一

十月十日を過ぎた頃
朱雀の院と呼ばれる御殿に
帝がおいでになる予定
はっきりとした記録はないが
そちらにお住まいになっていたのは
どうも帝の父君らしい
臣下が大勢付き従って
舞など披露するのだが
外に出られぬ女御更衣(おきさきがた)は
見られないのを残念がって
内裏における試楽(れんしゅう)を
帝はお命じあそばした

源氏の中将 舞ったのは
袖ひるがえす青海波の舞
一緒に舞われたお相手は
妻の兄君 頭(とう)の中将
立派な方だが源氏と並ぶと
花の隣りの深山木のよう
帝の女御(きさき)の藤壺さまは
帝のお子の源氏から
恋い慕われて困っていたが
見事な舞に心を打たれ
源氏の文に珍しく
短い返事をされたとか


 二

懐妊中ゆえその後で
藤壺さまは三条の宮に
退出なさったのだけれど
十二月にはご誕生よと
指折り数えて世間は待つのに
未だ生まれる気配はなくて
密かにおののく源氏の君は
心当たりがありなさる
源氏の君が藤壺さまに
強いて直接お会いした日に
授かった子であるのなら
計算が合っているもので

二月の十日を過ぎた頃
ついに皇子(みこ)さま お生まれあそばす
おめでたいことであるはずが
藤壺さまが思われるには
驚くばかりに恐ろしいほどに
源氏の君に生き写しだと
これでは誰もが気づいてしまう
心の鬼に苛まれ
藤壺さまは恐れなさるが
四月になると皇子(みこ)さまを連れ
内裏へ戻らざるをえぬ
帝がお待ちになっている


 三

二ヶ月にしては大きくて
かわいい皇子(みこ)をごらんあそばして
帝はたいそう喜ばれ
源氏の君によく似ていると
やはりお思いになったのだけれど
よもや不義の子だとは気づかぬ
愛児であられた源氏の君を
臣下となした無念から
この皇子(みこ)こそは瑕なき玉よ
高貴な母を持っているゆえ
世間の声に潰されず
愛せるだろうと期待する

みずから皇子(みこ)さまお抱きして
源氏の君に仰せになるには
これほど幼い時分より
会えた我が子は他にないゆえ
幼いそなたが思い出されるよ
小さいものはみな似るのかな
源氏の中将 お聞きになって
顔色変わる心地して
その場を去っておしまいになる
かたじけなくて かつ恐ろしく
嬉しくて またあわれにも
我が子を目にして胸騒ぐ


 四

そのころ女官のお一人で
典侍(ないしのすけ)を長らく勤める
六十近くの人がいた
家柄もよく才気もあって
おおむね尊敬されているものの
男好きだと言われてもいる
噂は本当なのだろうかと
源氏は声をかけてみた
恋の苦しさ 罪の意識を
忘れたかったのやもしれぬが
計算外であったのは
想像以上であったこと

確かに源氏はささやいた
甘い言葉を典侍へと
それからすっかり舞い上がり
あだっぽい歌 書きつけてある
真っ赤な扇子を広げた陰から
流し目くれて誘おうとする
秘密にしようとしていたのだが
帝が知ってしまわれて
残念ながら噂になった
美女を見慣れた宮中育ち
美女に浮かれぬあの方の
なんとも意外なお相手と


 五

あるとき源氏は偶然に
典侍が催馬楽(うた)を歌いつつ
琵琶を弾いているのを聞いた
見事な腕に感心なさり
こちらも歌って歩み寄っていく
おいでなさいと返事があった
これで相手にしないのは酷と
その夜は共に過ごされる
ところがそこへ他の男が
踏み込んできて暴れ始めた
年寄りながら多情ゆえ
恋人の多い人なので

そのうち源氏は気がついた
友で義兄の頭の中将と
これはからかっているのだと
おかしくなって反撃したら
しっちゃかめっちゃか つかみあいの末
袖は破れる 帯はほどける
元より源氏をからかうために
典侍に近づいた
頭の中将であったらしい
災難だった典侍も
好色ゆえのことなので
どなたにとってもよい薬


 六

恋の戯れに逃げたとて
笑い話に気を逸らしたとて
真の苦しみは変わらない
この七月に藤壺さまを
まことの后にお立てになろうと
帝はお決めあそばしたとか
源氏の兄の東宮(こうたいし)さまに
位を譲るおつもりで
次の新たな東宮(こうたいし)には
藤壺さまの若宮さまを
お据えあそばすご準備に
生母の地位を高めるため

東宮(こうたいし)さまの母君が
無念がるのも至極ごもっとも
批判する声もあるけれど
ご本人はすばらしいお方
生まれは皇女(ひめみこ) 輝くばかりの
藤壺さまを皆が尊ぶ
源氏の息子の若宮さまは
源氏に徐々に似てくるが
誰も不審に思わぬらしい
月の光と日の光とが
空に通っているように
思われていたということだ

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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7.紅葉の賀

源氏物語、第七帖。

女御・更衣を「きさき」とするのは正確な呼び方ではありませんが、リズムを優先しています。ご了承ください。

※「ノベルアップ+」及び個人サイト「篝火」でも公開中。

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投稿日:2024/11/10 17:45:19

文字数:1,883文字

カテゴリ:歌詞

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