ねぇ。君が悲しんでくれるなら、俺は死んだっていいと思っていたよ。
そんな勇気なかったけれど、でも、君の涙は俺の悲しみで、幸せだった。
君がいない場所で、君に知られずに死んでいくのが怖かった。それだけは耐えられないと思った。
でも、そうなってしまうんだね。
運命が憎いよ。
でも、本当に憎いのは自分だよ。
君が俺を愛してくれたとしても、俺は。
『……じゃあ、僕の父親は誰なんですか?』
当然の疑問に、笑顔を浮かべるだけで、答えなかったお母様。
お母様が死んだ時、あまりにも呆気なくて、俺は泣くことも出来なかった。
双子を生むのは負担が大きすぎたのだと、誰かが俺を責めるように言っていた。
でもきっと、お母様が死んだ本当の原因は、お父様を裏切って、他の男との間に子どもをつくってしまったこと。
俺たちがひとつで生まれてきても、ふたつに分かれてしまっても、そんなの関係のないことだった。そう、言ってしまいたかった。俺たちがそれぞれ分かれて生まれてきたことだけは、否定されたくなかった。
でも俺は、自分たちの父親のことを、リンにだけは聞かせたくなくて。
泣きじゃくるリンを抱きしめて、彼女の耳も目もふさいでしまった。
俺が守るから、残酷な現実は全部見なくていい。そんな勝手なことを、彼女に言い続けた。それがどんなに難しいのか、時間が経つごとに、嫌というほど思い知った。
『たとえ僕が王子でなくても、お姉さまたちと血がつながっていなくても、僕は大丈夫です』
冷たい母の手をとって、誰にも聞こえぬように呟いた言葉。
『僕にはリンがいるから。リンのことは僕が守るから。貴女の罪を、僕はリンにも隠し続けるから。だから……安心してください』
すみません、お母様。
俺はもう、あの時の貴女との約束さえ、なにひとつ守れそうにありません。
『強くなります。たとえいつか全てが明らかになって、僕たちがここにいられなくなっても、リンを守れるように。王子でも王女でもなくなっても、帰る家がなくなっても、二人で生きていけるように』
いつか、すべての罪が暴かれて、この温かな場所が凍りついてしまったとしても、リンの手だけは離さないから。すべてを失っても、リンだけは家族だから。たった一人の家族だから。
強くなって、彼女を守りながら、一緒に生きていく。
そう誓った。
たとえどれだけの罪を背負っていても、彼女を守れるくらい強くなったら、彼女の手を離さずにいてもいいと思えた。
強くなれたなら。
右手が動かなくなったときに、もう俺ではリンを守れないと分かった。その時点で、もう未来はなかったんだ。
分かっていたのに。
夏の日差し。
さっきまで、俺はリンと一緒にここにいて、リンは俺のために笑って泣いてくれた。まだあれから、太陽の位置すら変わっていないのに。
世界は、こんなに早く変わってしまうものだったっけ? それとも、最初から全部壊れていた?
「リン……」
光の中を駆けていく、小さな背中。手を伸ばしかけて、立ち止まる。
『レン』
幻が、俺の名を呼ぶ。華やかな笑顔。俺が涙で塗りつぶしてしまった、愛おしい表情。たった一人の姉。
どんなに離れたとしても、俺たちだけは、永遠に姉弟だ。でも、それが一番つらい。
『レン』
「レン!」
ふと、幻とはまったく違う、悲痛な声が響いた。
俺はびくりと肩を震わせ、振り返りそうになる。振り返って、抱きしめたい。
でも、それは出来ない。ここでそれをやってしまったら、何の意味もない。
メイコ姉が稼いでくれた時間も、ルカ姉が許してくれた時間も、何もかも無駄にするだけ。
「レン、待ってよ、レン!」
声に突き動かされるように、止まっていた足が動き出す。
走らなければ追い付かれてしまうのに、早足になっただけで脈打つ痛みに泣きそうになった。
「レン!」
たとえ泣いていても怒っていても、傍にいてほしかった。どんなに罵られようとも、どんなに彼女がつらい思いをしようとも、彼女の傍で死ねたならどんなによかったか。
彼女の知らない場所で死んでいくくらいなら、命が縮まるくらいどうでもよかったのに。
本当は、メイコ姉の死すら無駄にしても、彼女のそばにいたい。ルカ姉に請うたことが無駄になっても、連れ去ってしまいたい。
でも、これ以上後悔を重ねたくもない。
「う……」
腰にさした剣を持ち上げる。歩くだけで、その重みにわき腹が抉られるようだ。このまま倒れてしまえばどんなに楽か。でも、それでは意味がない。
滲んだ涙を振り払い、倒れそうになる身体を無理やり前へ進める。
「レン! あ……っ!」
どさりと、何かが倒れるような音。転んだのかな。まったく、昔から運動音痴なんだから。
……昔っから。
「レン!」
彼女の声が、泣いて震えていた。表情は、振り返らなくても分かる。それだけ心がつながっていても、一緒にいられない。
「レンの馬鹿! なんでよ、なんで……っ!」
大声で泣き叫ぶ彼女が、こんなにも愛おしいのに。俺はそんな風に泣くことも出来ずに、彼女を見て眩しさに目を細めるばかり。そして、それすら出来なくなってしまう。
寂しいよ、つらいよ、悲しいよ、それはきっと君と同じだよ。……同じなのに、なんでだろうね。
分からないよ。分からない。
でも、これしかないんだ。
お願い。
こんな俺を、許して。
-----
あなたはもう、忘れてしまったでしょうか。二人でなら、何もこわくなかった頃のことを。
光の中を駆け抜けて、笑いあって、手をつないで……永遠を信じていました。馬鹿みたいに、何も疑わずにいました。
あれを罪だというのなら、幸せとは何なのでしょうか。
あたしは今もここにいます。あなたは、どこにいますか? この世界のどこかに、まだいますか? それとも、もうどこにもいないのでしょうか。
もう、決してあたしたちの道は交わらないのでしょうか。それとも、次に会った時には、あたしがあなたの道を壊してしまうのでしょうか。
どれだけ考えても、何も分かりません。何も分からないけれど……今もまだ、私はあなたを覚えています。あなたのすべてを、忘れられずにいます。
失った腕輪の代わりに、手首に刻まれた傷が、あなたの動かない手を思い出させます。
ねぇ。
想っていれば叶うなんて、諦めずにいれば大丈夫だなんて、一体誰が言ったんでしょうね。
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