というわけで、何故か洋食屋まで移動して、全員で食事をすることになってしまった。あ、さすがに一度家に入って着替えたぞ。制服のままで食事に行きたくない。
「さてと……カイト、とっとと白状しなさい。なんでめーちゃんの家の前をうろうろしていたの?」
テーブルに座り、ウェイトレスに注文を告げると、マイコ先生は怖い口調でカイトに詰め寄った。カイトの方は完全に縮み上がっている。そんなにマイコ先生が怖いのか。
「マイコ先生、そんなに睨んだらカイト君が怯えちゃいますよ」
姉貴の言葉に、マイコ先生は何故かため息をついた。
「女の子に変な真似するような弟に育てた憶えはなかったのに、なんでこうなったのか……」
「マイト兄さ……いや、姉さん。だから僕は、別に変な真似をしていたわけじゃなくて、めーちゃ……メイコさんに訊きたいことがあったから、帰って来るのを待っていただけなんだ」
「じゃ、なんで何度も目撃されてんの」
思わず俺は突っ込んでしまった。マイコ先生が、ぎろっとカイトを睨む。
「あんた、やっぱりめーちゃんに対してストーカー行為を……!」
「そんなんじゃないっ! なんというか、デリケートな話題だから、訊こう訊こうと思いながらも、後一歩が踏み出せなかったってだけで……」
なんなんだ、こいつは。ヘタレか? ヘタレでストーカー気味って……最悪だ。
「言い訳はいいからとっとと話しなさいっ!」
「だ、だから……見ちゃったんだよっ! この前の日曜日にっ!」
「日曜……? 日曜なら、めーちゃんはあたしと一緒に新宿二丁目にいたわよ。それが何か? めーちゃんとあたしが飲みに行くのなんて、変なことでもなんでもないでしょうが」
あ、だから姉貴は帰宅が遅かったのか。ボスのお供で飲み会ね……大変なんだな。
「新宿二丁目ってことは夜だよね。僕が見たのは昼間の話なんだよ。メイコさんが……その……女の子と一緒にラブホテルから出てくるところを見かけちゃって……」
……女の子と一緒にラブホテルから出てきたあ!? そういや確か月曜の朝、家計簿にラブホテルのレシートが挟んであったが……。
「姉貴まさか……」
俺は思わず姉貴を見た。姉貴は女子高の出だし、高校時代はバレンタインデーにたくさんチョコレートもらってたけど、まさか本当にそういう趣味とは……。
「メイコさんっ! もしかしてメイコさんもそっち系の人なの!? マイト兄さんと仲良くやれるのは同類だから!?」
「ちょっとバカイト、そっち系ってどういう言い草!? それに、めーちゃんの性的嗜好がどうであれ、それはあんたがどうこう言うことじゃないわっ!」
姉貴はぽかんとしていたが、やがて得心がいった表情になって笑い出した。
「やだもう! カイト君ってばそんなこと気にしてたの!?」
「そんなことってなんだよそんなことって! 僕にとっては大事なことなんだよ!」
どう大事なんだよ、バカイト。あ……移っちまった。まあいいかバカイトで。
「というか姉貴、女の子とラブホテルに行ったの?」
「行ったけど、色っぽい話じゃないから。単に昔の友達と会ってたら、その子が途中で気分悪くなって今にも倒れそうになっちゃったのよ。しばらく横になってれば治るっていうから、休憩取るためにラブホテルに入ったってだけ」
うわ、本当に色気の無い話だ。
「なんでラブホテルに?」
「だってあそこならベッドがあるからゆっくり休めるし、時間単位だからその日のうちにチェックアウトできるでしょ。個室だし防音だし、受付に人もいないから気楽だし」
姉貴は軽い口調で説明した。言われてみれば納得がいくが……。やっぱりそれでラブホテルに入るってのは、なんか間違ってる気がするなあ。
「じゃ、じゃあ……ただの友達なんだね?」
バカイトが妙に必死な表情で、姉貴にそんなことを訊いている。
「やーね、私はストレートよ」
「そ、そうなんだ……良かった……」
おい、なんでお前がほっとしてるんだよ。
「ああ、そうか。あの子ね……あのとんでもない格好の子」
これはマイコ先生だ。……うん?
「そうですよ」
「そう言えばめーちゃん、例の話はどうなった?」
「それが、なかなか踏ん切りがつかないみたいで……いい話だし、私も言葉を尽くして説得してるんですけど……」
姉貴とマイコ先生は何やら話を始めた。モデルがどうの、サイズがどうの、という言葉が出てくる辺り、仕事に関する話らしい。
ちょうどそこへ頼んだ料理が運ばれてきた。話を適当に聞き流しながら――姉貴の仕事に関する話を、俺が真面目に聞いてもしょうがない――食事をする。
大体半分ぐらい食べ終えた時だった。不意に、姉貴が俺にこう訊いてきた。
「あ、そうだ。レン、演劇部の次の公演、結局『マイ・フェア・レイディ』に決まったの?」
なんだよ急に。
「それになったよ。でも姉貴、正確には、原作の『ピグマリオン』だから。ミュージカルをやるのは無理だし」
「『マイ・フェア・レイディ』! 素敵よねあの映画」
突然、マイコ先生が割って入った。そういや姉貴が、マイコ先生はあの時代の映画が好きだって言ってたな。
「オードリーは永遠の銀幕の妖精よ。誰が何と言おうとこれだけは譲れないわ」
うっとりした表情で、マイコ先生はそんなことを言った。えーと……。どう返事すればいいんだこういう場合……。
「……マイト兄さん、レン君が返事に困ってるよ」
あ、初めてカイトがまともなことを言ってるのを聞いたぞ。
「姉さんと呼びなさい、バカイト」
カイトがマイコ先生をむっとした表情で見ている。マイコ先生の方は涼しい表情だ。
「ところでレン君、衣装はどうするつもりなの?」
衣装ねえ……。そう言えば考えてなかった。ま、適当なのでいいんじゃないだろうか。
「まだ演目が決まったばかりで配役も決めて無くって、だから衣装の話までは出てません。男性はスーツで何とかして、女性は適当にパーティードレスでも借りてくるとか……」
映画のようにはいかないよ。高校生の演劇なんだから。
「そんなもったい無いわ!」
「いやでも、予算の都合もありますし、俺たち高校生ですし……」
「何ならドレス、作ってあげるわよ」
……へ? 俺は言われた言葉が信じられなかった。作ってあげるって……。いいのかおい。この人本職のファッションデザイナーだろ? 高いんじゃないのか?
「先生、仕事たくさん入ってましたよね? そんなことしてる暇、あるんですか?」
姉貴が訊いている。
「ああ、めーちゃん……それが最近、あたしスランプ気味なのよ。同じようなのばかりデザインしていたから、飽きちゃったんだと思うわ。だから何か違うものをやって、感性を取り戻したいのよね」
どういう理屈なんだろう。姉貴はため息をついている。
「レン……どうする?」
「いや、どうするって言われたって……俺一人で決めるわけには行かないよ」
さすがに演劇部の連中と話し合わないと。着るのは俺じゃないんだから。
「それもそうよねえ……。レン、話はどこまで進行してるの?」
「どこまでも何も、演目が決まったところだよ。これからみんなに話を見てもらって、台本に手を入れるかどうかを考えて、配役を決めて――」
あのままだとちょっと長いよなあ……カットできそうなところはカットしよう。ラストもできれば変えたいし。映画があるから、映画の台詞を参考にすればいいか。その前にもう一度巡音さんと相談して……。
「公演は四月だし、衣装はそれまでにできればいいのよね?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、必要かどうかを、十二月の終わりまでに決めてちょうだい。OKなら、冬休み中にドレスの採寸をするから」
ちょっとちょっと姉貴! 姉貴が決めていいのかよっ!
「それって姉貴が決めることじゃないんじゃ……」
「スケジュールの調整はめーちゃんに任せてるのよ」
これはマイコ先生だ。あの……姉貴がそっちへ就職したのって、確か去年のはず……。
「マイト兄さん……仕事のスケジュールは自分で調整するもんだと思うよ?」
「あたしそういうの苦手なのよねえ。それとバカイト、姉さんと呼べと何度言ったらわかるの?」
カイトは頭を抱えてため息をついている。さすがの俺もちょっとだけ同情したくなった。
「あの……いいんですか? 俺たちただの高校の演劇部ですけど」
「そこが面白いのよ。なんか逆に斬新なアイデアとかが湧いてくれそうで」
……そうですか。こういう人の発想は、俺にはよくわからん。
「だから、場合によってはデザインを他所に流用するかもしれないけど、構わないでしょ?」
「それはもちろん……」
作ってもらえるだけで滅茶苦茶有難いもんなあ。それ以上の贅沢なんて言えないよ。演劇部の連中もね。
というわけで、何だかよくわからないうちに、姉貴の雇い主のファッションデザイナーが、女性キャラクターのドレスを製作してくれる、という話がまとまってしまったのだった。
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苺ころね
ご意見・ご感想
やっと追いつきました・・・
なんかカイトが哀れです・・・w
続きが楽しみでたまりません!
これからもがんばってください!
2011/11/19 15:17:25
目白皐月
こんにちは。
文章量が多いので、読むの大変かもしれないですね。
カイトは……まあ、めーちゃんに嫌われてないからまだいいのです。
がくぽの方がある意味では気の毒かもしれません。
続きも鋭意書きますので、待っていてくださいね。
2011/11/19 22:57:48