆

      それでは読んでいただきありがとうございました!

      2010/04/11 23:49:30

  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    >「やっぱり、僕はこの子が人生を謳歌する夢を、見たいんだ。」
    これは、私の願いでもありました。
    心の存在は、時折、人に地獄を見せますが、それを乗り越えて、心を得たことでリンには幸せになってほしいと……。

    最後の博士の存在、そして、300年後、リンをLenにめぐり合わせてくれたsunny_mさんに救われた思いです。感謝です☆
    wanita版小説『ココロ・キセキ』の鍵の言葉も、大切に使っていただいて、ありがとうございました。出会いも心・奇跡だな、と思いました。

    2010/04/09 23:26:48

    • sunny_m

      sunny_m

      >wanitaさん
      メールでも書きましたが、wanitaさんの小説を読んで、拓海の夢を私も一緒に見たい。と願ってしまったところからこの話は始まりました。
      自分が生んで育てた存在には、ちゃんと生きることをして欲しい。という私の願いが、そして、最後の博士を生みました。

      本当に妄想全開で、恐縮の限りですが。
      本当に、色々とありがとうございました!

      2010/04/10 11:16:06

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