平和な日常が過ぎていき、生徒達が新しいクラスにもすっかり馴染んできた五月半ばの放課後の教室。
(よし! 居ないみたいだ。)
私はキョロキョロとあたりを見回して“ある人物”が居ないのを確認すると、逃げる様に教室から出て猛ダッシュで家に帰ろうとした。
しかし、
「ふふふ…。逃がさないんだからっ!」
―ガシッ
背後から綺麗な透き通った声が聞こえたかと思うと、腕を掴まれて身動きが取れなくなる。声の主は私の行動を予測していたのか、ドアのそばの死角になる場所で待ち構えており、逃げられない様私の腕を掴んだのだ。
 声の主は私と同じクラスの女子で、名前は《初音 未来》。エメラルドグリーンの長い髪をツインテールにしていて、整った顔立ちに、髪の色とよく似合う翡翠色の綺麗な瞳を持つ美少女。おまけに性格も良くて、誰にも分け隔てなく接するというこの学年のアイドル的存在だ。
彼女こそ、今まさに私が逃げようとしていた相手である。
「約束通り、今日は来てもらうからね!」
にっこり笑いながらそう言った彼女は、何とか逃げようと必死に抵抗する私を、腕を掴んだまま引きずるようにして歩きだす。
「いや、実は用事ができ」
「さあ、いざ部室へ!」
私が引きずられながらも言おうとした言葉は、言い終わる前に彼女の有無を言わさぬ一言で遮られた。その勢いに押されて、私はそのまま次の言葉が出せなくなる。
(うぅ。だめだ、逃げられそうにない。諦めるしかないか…。)

 テレビや本の体験談だと、よく『人生何が起きるか分からない』なんて語られているのは知っていた。けれども、まさか自分がその状況になるなんて事は想像もしなかった。
(ああ、どうしてこうなったかなぁ。ホントうらむよ、咲音先生。そしてあの時の私…。)
諦めの境地に達して力の抜けた私はそんな事を考えながら、彼女にズルズルと連れて行かれるがままになるのであった。

 どうして私がこんな状況になっているかと言うと、きっかけは約一ヶ月前の音楽の授業まで遡る。

 新学年になってから初めての音楽の授業が始まる直前、クラス全体(特に男子達)が何やらざわついていた。
私はなんだか気になったので、とりあえず近くの生徒達の話に耳を傾けてみた。
すると、
「知ってるか? 今年から音楽の先生が代わったらしい。」
「ああ、そういえば始業式の時にそんな話してたような気がする。」
「噂では、その先生すごい美人らしいぞ。」
「マジか!? それは楽しみだな!」
「どんな先生だろうねー。」
といった内容の会話がそこかしこで交わされているのが聞き取れた。
噂に期待して皆テンションが上がっているのか、もうすぐ授業が始まるにも関わらず、このざわつきはまだ収まりそうになかった。
(へぇ、そうなんだ。ま、私にはあんまり関係無いか。)
たとえどんな先生だろうが、私は“いつも通り”に【ルール】に従った行動をするだけだ。
ざわつきの理由が分かって興味を無くした私は、周りの話に耳を傾けるのをやめてそのまま大人しく授業が始まるのを待つ事にした。

 そしてしばらくしてから、音楽室のドアが開いてその噂の人物が入って来た。彼女が入ってきた瞬間、あれだけざわついていた室内が一気にシンと静まり返る。
それもそのはず、彼女は噂に違わぬ美人だったのだ。男子はもちろん、女子でさえその容姿に息をのんだのである。かくいう私も思わず見とれてしまった。
 赤みがかった茶髪をショートカットにしており、髪と同系色のキリリとした瞳には力強い意志の光が宿って輝いている。スタイルも抜群で、スラリと伸びた手足はもちろん、スーツの上からでも分かる大きな胸は特に目立っていた。
ただ、とがった顎に形の良い引きしまった口元、そして先ほど述べた力強い瞳とが相まって、同じ美人でも『綺麗な人』というよりは『凛々しい人』という言葉の方が似合いそうな印象を私は受けた。

 とにかく、その場に居た全員の視線が彼女に釘づけになっていた。彼女にはそれぐらい人を惹き付ける魅力があったのだ。
「ちょっと、号令はどうしたの?」
その声に我に返った今日の日直の生徒が、慌てて号令をかける。そしてそれが終わると他の生徒達もようやく落ち着きを取り戻したのか、普段通りの授業中の雰囲気に戻る。
「さて、授業を始める前に簡単に自己紹介しとくわ。」
彼女は号令が終ってから一言そう言うと、よく通るハキハキとした声で喋り始めた。
「あたしの名前は《咲音 明子》。今年からこの学校の音楽の担任になったので宜しくね。あたしが担任になったからにはこれからビシバシいくので覚悟するように。以上! 何か質問は?」
自己紹介を言い終えると、興味が尽きない生徒達の矢継ぎ早な質問に、素早く、かつ正確に答えていく彼女。美人なだけでなく、対応能力もなかなかすごいようだ。

 そんな中、ある生徒の質問から、とんでもない事態に発展する事となってしまった。
「さっき『ビシバシいく』って言ってましたけど、具体的にはどんな感じですか?」
「そうねぇ…。」
その質問に下をむいてしばらく考えた後、何かひらめいたのか、パッと顔をあげて笑顔でこんな事を言い出した。
「そうだ、良い事思いついた! 今から一人ずつ歌ってもらって現時点での実力を見せてもらうってのはどう? あ、ちなみに異論は認めないわよ。」
 途端に周囲から、えー、とか、そんな無茶な、といった不満の声があがるが、彼女はその反応は気にせずに
「異論は認めないって言ったでしょ。曲は、えーと、校歌なら全員すぐ歌えるはずよね。じゃ、こっちの準備と発声練習が終わったら早速始めるわよー。」
とだけ言うと、いそいそと準備を始めるのだった。

 こうして、急遽始められる事になった歌の実力テスト。この出来事こそが後に私の日常を大きく変えるきっかけになるとは、この時の私には思いもよらなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

闇を照らす光 2 ~きっかけ・前編~

ようやっとボカロキャラ登場。でも文章が上手くまとまらなくて前後編に分ける事に。キャラとか状況の説明文もいまいちだし…。
 どっかに文才落ちてないかなぁ(T-T)

キャラ設定について
 初音 未来:17歳で、奏のクラスメート(年齢以外のデータは公式と一緒)。明るくて誰にでも優しくできる女の子で、行動力もある。(頭の回転は悪くないが、天然な部分あり。)
 美少女で性格も良いのでクラスだけでなく学年のアイドル的存在。奏を引きずれるので、力も意外と強いのかもしれない。
 一体何の部活なのか、彼女がなぜ奏を誘ったのかは後編で。

【注:この後に述べる年齢と身長は完全に作者の妄想です。イメージ違うって方は、ごめんなさい。】
 咲音 明子:26歳(大学出て教師になってからしっかり経験積んでる、という感じでこの位に設定)で、身長は165cm位(やっぱ他の子達(ミク・リン・レン・ルカ)より背が高そうだし)。
 音楽に関してはこだわりがあり、妥協や手抜きは許さない。それ故に厳しい時もあるが、普段は気さくで話し易い性格なので生徒と教師の両方に慕われている。
 その容姿と美しく力強い歌声から、『昔はアイドルとして活躍していたのでは?』という噂がある(かつて同名の人気アイドルが居たため)。

こんな感じです。それではまた、後編で。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!

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投稿日:2010/06/07 01:23:51

文字数:2,423文字

カテゴリ:小説

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