第十章 悪ノ娘ト召使 パート4

 カルロビッツの戦い。
 ミルドガルド中世史における最大規模の戦いの一つと呼ばれることになったその戦いは、ミルドガルド中世史における最後の覇権戦争であったと後の世に評価されることが多い。その戦いの火ぶたがが開かれる直前、ロックバード伯爵はガクポと共に最後の軍議を行うことになった。敵兵の総兵力は三万。対してこちらは二万。かつては黄の国の方が強大な軍を誇っていたが、今はその国力が見事に逆転してしまっている。その事実に一抹の寂しさを覚えながらも、ロックバード伯爵はじっくりと地形を読み込むことにした。敵軍は黄の国王立軍からおよそ十キロ東に布陣している。中央を走るザルツブルグ街道の周囲は基本的には平原、しかし街道から五キロ程離れた周囲は深い森で囲まれているという地形であった。火砲で敵の士気を削ぎながらガクポに遊撃させれば勝機があるか、とロックバード伯爵は考察する。とにかく、まずは耐える。一日二日で勝利を掴む方法は今の黄の国には存在しなかった。ならば、時間をかけて確実に攻め落としてゆくことがベストか、とロックバード伯爵は判断し、ガクポに向かってこう告げた。
 「ガクポ、五千の兵を率いてここに潜め。」
 ロックバード伯爵が指示したポイントは、ザルツブルグ街道の北方三キロほど先にある森林地帯であった。
 「伏兵ですね。」
 その地形を眺めながら、ガクポはそう答えた。
 「そうだ。時期が来れば狼煙を上げる。その時、側面から青の国を襲撃してくれ。」
 「畏まりました。」
 ガクポはそう告げると、颯爽と本陣から立ち去っていった。残されたロックバード伯爵は一人、敵陣で同じように軍議を行っているであろうカイト王に向けて呟くようにこう言った。
 「まだ、あの青二才に負ける訳にはいかんな。」

 同じ頃、青の国もまた開戦準備をほぼ終了させていた。カイト王もまた、ロックバード伯爵が想像したように周辺の地形図を眺めて攻撃作戦の立案に励んでいたのである。
 「やはり、敵軍の兵力は二万ということです。」
 軍議の席で、シューマッハ将軍がそう告げた。同席しているオズイン将軍が神妙に頷く。情報部の報告通り、二万の兵力を捻出することが精一杯だったか、とカイト王は考え、僅かに口元を緩めさせた。ではどう戦うか。力押しでも構わないが、何しろ相手はロックバード伯爵に、後がない黄の国の兵士達だ。不用意な突撃は余計な被害を生むな、とカイト王は考えた。
 「敵軍大将は?」
 そのまま、カイト王はシューマッハ将軍にそう訊ねる。
 「第一軍はロックバード伯爵、第二軍はガクポ殿でございます。」
 成程、今黄の国が考案できる最高の編成だろうな、とカイト王は考えた。これに赤騎士団が加わっていれば兵力差をものともせず、下手をすれば敗北の危機すらあっただろうが、とカイト王は考えた。ならば、青の国の主力である青騎士団は極力温存しておく方がいいな、と考え、カイト王は青騎士団隊長であるオズイン将軍に向かってこう言った。
 「青騎士団は遊兵とする。黄の国王立軍が乱れた所を狙い撃ちにしろ。」
 「畏まりました。」
 続いて、カイト王はシューマッハ将軍にこう告げた。
 「今回の戦闘は第二軍を中心に展開する。ただし、つかず離れず、にだ。余計な被害は避けろ。」
 「了解致しました。」
 つかず離れず、これが肝要だった。攻めすぎれば被害が大きくなる。かといって攻めなければ何かを不審に考え、撤退してしまうかも知れない。そうなると黄の国の王宮に仕掛けている反乱自体が失敗する。完全な勝利、俺が求めているのはまさしくこれだな、とカイト王は考え、そして口元に薄い笑みを浮かべるとシューマッハ将軍とオズイン将軍に向かってこう言った。
 「さあ、開戦だ。」

 カルロビッツの戦いの開戦時刻はその日の午前十時であったと言われている。どんよりとした曇り空であったらしい。もし、この日降雨があれば一日で戦いは終了していた、と言われている。この当時の火砲は雨に酷く弱く、火薬が湿ってしまえばそれだけで使用不能になる代物であったのだ。確かに晴天よりも湿り気の多い一日ではあったが、なんとか火砲が使えると判断したロックバード伯爵は得意の戦法で青の国第二軍を迎え入れることになった。即ち、火砲の一斉砲撃。怒涛の勢いで進軍を開始した青の国の兵士を冷静に見つめながら、ロックバード伯爵は冷静にこう叫んだ。
 「撃てっ!」
 直後に、百以上の火砲が一斉に火を噴いた。巨大な鉛玉が青の国の兵士達へ襲いかかる。その威力は絶大だった。瞬時に軍の一角が全滅し、血と肉をカルロビッツ郊外の平原にまき散らすことになったのである。それでも、敵軍は引くつもりがない。寧ろ怒りに任せた突撃を開始している姿を見て、ロックバード伯爵は予定通り騎乗を終えると、槍を手に掴んだ。
 「火砲隊は後方へ!騎士団と歩兵部隊は儂に続け!」
 ロックバード伯爵自ら戦場に飛び出すことは久しく起こり得なかった。少し前までは戦闘部隊としてのメイコと赤騎士団が存在した為にロックバード伯爵は純粋に戦略だけに集中できていたのだが、今回は前線を指揮するに足りる人物が黄の国王立軍に存在しない。ならば、自ら討って出るしかないだろう、と判断したのである。火砲の連射が効けば火砲だけでも十分に戦えたのだが、とつい考えてしまうが、出来ないものを求めても仕方がない。火砲が次弾を装填し終えるまでは肉弾戦以外に方法がないのである。
 そして、ロックバード伯爵は馬の腹に思いっきり蹴りを入れた。それを合図に数千の騎馬隊と一万の歩兵部隊が一斉に地を蹴り、青の国第二軍へと向かって猛然と駈け出した。風が流れ、馬に蹴られた土が舞い、そして空気が緊迫する。ロックバード伯爵の騎馬隊は元赤騎士団と従来の直属騎士団の融合部隊である。多少の足並みの乱れは気にならない訳ではないが、乱戦となればあまり関係のない出来事だろう、とロックバード伯爵にしては珍しく強気にそう思考すると、迫りくる敵兵に向かって鋭く槍を突き刺した。人と馬が溢れ、衝突する。前方は敵兵だらけだ、何も気にする必要などない。ただ、前に槍を送る。そしてすばやく引く。槍の扱いは引き際が肝心であった。強く刺しすぎれば抜けなくなり、次の戦闘が不可能になる。そのあたり、歴戦の騎士であるロックバード伯爵は完璧であった。メイコが赤騎士団の隊長になる前までは黄の国一番の騎士と評価されていた人物である。まだまだ、衰えを感じさせない槍捌きであった。そのロックバード伯爵の攻撃力に恐れをなしたのか、青の国の兵士達の足並みが僅かに乱れた。率いているのはシューマッハか、とロックバード伯爵は考える。攻撃を加えるなら今だ、と判断したロックバード伯爵は隣を走る騎士に向かってこう叫んだ。
 「狼煙を。」
 その騎士は敵兵の頭蓋を一つ破壊すると頷き、本陣へと駆け戻ってゆく。そうしている間に、青の国の兵士達が再び統率のとれた動きで反撃を開始した。成程、青の国軍務卿名は伊達ではないな、とロックバード伯爵は考えた。見ると、シューマッハ将軍がいつの間にか前線へと飛び出しており、自らの手で味方の兵士を串刺しにしている姿が視界の奥に映る。メイコならすぐに一騎打ちに飛び出していただろうが、流石に儂が一騎打ちに興じる訳には行かないか、と考え、ただひたすら目の前に迫る敵兵と槍を打ち合い続けた。黄の国の本陣から狼煙が撃ちあがったのは、丁度その時である。

 狼煙。
 ザルツブルグ街道北方の森林地帯で隠れていたガクポは、その狼煙を見て微かな笑みを漏らした。このままロックバード伯爵だけに戦果をもっていかれてしまうのではないかという不安を抱いていたのである。ガクポが率いる五千名は全て歩兵、それも剣の腕が立つ者だけを集めた特殊部隊であった。ガクポ自身が剣士ということもあり、自らで鍛えた兵士達である。剣客集団としてはおそらくミルドガルド大陸一だろうという自負を感じているガクポは、愛用の倭刀をすらりと抜き放つと、短くこう叫んだ。
 「全軍、青の国を側面から急襲。」
 そして、ガクポは自ら先頭に立って走り出した。森を抜け、平地に出るとそこは戦場である。その真っただ中、ガクポは驚愕に目を見開いた敵兵の首をそのまま切り裂いた。頭が無くなった首から噴水の様に血飛沫が舞う。それが、ガクポ参戦の合図だった。そのまま、剣を振るう。一つ剣を振る度に、一人の人間が死体になる。首が無くなるのか、腕が無くなるのか、頭蓋を破壊されるのか。ガクポは瞬時に敵兵の隙を見つけると、その場所を目掛けた最短距離で敵兵を切り裂いた。騎士に対しては馬の脚を切り裂き、落馬させた上で止めを刺す。この場所にいる全ての人間が、ガクポの敵ではなかったのである。それは巨大な恐怖を青の国に巻き起こした。ロックバード伯爵の善戦により互角の戦いを演じていた両軍のバランスが、ガクポと、ガクポが率いる五千の剣士達により一瞬にして崩れ去ったのである。

 伏兵か。
 戦場の一番奥、青の国の本陣でその報告を受けたカイト王は冷静にその様に考えた。成程、ガクポを伏せるとはなかなか面白い発想だな、と微かな笑みを浮かべながら考察したカイト王は直後に伝令に向かってこう告げた。
 「オズイン将軍に伝令。ガクポの部隊を蹴散らせ。」
 いずれにせよ、兵力はこちらの方が上だ。果たして五千の騎馬隊に対して、剣士がどこまで戦えるのか。それはそれで見物だな、とカイト王は考えたのである。
 その指令を受けたオズイン将軍は、ようやく出番が来たか、とばかりに口元を緩ませた。戦況が芳しくない第二軍の様子を苛立ったように眺めていたオズイン将軍であったが、これで戦況を覆すことができる、と考えたのである。そしてオズイン将軍は手にした槍を上空に掲げ、こう叫んだ。
 「青騎士団、全軍突撃!ガクポ隊を蹴散らせ!」
 そして、馬の腹を蹴る。今はなき赤騎士団に匹敵する実力を誇ると評価されている青騎士団である。その青騎士団の機動力は赤騎士団と比べても遜色なく、ほんの数分でガクポ隊との距離を詰めていった。先頭を走るオズイン将軍は手近な黄の国の兵士の姿を見つけると、そのまま上空から槍を振り下ろす。一撃で敵剣士を葬り去ったオズイン将軍は、馬の機動力を生かしてそのままガクポ率いる剣士部隊を突破しようと試みた。それに対し、ガクポは薄い笑みを見せると青騎士団に向かってその剣を振るう。今まで幾多の戦いを切りぬけて来たガクポにしてみれば、通常不利と言われている剣士と騎士団との戦い方も十分に熟知していたのである。騎士団に対しては、とにかくその機動力を防ぐ。その為には馬を射ることが一番だと理解していたのである。即ち、馬の脚を切り裂いて落馬させる。だが、その攻撃が完璧に出来る人間はガクポ隊にあっても少ない。徐々に青騎士団により不利な立場に立たされていることを自覚したガクポは、早い段階で撤兵したほうが無難か、と判断した。何しろ、戦いは今日だけではない。もう開戦から数時間が過ぎ、そろそろ日没を迎える。比較的短い秋の太陽が今回は我々に味方したか、と考えながらガクポは本陣へと撤退するように指示を出した。その行為が合図となり、お互いに軍を引いてゆく。敵も今日の今日で本格的に攻め落とすつもりはないらしい、とガクポは考え、さて、では明日はどう戦おうか、と思案した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン56 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第五十六弾です!」
満「久しぶりの戦闘シーンだ。」
みのり「ロックバード伯爵って実は強いのね。」
満「あの人は中年代表だから。」
みのり「緑の国との戦争とは違って、一騎打ちが少ないけど・・?」
満「物語とか、映画では一騎打ちが多いけど、本来の戦いでは一騎打ちは少ない。だから今回は外した。第一、一騎打ちさせるとガクポの全勝になってしまうし。」
みのり「成程。青の国が負けてしまう訳ね^^;では次回に期待しましょう♪」

閲覧数:334

投稿日:2010/05/04 13:19:58

文字数:4,695文字

カテゴリ:小説

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  • sukima_neru

    sukima_neru

    ご意見・ご感想

    ロックバード伯爵の本領発揮ですね。かっこよすぎて惚れ惚れします。
    がくぽも活躍してますし、このまま勝っちゃえ。えっ、駄目?
    レイジさんの戦の描写大好きです。分かりやすくて深い。
    もうロックバード伯爵を主人公にしたスピンオフ作品作ってしまえばいいと思うのは私だけでしょうか?

    満君が言った通り、一騎打ちは確かに少ないのが普通ですが、誰かがくぽとサシで戦って欲しいですね。
    前作でも2対1で戦ったから負けたんですし。もう、単騎最強すぎですね。
    そうだ、カイト王がアクならがくぽにも勝てると言っていましたし、期待できますかね?

    とにかく続きが楽しみです。では早速、続きを読んできます。

    2010/05/19 13:43:55

  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    満「あの人は中年代表だから。」
    ↑に吹いてしまった・・。

    これでがっ君に惚れた(笑
    青の国を負かしてやれ←
    STORY的にだめですよね・・;;

    今回も楽しく読ませていただきました^^
    でわでわ失礼いたしましたm(__)m

    2010/05/04 17:35:36

    • レイジ

      レイジ

      ボカロが主人公だと青少年ばっかり活躍することになるから、少しはおっさん達が活躍しないとねえ、ということでオリキャラのロックバード伯爵が登場したんです。
      彼はもっと活躍する予定です♪

      ガクポが本気出せば一人で青の国倒せるんじゃないか・・。
      くらいに強い男として設定しているので本気で戦われると話が大混乱に^^;

      ではでは次回も宜しくお願いします!

      2010/05/04 22:49:05

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