―キーン コーン カーン コーン、キーン コーン カーン コーン…―

 教室にチャイムが鳴り響く。そして担任がホームルームの終わりを告げる。それと同時に、部活がある生徒達はいそいそと部に向かい、その他の生徒達は友達同士で楽しそうに喋りながら帰り支度を始めている。いつもと変わらない風景だ。しかしどちらの生徒達も、心なしかいつもよりはしゃいでいる様に見える。
それも当然だ。なぜなら今日が夏休み前の最後の登校だからである。つまり、明日から学生生活で最も長い休みが待っているのだ。浮かれない方が珍しいだろう。
そんな生徒達を横目に見ながら、私は窓際の自分の席で頬杖をつきながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
そして、そのまま未来との一件に思いを馳せる。
(明日から夏休み、か。あれからもうそんなに経ったんだ…。)

 校庭の周囲では、木々が青々とした緑を茂らせて日陰を作り、運動部の生徒達の憩いの場となっている。
開いたままの窓からは、蝉の声がうるさい位に聞こえてきている。時折吹き抜ける風は少し生温いが、火照った体を冷やすのには十分だ。
今は夏真っ盛りの七月下旬。日差しもすっかり厳しくなり、気温はじっとしていても汗が吹き出してくるほどに暑くなっている。

 あれから、既に二ヶ月が経過していた。

 次に私は、あの一件からこれまでにあった出来事を思い起こす。
(なんだかあっという間だったな。)
あの後私は未来に付き添われ、無事に正式な合唱部の一員となった。(まあ、ちょっとした入部テストもあったりしたが。)
“歌うのが好き”という同じ気持ちがあるおかげか、合唱部の皆とは比較的すぐ打ち解けられた。そこから広がって、今では周りとのつながりも少しずつ増えてきている。そのせいか、この二ヶ月は特に速く過ぎ去った気がするのだ。
ただし、いまだに集団は苦手なままである。その事を考えて、私は思わず溜息をつく。
(はぁ…。努力はしてるけど、これに関しては私の元々の性分のせいもあるからな。完全に直すのは無理っぽいんだよね…。)
実際それが原因で困る事もあった。けれど、その度に必ず未来が助けてくれた。未来は、あの日私に言った事をちゃんと守ってくれているのだ。おかげで、最初は馴染めなかった人達とも回数を重ねていく内になんとかやっていけるまでにはなった。
(ま、結局は慣れていくしかないって事だよな。でも、いつまでも未来に頼るわけにはいかない。直すのは無理でも、困らない程度にはなれるよう頑張るか。)
私はそう結論づける。

 そんな事を考えていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「おーい、奏っ! 何ぼーっとしてるの?」
聞こえてきたのは、私にとって間違え様の無い綺麗な透き通った声。
声の主が誰かは予想がついたが、一応確認するために私は声のした方を振り向く。そこには、エメラルドグリーンの髪と翡翠色の瞳を持つ少女が笑顔で立っていた。声の主は、やはり未来だったのだ。
私は未来の問いに答える。
「やあ、未来。なんとなく今までの事思い出してたんだ。この二ヶ月色々あったけどあっという間だったな、って思ったから。」
すると未来はこう言った。
「そうなんだ。…あ! きっと、奏が頑張ってたからそう感じるんだよ! だって部活の時以外でも、前より人と話せる様になってるもん。頑張った成果が出て良かったね!」
まるで自分の事の様に嬉しそうな未来の様子に、私も笑顔になって答える。
「ふふ。全部、未来のおかげだよ。」
「え、どうして?」
未来が疑問を投げかけてきた。私はそれに答える。
「あの日、未来に『もう一度頑張ってみる』って約束したよね? 私、約束は守らなきゃ気が済まないから、それが励みになったんだ。でもそれだけじゃない。未来が友達として私の側に居てくれる、その事がとっても心強かった。未来が居てくれたから私は頑張れたんだよ。」
私の言葉に未来は、はにかんだ顔で答えた。
「えへへ、そう? そんな風に言われるとなんか照れるなー。わたし特別な事してないのに。」
そんな未来を見つめながら、私は心の中で(流石に面と向かって言うのは少し照れくさいからだ。)改めて感謝をする。
(でも、私にとっては十分だったよ。未来、あの日私を友達と言ってくれて、私の側に居てくれて)
「ありがとう。」
すると突然、未来が私に聞き返してきた。
「ん? 奏、今何か言った?」
どうやらいつの間にか声に出してしまっていたらしい。私は慌てて誤魔化す。
「え!? な、何も言ってないよ! 気のせいじゃない?」
未来は私の態度に若干不思議そうな顔をしながらも、納得したようだ。
「そう…? ならいいや。」
そう言うと、それ以上は追及してこなかった。そのかわり、少し焦った調子でこう続けた。
「それより、もうすぐ練習始まるよ! 早く行かないと!」
秋の大会に備えるために、合唱部は今日と夏休み中も練習があるのだ。その言葉に、まだ大丈夫だと思っていた私は焦る。
「え、もうそんな時間!? 分かった、すぐ支度する!」
しかし、支度を始めると同時に、私はやらなければいけない事が残っていたのを思い出す。
「あ! 私、今日は日直だからまだやる事あるんだった…。ごめん未来、先に行ってて!」
謝る私に、未来は頷いて答えた。
「うん、分かった。奏も遅刻しないよう気を付けてね。それじゃ、わたし先に行くから。また後で!」
言い終わると同時に、未来は私に手を振って足早に教室から出ていった。その様子を見送りながら、私は未来の言葉の最後の部分を噛みしめる。
(また後で、か…。)
それは私にとって、今でこそ当たり前になった言葉だ。けれど、二ヶ月前までは違った。私にはそんな約束をする相手など居なかったのだから。また、相手を作る気もさらさら無かった。以前の私は独りの方が良いと考えていたから、作る必要が無かったのだ。
 そんな私を変えてくれたのが、未来だった。未来のおかげで誰かと一緒に居るのが楽しいと、再び思えるようになった。そしてその思いを更に強める事ができたのは、合唱部の皆のおかげだ。皆は、一度は自ら加わる事を拒んだ私を、仲間として迎え入れてくれた。そんな皆とやる部活は、とても楽しかった。好きな事を一緒に楽しむ仲間ができた事、それが本当に嬉しい事だと感じられた。

 私が少しずつとはいえ前に進めているのは、未来や合唱部の皆が居たおかげだ。独りじゃないからこそ、ここまで頑張れたのだ。今の私はそれを心から実感している。
独りじゃない事がこんなに心強い事だというのを、私は忘れていた。未来と皆がそれを思い出させてくれなければ、忘れたままだったかもしれない。そしてそのままずっと独りでいただろう。それが一番良いと考えていたのだから。
もちろん、今では思い出せて良かったと感じている。だから最初のきっかけをくれた未来には、本当に感謝している。

 私は未来の姿が見えなくなった後で、そっと呟く。
「本当にありがとね、未来…。」
なんとなく、今度はちゃんと声に出して感謝を言いたくなったのだ。

 私にとって、未来は光そのものと言えるだろう。“闇を照らす光”だと。
なぜなら未来は、独りの世界という暗闇に閉じ籠っていた私に、まるで光の様な明るい笑顔と温かな言葉で手を差し伸べてくれたのだから。そしてその手を私とつないで一緒に歩く事で、外に連れ出してくれたのだから。
暗闇から明るい世界に戻る道を、未来という光で照らして導いてくれたのだ。

 感謝を言い終えた私は、気合いを入れる。
(さ、とっとと終わらせますか!)
あまり皆を待たせるわけにはいかない。私は急いで日直の仕事を済ませた。そしてあとは日誌を担任に渡すだけとなる。しかしあの担任の事だ、今日は職員室に居るとは思えない。私の脳裏に、部室の片隅で担任がアイス片手に微笑みながら咲音先生を見守っている姿が浮かんだ。
 合唱部に入るまで知らなかったが、あの担任と咲音先生は大学の同級生だったそうだ。言われてみると、確かに以前から二人が一緒に居るのをよく見かけた気がする。しかしそれだけではなく、どうやらあの担任は咲音先生に気があるらしい。事実、私の知る限りでは、先に声を掛けているのは必ずあの担任の方だった。さらに、活動日にはほぼ必ずと言っていい程部室に姿を見せる。そしてそのまま練習が終わるまで居る事が多い。だから今日も部室の方に行っている可能性が高いのだ。

 私はどうしたものかと考える。日誌を渡さないと全ての仕事を終わらせた事にならないからだ。
(どうしよう? 居なくても職員室の机に置いとけばいいんだけど…。でもあの先生の事だから、多分部室に行けば会えるんだよね。そこで直接渡そうかな…? その方が早く部室に行けるし。)

 そこまで考えた所で、私はふと時計を見た。そして、その針が本当にギリギリな時間を指している事に気付く。
(まずい、もうこんな時間だ! …よし。このまま持ってく事にしよ!)
そう結論付けた私は、急いで支度を終わらせる。
(うん、準備完了! さあ、今日も練習頑張るぞー!)
再び気合いを入れた私は、足早に部室へ向かうのだった。




 私の新しい日常は既に始まっている。これからどうなるのか、それは分からない。まだ始めたばかりなのだから。そして始めたからには、もう後戻りはできない。
これからの事に不安が無いと言ったら嘘になる。けれど、覚悟なら既にできている。私は自分を変えるために再び歩き出すと、決めたのだ。【あの決意】だって一年以上ずっと貫いたのだから、今度だってきっとできるはず。今はそう信じて、自分にできる事をやっていくだけだ。
暗闇に閉じ籠り立ち止まっていた私は、もう居ない。
それに、何があってもきっと大丈夫な気がする。なぜなら今の私には、未来という大切な友達と、好きな事を楽しむ気持ちを分け合える合唱部の皆が居るのだから。
 私はもう、独りじゃない。




 私はこれからも歩き続ける。立ち止まる事で再び暗闇に囚われない様に。そうする事こそが、私を変えてくれた人達の想いに、光に、応えた事になると思うからだ。



 ―だから今、私はただ進もう。光が照らす先へと。
   いつかは私自身も光となれる事を夢見ながら…―



                             闇を照らす光 ~完~

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

闇を照らす光 エピローグ ~光が照らす先へ~

…やった。やったよーーー!! 
ああ、ついに完結できた…。ここまで長かったなぁ。書いてる途中で何度挫折しかけた事やら…(T_T)
それを乗り越えてなんとか完結までこぎつけられたのは、アドバイスやコメント下さった方が居たおかげです。読んで下さっている方が居る、という事が励みになって頑張る事ができました! ありがとうございます!

初めての小説なので、お見苦しい点が沢山あったと思います。この様な駄文に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!!

それではまた次の機会にお会いしましょう!(^-^)/




…あ、オマケとして前バにこの作品の解説&補足入れてあります。もしよろしければ、暇な時にでも見て下さい☆ 
ただ、私が色々遊んじゃってるので、文章がおかしいのは嫌だ、顔文字が苦手、本編のシリアスな雰囲気壊したくない、っていうのが一つでも当てはまる人は見ない方が良いかも…(^_^;)

閲覧数:219

投稿日:2010/12/12 03:32:17

文字数:4,269文字

カテゴリ:小説

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