第九章 陰謀 パート7
嫌な噂ばっかりね。
メイコは南大通を一人歩きながら、その様なことを考えた。ここ数日間市井を賑わしている噂は黄の国王立軍による略奪の話ばかりであったのである。その略奪を主導しているのはロックバード伯爵であるという。騎士の中の騎士と言われたロックバード伯爵がどのような思いで略奪行為を働いているか、メイコが想像しただけでも辛くなる様な状態ではあったが、それ以上にメイコが気になっている人物がいた。レンである。レンはほぼ毎日城下町へ出没し、手当たり次第に略奪行為を働いているという。リン女王の望みを叶える為ならばどんな手段でも厭わない。そのレンの姿は城下町の民衆にとって徐々に畏怖の対象へと変化していたのである。ただ、レンが狙うのは決まって大商人だけ。それどころか、何度か困窮している民衆に対して施しを与えているという話も伝え聞いている。金のあるところから、無いところへ。ある意味政治が果たすべき役割を端的に実行しているレンは一体どのような心境で日々過ごしているのだろうか、とメイコは考えた。そのまま、除隊後に行きつけとなった酒屋へと足を踏み入れる。南大通沿いにあるその酒屋の扉を潜ったメイコを見て、店主は少しだけ嫌そうな表情をすると、こう言った。
「あんた、また来たのか。」
髭面で、体格のいい店主はまさか目の前の女性が元赤騎士団隊長のメイコであるとは想像もしていないのだろう。ただ、最近毎日来るようになった常連客程度にしか感じていないはずである。
「いつもの、お願い。」
いつもの、で意味が通じてしまうほど酒に溺れている自身が少し空しい。いくら飲んでも酔えないことには相変わらず変化がなかったけれど。
「余り飲むと身体に悪いぞ。」
店主は半ば呆れながらそう言ったが、それでも素直に酒棚からメイコが普段注文しているウィスキーの瓶を取り出すと、メイコに向かって差し出した。
「ありがとう。」
メイコはそう言って小銭を店主に手渡すと、半ば逃げるように酒屋を後にすることにした。一応、世間から見たら妙齢の女性である。その女性が毎日の様にウィスキーを煽っている姿は決して美しいとは言えない。それでも、寝付くことが出来ない。メイコは未だに緑の国の虐殺を夢に見てはうなされて飛び起きるという生活を送っていたのである。それに、父親の死も重なり、通常の生活が出来ない程度に生活は乱れていたが、資金には困窮していなかった。黄の国王立軍の慣習で引退した騎士には年金が支払われることになっていたのである。ただ、その年金生活もいつまで可能かは分からないけれど、とメイコは考えて小さな溜息をついた。略奪まで開始したと言うことは黄の国の国庫がとうとう底をついたということだろう。その内、年金も打ち切りとなるのは目に見えている。その時はどうやって生計を立てて行こうか、とメイコは思案した。出来ることと言えば戦くらい。傭兵か、用心棒にでもなれば当面は食べていけるかしら、と考えながらメイコは南大通を暫く南下し、そして一本脇道へと足を踏み入れた。メイコはこの脇道沿いにある小さなアパートメントにその居を置いていたのである。所謂集合住宅であり、その歴史は割合古い。黄の国の城下町は城壁に囲まれた城塞都市である為、自然と城下町の拡大が制限されることになったのだが、それとは関係なく人口は増える。その人口増に対応するために建設された住宅がアパートメントであった。アパートメントは平均して二階建てとして建築される事が多く、また各地から訪れる人間が初めに暮らす場所であり、住民の入れ替わりも激しい為に一概に治安が良い場所とは言えなかったが、メイコは対して気にもしていなかった。何度か色気目当ての男に声をかけられたことはあるが、どの男もメイコに触れた瞬間に逆方向に吹き飛ばされていたのである。そのあたり、元赤騎士団隊長の名は伊達ではない。剣を持たずとも体術で大抵の男を投げ飛ばすことが出来るのだ。最近はその噂も自宅の周辺に広がっているのか、以前よりも見知らぬ男に声をかけられることが少なくなった。そんな私生活を送っているメイコが今日も寒いし、早く帰って暖を取ろうと考えてアパートメントの二階、自身の自宅へと向かおうとした時、メイコは二人の人物がメイコを待っているかのように自宅の扉の前に居座っていることに気が付いた。一人は濃い緑の髪を持つ少女、そしてもう一人はフードで顔を隠している体格の良い男だった。今度はストーカーかしら、と妙なことを考えたメイコは、フードを被った男が喜色に満ちた声で声をかけて来たことに驚きの表情を見せた。
「メイコ隊長、ご無沙汰しておりました。アレクです。」
「アレク。どうしてここに。」
大体、どうして身を隠す様にフードを身につけているのだろうか。それに、その隣の女性は誰だろう。恋人の報告にでも来たのかしら、とメイコはアレクが聞けば泣き叫ぶようなことを平然と考えた時に、緑髪の少女が口を開いた。
「メイコ殿、私は緑の国の魔術師グミ。今回はカイト王の名代としてお伺いいたしました。」
恋人じゃなかったのか、という妙な安堵感を味わった直後に、メイコは不信感に満ちた目でグミの姿を見つめた。カイト王の名代として、一体何の様なのだろうか。今の私には何の力も無いというのに。そのメイコに対して、アレクが強くこう言った。
「メイコ隊長、まずはお話を聞いて下さい。できれば、人気のないところで。」
アレクまでそう言うのだから、本当にカイト王からのコンタクトがあったのだろう。その言葉に呆れたように頷いたメイコは、アレクとグミに向かってこう言った。
「なら、私の家に入って。見ての通り、監視もついていないし、私一人しか住んでいないから。」
メイコはそう告げて、自宅の扉を解錠すると二人を自宅の中へと招き入れた。
この人は、全く。掃除くらいすればいいのに。
自宅に入室したアレクは呆れたようにそう考えた。以前、赤騎士団団長であったころのメイコの私室は綺麗に整頓されていたが、それは職務として自らに課していた行為であったのかも知れない。大分乱れた生活を送っているのだろうということはメイコとの付き合いが長いアレクには瞬時に判断出来る内容ではあったが、初対面となるグミはその様な感想を持たなかったらしい。眉をひそめたグミの表情を推測するに、なんてだらしのない人だろう、とでも考えているのかも知れないな、とアレクは考えた。
「とりあえず、お茶でも飲む?」
メイコがそう言った瞬間、アレクは思わず噴き出しそうになった。メイコ隊長が淹れるお茶。一体どんな味がするのだろう。赤騎士団なら誰もが憧れる名茶だろうな、と考えながらアレクは一つ頷いた。そのアレクに僅かな笑顔を見せたメイコは右手に酒瓶を掴んだままで奥の厨房へと姿を消した。そのメイコの姿が消えると、グミが不安そうな声で、小さくアレクに訊ねた。
「アレク殿、あの女性がメイコ殿なのですか?」
グミがどんな女性を想像していたのかは分からないが、おそらくもっと凛とした、美しい大人の女性をイメージしていたのだろう。今のメイコ隊長はお世辞良く言っても美しいとは言い難い。そう考えながら、アレクはグミに向かってこう言った。
「メイコ隊長は、戦の時が一番美しいから。」
その言葉に更に眉をひそめたグミの表情を苦笑しながら眺めた後に、アレクはとりあえず座ろう、とグミに声をかけた。渋々という様子で部屋の中に唯一あるテーブルに付属している丸椅子に腰かけたグミは、テーブルの上に薄く積もっている埃を見て深い溜息をつく。こんな人で、本当に反乱を起こすことができるのだろうか、と考えているのだろう。思春期の多感な時期にある少女にメイコ隊長について上手く説明することは難しいな、とアレクがもう一度苦笑した時、厨房から叫び声にも似た声が上がった。
「アレクっ!ちょっと手伝って!」
やれやれ、料理中にガス爆発でも起こしたのか、と考えながら再び立ちあがったアレクに向かって、グミはもう一度深い溜息をつく。テーブルの上に積もった埃がその為息の為に僅かに空を舞い、その埃を思わず吸い込んだグミは大きなくしゃみを一つ、放った。
ハルジオン51 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第五十一弾です!そしてなんと総投稿数100作品到達!」
満「割合頑張ったな。」
みのり「まあ、もう半年近く投稿している訳だし。」
満「それよりもメイコ・・。赤騎士団隊長の威厳が欠片もないぞ。」
みのり「なんだか典型的な料理のできない漫画の女の子になってるよね。」
満「料理が爆発するとか。」
みのり「最近はきつい内容が続いていたので、ちょっとした息抜きです☆」
満「そしてメイコvsグミのアレク争奪戦の前哨?」
みのり「軽くそんなニュアンスを入れているね。コメントの内容で、面白い案があればなんとなく取り入れる癖がレイジさんにはあるよね。」
満「ということで、大筋は変わりませんが、やって欲しいシーンがあれば作品に影響がない程度に内容を変更することもあるかもしれません。」
みのり「皆さんよろしく!で、一点補足があるの。アパートメントの件。」
満「一人暮らし=アパート、というイメージがあったから敢えて記載したけど、本当はアパートメントは19世紀ごろのイギリスに登場したものだ。」
みのり「本当は産業革命で都市部に流入した労働者の為の設備なの。」
満「それを無理に、城壁があって・・云々の理由にしている。時代錯誤もいいところだが、大目に見て欲しい。」
みのり「ということで、次回投稿をお待ちください。実はもう書けているのですぐに投稿します。それでは!」
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