『ココロ・キセキ』-ある孤独な科学者の話-[8]
発想元・歌詞引用: トラボルタP様・ジュンP様






レンが、茫然とリンを見ていた。
 リンが、いままでに見たこともないやわらかな表情で微笑んでいたのだ。
 そして彼女は、ふわりと、唇をひらいた。


『ありがとう』


 スッと、リンの体が、レンから離れた。
 感覚の残るレンの右手を、握ったまま。


『ありがとう』


 ふたりの科学者は、その微笑みに、言葉を失った。
 人間の手では、けっしてプログラムし得なかった、ほほえみ……


『ありがとう。ありがとう。わたしは知った、喜ぶことを』


 レンに向けて、瞳をなごませる。


『ありがとう。ありがとう。わたしは知った、悲しむことを』


 リンの手に、わずかに力が加わった。
 反応ではない。リンが、自主的に力を加えたのだ。


「リン……」


 レンが、ついに起き上がる。


『ありがとう……』


 リンの瞳が、微笑みをたたえてレンを見る。モニターの前で驚きを隠せないタクミを見る。


『ありがとう。ありがとう、わたしをこの世に生んでくれて』



 モニターの前からタクミが飛び出す。
 レンが、ぼろっと涙をこぼす。


「リン……リン……!! 」
「レンさん! ……『Rin』……!! 」


 タクミが、仲間にいれてくれとばかりにレンとリンの手を取る。

 レンが、ぼろぼろと涙と嗚咽をこぼす。

 リンが、ゆっくりと息をすって、口を開き、歌い出した。

 それは、いつかレンとタクミがリンのために歌った、やさしい、優しい、歌だった。



『ありがとう。ありがとう。あなたがわたしにくれた、すべて』



 リンの歌は続き、モニターにはRinの言葉があふれてゆく。



『不思議、ココロ、心、不思議。
なんて、深く、せつない…………』



「“ココロ”……!!」 



レンが泣きながら笑い、タクミが笑いながら泣いている・


「三度目の奇跡だ……」



 未来からのメッセージ。
 ありえない。科学的に、ありえない。

「300年後って、すごい世界みたいですね」


タクミが笑う。



「こんな奇跡がおこるなんて」



レンが、リンの手をもう一度深く握った。ゆっくり、リンの目を見て微笑んだ。



「ありがとう。Rin。きみが、リンが、生まれてくれて、俺も、うれしかった」



 リンがレンの言葉に、にっこりとほほえんだ。

 レンの体が、ゆっくりと傾いだ。

「レンさん?!」

 レンに引き寄せられるように、リンがレンの上に倒れこむ。

「Rin?!」


 引き寄せられたレンの胸の上で、リンがほほえんだまま眠っていた。
レンの手が、やさしくリンの髪をなでた。


「フフ。タクミ。……四度目の奇跡は、いらないな」



遠くなっていく、レンの意識の果てに、やがて、救急車の音が近づいてきた。


* *



……[9]へつづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ココロ・キセキ -ある孤独な科学者の話- [8]

続きです。[8]です。年老いた科学者に響く、心からの歌声……

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投稿日:2010/01/30 13:33:23

文字数:1,248文字

カテゴリ:小説

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