「さぁて、始めるよ!」
中等部の吹奏楽部も、高等部の管弦楽部も、中高合同の合唱部も、大所帯でバリバリ活動している。そんな中で、何故に「歌唱同好会」などというこじんまりとした集団が、四畳ほどの部室で活動しているのか。
それは、この同好会の目的が、「歌手としてのデビュー」という大それたものだからである。
そもそも、この歌唱同好会をつくったのは、前部長である高等部三年生、ルカ先輩だった。
彼女は元々、歌手を目指してオーディションやら何やらを積極的に受けていたらしい。
その実力と美貌――ということにしておくけれど、野郎どもにとっては正直なところ、スタイルの方が大事――は学園じゅうが知っていたけれど、そんな大それた同好会に入りたがるほどの物好きもいなかった。
しかし、現在の部長である高等部一年生、ミク先輩が入部したことで、状況が変わる。
ミク先輩はルカ先輩のような「高嶺の花」タイプではない。それゆえに野郎どもが群がりやすく、ミク先輩目当てでの入会希望者が相次いだ。
それに怒ったルカ先輩が、「実力のない人間は入るな!」という、学園の同好会としては非常に問題のある発言をし、さらにそれを物好きな顧問が採用してしまった。
しかし、それがあまりにも厳しすぎたため、ルカ先輩の引退が近付いてもミク先輩以外に会員がいないという事態になった。
ミク先輩はその性格というか性質というか、とにかく、ルカ先輩のように図太くは出来ていない。一人での活動はあまりにもさびしいということで、ミク先輩は自分のクラスでぽつりと漏らした。「どっかにいないかな、実力のある人」。
それを聞いたミク先輩のファンが、もはや狂気に近い瞳で中等部じゅうをはいずり回り、そして見つけた。あたしたち双子を。
それから一年。
中等部の二年生になったあたしとレンは、何故だか理由も分からぬまま、歌唱同好会に在籍している。居心地はいいのだけど、二人とも別に、プロを目指しているわけではない。
「始めるって何をですか?」
部室に入るなり、可愛らしいガッツポーズで言ったミク先輩に、すでに部室でお菓子を広げて和んでいたレンが返す。
「あれー……中等部ってお菓子持ち込み禁止だよね?」
ミク先輩の言うとおり、中等部は食べ物の持ち込みが禁止されている。でも、この部室は高等部内にあるから、この程度の校則違反、誰も気付かない。多分。
「まぁいいや。それより、アマチュアの知り合いがつくってくれた曲があってね」
ミク先輩は、お菓子の持ち込みなんてどうでもよかったらしく、すんなりと引き下がった。
「つくってくれたっていうか、他の人のためにつくったやつなんだけど、デモ録ってほしいんだって。部費調達のためのバイトだよー」
同好会は、基本的に学校からの部費供給ラインが止められている。つまり資金不足。
とはいえ、勝手に知り合いから金もらっていいのだろうか。
「あ、ちなみにこれ、男指定で来たからレン君の仕事だよ」
「はぁ!?」
レンは叫んで、がたんと立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。実際には、部室が狭すぎて、机と椅子が密接しているので、そう簡単には立ち上がれない。
「勝手にそんなの受けないでくださいよ!」
レンは今、声変わりが始まったとか始まらないとか終わったとかで、とにかくあたしと声質が変わってしまったので、とてつもなく歌が下手に――もとい、不安定になっている。
これまではあたしと楽しくデュエット出来ていたけれど、最近ではルカ先輩との方が声質が合うらしい。そのくせ、音域はあたしよりも高いくらいだ。だから、男性曲は唄えない。
「大丈夫。一オクターブ上でいいって言われた!」
「だったら女が唄っても一緒でしょう!」
「それは駄目だよ」
「なんで!」
レンも往生際が悪いなぁ、ミク先輩は言い出したらきかない人なんだから。
そうあたしは考えながら、二人の言いあいを放置してお菓子を食べた。
「あ、あたし今日の運勢最悪だ」
ふと携帯を見て、あたしは呟く。
「なになに、星座?」
ミク先輩が、レコーダーをレンに押し付けて、あたしの方を見る。
「血液型ですー」
「んなもん信じてんのかよ」
レンは、仕方なさそうにデモを聞きながら吐き捨てた。顔は可愛いのに、女の子の趣味は分からないらしい。
「だって、なんか、誕生日よりは科学的っぽくない?」
「んなわけあるか。血球の抗原程度で性格やら運勢やら変わってたまるかっつーの。輸血でもしなきゃ、血液型なんてどうでもいいんだよ」
第一、とレンは呆れた様子で言う。
「人間を四分割するって時点でおかしいだろ。占い信じてもいいから、せめてもっと細分化されたやつにしろ」
「まぁ、生まれで四分割されたんじゃやってらんないけどね」
ミク先輩も同意はするけれど、レンほど根本的な否定はしない。
「それでも女の子は好きなんだよ、そういうの」
「それがいじめにつながったりすんじゃねえの?」
そんな極論を……と思うものの、実際にB型差別は起こっているらしい。
それにしたって、もう少し夢を与えてくれたってよくないだろうか、この弟は。
「それに、俺は常にリンと同じ運勢だなんて思ってねぇし」
「あ、それはあたしも思ってない」
となると、確かに、ほとんどの占いが通用しなくなる。
でもまぁ、信じたいものだけ信じたっていいのではないか、というのがあたしの結論であって。せっかく、八百万の神々を適当に信仰している適当な宗教の国に生まれたのだから。
「で、レン君、それ明日までに録ってきてね」
「はぁ!?」
どさくさに紛れて、満面の笑みでミク先輩が言った台詞に、レンは叫んだ。
どうやら、運勢が最悪なのは、あたしじゃなくてレンの方だったらしい。となると、占いは当たったことになるのか、外れたことになるのか。
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