「その日」

大したこと無い
向こうとは比較にはならないのだから

そう父は笑った
でも私は知っている

まるで教科書で見た光景が
色付きの写真になったかの様な
列に並ぶ大勢の人々を

母は灯油のタンクでも代用できると走った
父は無事であることを必死に知らせた

携帯電話におかしな文書が届いていた
父は私に対しては母の事を名前では呼ばない

その日私はフラフラとした足取りをしていて
自分自身が揺れていたから分からなかった
その日私は自分の事を知った

その日井戸からお水を分けてくれた人がいた
お水を独り占めにしようとしていた人がいた

その日電話はいつもの様に繋がらなかった
やっとテレビを点けた時、その事を知った



でも報道は私の故郷になんて目もくれなかった
映し出された日本地図のもう少し下に
そこには私の生まれた場所があるのに

大したこと無い
だから目もくれない
それは誰も同情しない
それは誰も感動しない
それは誰も反応しない

だから話題にされなかった
大したこと無いから

家の瓦が落ちビニールをはおっていた
自分が卒業した学校に配水車が止まった
でも大したこと無い

多くの人が水を求めて行列を作った
多くの人が食べ物を求めてお店は空っぽになった
でも大したこと無い

大したこと無い
そうやって人は言う

でも私は知っている
知っているから

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

その日

私が私自身の事を知った時、それは起こりました。
然し、私の故郷は誰にも知られず、報道もろくにありませんでした。
一年前のあの日。

「絆」という言葉は本当なのでしょうか。
大きな被害と小さな被害。
大きな方ばかりに目が行き、小さな方には目もくれない、
それが許せませんでした。

閲覧数:116

投稿日:2012/03/23 01:32:11

文字数:584文字

カテゴリ:その他

クリップボードにコピーしました