君だけを見ていた、とか、君だけを守りたい、とか。
もうそんな、白々しい言葉しか思い浮かばない。それを証明するものなんて、もうどこにもない。
夢の中で、ただ君の姿を探していた。夢の中でくらいは、君の笑顔に会いたかった。
降り注ぐ光の中、噴水を浴びて、緑の絨毯に寝転がった日々。一日中、手を放さずにいられた日々。
思い出すのは過去のことばかり。それでも、いつか報われると信じて、必死で幸せな未来を求めていた。
……後から思えば、それすら愚かだったのかもしれない。
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「気がついた?」
鈴がなるような、綺麗な音。驚いて目を開く。俺を覗き込んでいるのは、翠の髪の美少女。
「ミク姉……?」
婚約者もいたという、自分の娘より若い子を、お父様は強引にこの王宮に連れ込んだ。美人も大変だ。
それから一年、ミク姉は何故か、お姉さまたちに混ざって生活している。ミク姉の希望だったのか、お父様の配慮だったのかは分からないけれど。
起き上がろうとして、ミク姉にとめられる。熱があるから休んでいて、と。
自分の呼吸がうるさい。首だけなんとか動かし、かすんだ目で周りを見回して、自分の部屋だと気付く。
その光景の中に、たった一人を探した。彼女がいないことに、安心して、落胆した。
「リンは……?」
声がかすれた。ミク姉の冷たい手が気持ちいい。
焦点がさだまらず、意識はもうろうとしたまま。夢の中に吸い込まれそうで、それでもそれだけを訊ねたかった。どうしても、それを知るまでは、意識を手放すわけにはいかなかった。
「さぁ」
ミク姉は、そう笑って誤魔化し、部屋を出ていく。
彼女の目がなくなって、起き上がろうと思ったけれど、身体はまったく動かなかった。
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「いい? 今回のことは、貴方にも責任があるんだからね!」
ミク姉が珍しく怒鳴っている――といっても可愛らしい声なのだけれど――のをきいて、あたしは足をとめた。
声が聞こえたのは、よくあたしたちがたむろしている部屋の中。
そっと扉を開いて、中を覗き見る。こんなこと、昔よくレンとやったな、と懐かしく思った。それが思い出になってしまったことに、落胆しながら。
「それは分かってるけど、結局は本人が自分で判断できないとどうしようもないんじゃないか?」
答えているのは、蒼い髪の青年。カイト、王直下領の城主層の出身で、見た目の割りに腕の立つ騎士で、国王の取り巻きの一人。つまりは貴族でお父様の家臣で政治家。レンのついでに、あたしもよく遊んでもらっていた。
ミク姉とカイトというのは、あまり見たことのない組み合わせだ。
その割りに、人見知りの激しいミク姉がつっかかっているところを見るに、結構親しいらしい。あたしは首を傾げる。
「だからって、倒れるまで止めないっておかしいでしょう!」
「あ……レン、倒れちゃった?」
その言葉に、すぅ、と足元の感覚が失われるのを感じた。
倒れた。もう聞き飽きた言葉だけれど、聞くたびに遠のいていく彼の背中が、恐ろしかった。いつ、本当に手が届かなくなってしまうのか。
ふらりと傾いだ身体を、後ろから誰かに抱きとめられる。見上げると、ルカ姉の顔があった。
「行こう」
ルカ姉は優しく微笑んで、その場から離れるようにと、手を引いて歩き出す。
「……あの二人のことは、きかないでね。ミクに口止めされてるから」
ルカ姉は歩きながら、冗談めかしてそう言う。確かにそれも、気になっていることではあったけれど。話そらすの、下手だな。
「ねぇ、ルカ姉……あたし、レンに信用されてないのかな?」
いつからか、何も話してくれなくなった弟。その気持ちは、痛いほどよく分かる。――分かったつもりにだったら、いくらでもなれる。でも、彼の立場を代わってやることは出来ない。なんでだろう、双子なのに。ずっと一緒だったのに。
代われるものなら代わってやりたい。そう思うのに、結局あたしは何も出来なくて。見ていることしか出来ないくせに、全部話してほしい、なんて、ただの我がまま。
窓の向こうに、外の景色が見える。
美しい庭園。夏の光を浴びる噴水。
駆け抜けた日々は、あまりにも遠くて、もう戻れない。二人で過ごす時間は日に日に短くなって、外に出ることなんてなくなった。あたしがレンのそばに居続けられるのは、ベッドの脇だけになってしまった。
もう戻れない。それは、嫌というほど分かってる。
でも、せめて、この日々が続いてほしい。これ以上遠くに行かないでほしい。一歩間違えれば、今すぐにでも、手も声も届かなくなってしまう。それだけは、耐えられない。
「信用、っていう言葉は、おかしいんじゃないかな、この場合」
ルカ姉は、屈んで視線を合わせて、微笑んでくれる。
「ここからは、一人で行けるわね?」
ルカ姉は、そう言って、優しく背を押してくれた。この先には、あたしの部屋も、レンの部屋もある。どちらへ行くも、あたし次第。
あたしは、ルカ姉の瞳をまっすぐに見て、小さく頷いた。
それだけで、もう泣きそうだった。
涙がこぼれないように、上を向いて歩きだした。
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