「はい、OK!」
あたしは、レンとルカ姉の撮影を見ながら、腕時計を確認した。早く終わればいいのに、と心の中で繰り返す。
問題のシーンの撮影はどうしても見たくなくて、カイト兄に泣きついた。カイト兄がレンとルカ姉のマネージャーを数日間引き受けてくれて、あたしはその間ずっとミク姉のサポートをしていた。不機嫌なあたしと一緒にいる破目になったミク姉は、呆れた顔で言った。
「まったく、こんな回りくどいことする前に、さっさとやることやっちゃえばいいのに」
思い出してしまった言葉を、頭ごとぶんぶんと振り払う。やることってなんだ、やることって。
撮影も佳境に入ってきたけれど、撮影が終わってもプロモーションがあるし、あたしとレンが一緒にいる時間が増える予定はない。でも昨日、レンは笑いながら言ってくれた。
「明日の撮影が終わったら、遊びに行こうか」
二人の外見は確かに目立つけれど、双子だと勘違いされているから、多少のことではスキャンダルになったりしない。
今ほど売れていなかった頃は、頻繁に繁華街へ出かけていたのだ。ただ、中学生だから、夜はNGなのだけれど。
なかなか終わらない撮影を横目に、あたしは翌日の予定をチェックし始める。
レンは久々のお休みで、ルカ姉だけどこだかのロケ地で撮影の続きがある。メイコ姉はその手伝い。ミク姉は歌番組とバラエティーへのゲスト出演があって、カイト兄がその手伝い。あたしは翌週に迫っている中間テストのために勉強。
レンは先週、撮影をしながらテストを乗り切った。テストのおかげで宿題が出ないから楽だとか、あたしには理解もできないことを言っていた。
そんなレンと違ってあたしは、休みを入れてもらわないと進級も危うい。
――なんて、義務教育だからさすがに大丈夫だとは思うけれど。
「リン」
不意に名前を呼ばれて、あたしは驚いて顔をあげた。目の前に、自分と同じ顔がある。
「……あれ」
いつの間に撮影が終わったんだろう。
「なにぼーっとしてんだよ、一応お前も仕事中だろ」
「……分かってるよ」
もっともなことを言われて膨れるあたしに、レンはすっと手を差し出してきた。
「ほら」
首を傾げるあたしに、レンは呆れたような目で言う。
「さっさと行くぞ」
-----
まだ明るい街に、レモン色の街灯が灯りはじめる。
通りに面したカフェの窓際に陣取って、あたしたちは他愛もない会話をした。通りに面してはいるけれど、車もよく通る場所だから、オープンテラスにはなっていない。
「ごめんな。テスト前なのに」
ふと、思い出したようにレンが言った。
「なにをいまさら」
あたしは、レンのそんな律義さに呆れてしまう。
今日しかないのだ。明日しか休みはない。それをテスト勉強に費やせと? あたしがそんな真面目な人間に見えるだろうか。……って、いばれるようなことじゃないんだけど。
あたしはジュースにストローを突きさし、くるくると回した。きらきらと氷が反射する。
向かいに座っているレンは、当たり前のようにホットコーヒーを飲んでいた。いつの間に、味覚まで変わったのやら。あたしだって、我慢すれば飲めなくはないけど、そのあと具合が悪くなる。
「苦くないの?」
「苦いに決まってんだろ」
レンは平然と返す。そこがいいんじゃないか、と。理解不能。
「辛いのは食べられないくせに」
レンは返事につまり、そっぽを向いた。
「辛いのは味覚じゃなくて痛覚だろ。あんなもんが好きだなんて、ただの変態だ」
「そこまで言うか」
そういうの、屁理屈って言うと思うんだけど。辛いの好きなくらいで変態にされたら、どっかの国の人たち全員変態だよ。
そんなどうでもいい会話をしていると、料理が運ばれてきた。二人の共通の好物をふたつ頼んで、それぞれ半分こ。これまでもよくやったことだったけれど、あたしは自分の担当の分を食べきれなくて、レンが残りを食べることになった。この間まで、あたしの方が多く食べていたのに。
店を出ると、もう日は暮れていた。街あかりで雲が照らされて、お互いの顔がはっきり見えるくらい明るいけれど、さすがに夜は冷え込む。
「あれ……」
あたしは、ふと気付いて、立ち止まった。
「レン、背伸びた?」
レンも立ち止まり、首を傾げる。自覚はまったくないらしい。
「まぁ……のびててもおかしくはないだろ」
「そりゃそうだけど」
あたしはレンをわずかに見上げ、溜息をついた。
「なんで溜息つくんだよ」
「なんでもいいでしょ!」
あたしは先に立って歩き出したが、レンに手を掴まれて立ち止まる。
「……お前、最近なんかおかしいよ」
レンは、少し困ったように、でも真剣な表情でまっすぐにあたしを見ている。
「そんなこと、ないよ」
レンの視線から逃れるように、あたしは目をそむけた。
おかしいというのなら、ずっと前から、全部おかしかった。きっと、そういうことなんだと思う。
恋なんて、すぐに終わってしまう儚いもので、それに縛られてるなんて馬鹿らしい。
そう分かっていても逃れられない。レンのそばにいたくて、もっと近くに行きたくて、でも今の距離を失ってしまうのが怖い、なんて。全部全部、馬鹿らしい。
でも……それでも、好きだよ。どうしようもないほど。
繋いだ手から、この想いが全部流れ込んでしまえばいいのに。言葉に出来ないほどの想いを、全部。
「リン。一人で抱え込むなよ」
レンは、そんなこと言って、無責任に微笑む。もうやめてよ、あんたの優しさが一番残酷だよ。溺れそうで怖いよ。
「そんなの……寂しいだろ」
その言葉に驚いて、あたしは顔をあげる。レンの悲しげな表情の中に、痛いほどの何かがよぎった気がした。でも、あたしはそれを掴みそこねた。
「……レン、帰ろう」
あたしは、結局、そう言って目をそらした。レンの中にある何かに、気付きたくなかった。それがたとえ、あたしが望んでいる感情だったとしても。
今はまだ、気付くのが怖かった。
-----
雨が降り出したのは、電車を降りて家まで歩いている途中だった。
「うわ……」
あたしは空を見上げ、手で前髪をかきわける。
家までは、まだ距離がある。普段は車で移動しているし、合宿所みたいなものだから、駅からは遠いのだ。おかげで、ファンに見つかることもなく平和な生活を送っていたのだけれど……。
街からほんの少しはずれただけで、車もほとんど通らないほど静かな住宅街になってしまう。タクシーも拾えそうにない。
「走るか」
レンは、そう言ってあたしの手をとった。優等生のレンはいつも折りたたみ傘を持っているけれど、仕事帰りだからもっていなかったらしい。
夏の冷たい雨の中を走り抜け、いい加減暑いのか寒いのか分からなくなった頃に、ようやくあたしたちは家に着いた。
夜なのに、家には灯りがついていない。誰もいないのだということを思い出し、鍵を取り出す。玄関の戸を開けて中へ入ったところで、後ろでどさりと何かが崩れる音がした。
「え……?」
額に張り付いた前髪をかきあげて、振り返る。
「レン……!?」
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