テレビに映し出された偶像。あたしのことだ。
ファンに崇め奉られて、歌の実力も磨き上げた容姿も置き去りに、知名度だけが先走る。
きっと、この国のどこかで、あたしの映像を見ながら、馬鹿らしい、と吐き捨てている人がたくさんいる。
別に、アイドルになりたかったわけじゃない。なりたくなかったわけでもない。
今のあたしの知名度や活動内容に不服があるわけではなく、だからといって満足しているわけでもない。
将来のビジョンがないから、目標もない。でも、無目的なわけでもないのだ。
考えれば考えるほど、分からなくなるだけ。
あたしはただ、居心地がよかっただけだった。あの子の隣にいるのが気持ちよくて、ずっとそうありたいと思ってしまった。
引き際を見誤って、気付けばもう後戻りは出来なくなっていた。
状況も、そして、あたしの心も。全部が全部、彼に繋がれてしまっていた。
そのことを後悔しても、もういまさら、あたしは彼から離れられない。
「これって、片想い?」
口に出してみた。でも、誰も答えてくれなかった。
「もしそうだとしたら……結局、なにがどうなるんだろう」
分からない。
どうしてあたしはここにいるのだろう。そんな馬鹿げたことを、考えるようになってしまった。
少し大人になったということなのか、それともさらに馬鹿になったということなのか。
あたしは元々、身体の弱かったレンの負担を軽くするために、この世界に飛び込んだ。そもそもレンと出逢ったのだって、大事な撮影中に倒れたあの子の代役をするため。
同じ顔に生まれたことを迷惑に思ったことだって何度もあったし、感謝したことはもっとたくさんあった。
でも、今はよく分からない。
中学に入った頃から、レンはもう、倒れたりしなくなった。それまで以上に売れてしまったせいで、あたし自身も忙しくなって、レンを気遣う余裕もなくなった。
もう、あたしにはレンの負担を軽くすることが出来ないし、それをする理由もない。
それでもあたしはここにいる。ここにいて、レンと一緒に歌っている。もう声も違うのに、何のために? レンの隣にいるのがあたしである理由は、どこにあるのだろう?
たまに、分からなくなる。
どうしてあたしたちは同じ顔で生まれてきて、どうして出逢って、そして、どうしてずっと隣に居続けているのだろう、と。
昔はそんなことどうでもよかった。隣にいることが幸せなのか苦痛なのか、それだけだった。
今は、この特等席を失うことが怖くてたまらない。逃げてしまいたくなるほど怖いけれど、逃げてしまったら意味がない。
「リンは最近忙しいからね、サービスよ」
メイコ姉は、そう言って、あたしの部屋を掃除してくれた。
料理と洗濯は交代制、それ以外のことは自分でする、それがこのグループのルール。でも、誰かが芸能人として活動している間、他がそのサポートに回るというのも、このグループのルール。
ちなみに、今日の料理当番はレンで、あたしは洗濯の当番。本当はあたしの方が料理当番だったのだけれど、毎回代わってもらっている。だって仕方ないじゃない、つくれないんだから。
ちなみに、この家で一番料理がうまいのはカイト兄だったりする。女性陣は基本的に食べるの担当。
妙に美味しい料理を敗北感と共に呑み下して、皿洗いはあたしがした。仕方ない、メイコ姉は「リンは最近忙しい」と言ってくれたけど、その一部はレンの仕事になっているのだ。
「ねぇ、ここ教えてー」
宿題を手に、レンの部屋に行く。ノックもしないで入ると、レンに怒られた。
分かってるよ、あたしだって最近は、ノックするべきか迷うし、扉あける瞬間、ちょっとドキドキしているんだから。でも、いまさら畏まったら、その分だけ恥ずかしくなるでしょう。
「ミク姉に訊けよ」
「ミク姉は中学生のとき、ものすごく仕事が忙しかったんだって。つまり、この範囲はミク姉の苦手分野」
嘘ではない。本当に、ミク姉に訊こうとして、「無理」と満面の笑みで言われたのだ。
でも、下心がないといえば嘘になる。
一つ屋根の下、なんて、拷問だよ。
「俺だって別に頭よくないんだから」
「あたしよりいいでしょう」
「それはやる気と集中力の問題だろ」
授業態度も集中力も、努力できるのだって才能だよ。
そんなことを、本気で考えたあたしは、救いようがない馬鹿なのかもしれない。でも実際のところ、そういうものだとも思う。
「まったく……。で、どこ?」
レンは嫌そうに、でもしっかりと教科書を受け取った。レンの使っているものとは違う出版社だけれど、授業の進行速度はレンの方が早いらしくて、大体の質問には答えてくれる。
頭はよくないと言っているけれど、きっと成績はいいのだと思う。っていうか、行ってる学校のレベルがまず違うのだけれど。
「なんでこれが分からないかなー……」
「悪かったね、どうせあたしは馬鹿ですよ」
「頭の出来の問題じゃない。授業中寝てただけだろ」
「寝てないよ!」
だって起こされたもん。とは、言わないけれど。
溜息をつきながら、レンは長めの髪をかき上げて、白い紙にさらさらと式を書いていく。
あたしはただ、それに見惚れた。ずっと、昔から見てきたのに、何も珍しくないのに。
「……分かったか」
「全然」
あたしの答えに、もう一度レンは溜息をついて、詳しく説明してくれた。
教え方は下手だけれど、そんなの関係なかった。あたしにとって重要なのは、今、彼の瞳があたしだけを見ていること。それだけで、どれだけ幸せで辛いか。
部屋に戻ってから、レンが書いた式を眺めて、一人で笑った。
問題の意味は分かった、答えも分かった。
でも、目の前の世界は何も変わらなかった。あたしはただ、レンのことが好きで、でもそれがどうしてなのか、そしてその想いが何をもたらすのか、何も分からないままだった。
-----
翌日、あたしは当たり前に、学校へ行った。
同じ学校の高等部に通っているミク姉と、いつも同じ車に乗るのだけれど、たまたまミク姉は仕事が入っていて、あたし一人だった。
昇降口のあたりで、携帯電話が鳴った。あたしは通学かばんから携帯電話を取り出し、首を傾げる。レンからだった。
「もしもし」
本当は、中学は携帯電話の持ち込みが禁止だけれど、仕事の都合ということで、特別に許可してもらっている。
そのことはレンも知っているはずだ。
優等生なレンのこと、私情でかけてくるとは思えない。
『リン。今、学校?』
落ち着き払った声から、ほんのわずかな動揺を感じ取った。レンが動揺しているなんて、珍しい。
受話器越しに、チャイムの音が聞こえた。レンも今、学校にいるのだ。
「うん、今着いたところだよ。どうしたの?」
なにか、胸騒ぎがした。それは、他の人にとってはどうでもいいようなことかもしれない。でも、あたしにとっては、とても大事なこと。レンにとっては、どうだったのだろう。
『次の映画……お前、はずされた』
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