2:花売りのオネダリ
ミクは花売りだ。小さな花屋の二階に居候しながら、暮らしている。
花屋の女将さんは厳しい人だが、仕事の出来る人間には気前が良い。
そしてミクは仕事が出来る人間だ。多少やり方が悪どいと言われても、商売は商売だ。文句は言わせない。
ミクはお店の店員として、店頭で花を売っていることもあるし、こうして休日の日は広場まで来て、籠一杯に入れた花を抱えて売っていることもある。
陽射しのキツイ日は、花がすぐに枯れてしまうので、さっさと売りさばかねばならない。
休日の広場は、大道芸人やら楽団やらが音楽を奏でて、観衆を魅了していることが殆どなので、それを利用させてもらっている。
彼らに賛美の花をと、花を売りつけて、売りつけて、売りつけて行くのだ。
良き音楽に触れた彼らの懐も心も寛大で、大抵がミクの花を買っていく。
最近は特に美しいと評判の侯爵令嬢が、踊り子として踊っている姿を見るために、多くの男が訪れていく。
当然、ミクにとっては鼻の下が伸びっぱなしの男は、上得意。むしろカモ。
笑顔で「あの踊り子にお花を差し上げては?」と提案をすれば、照れながらも買って行く。照れた姿は正直、言わんともし難いほど気持ち悪いが、花が売れたらそれでいい。
「よし、今日もがんばろう!」
気合を入れて、服を着替え、階下に下りる。女将さんが用意してくれた朝食を食べて、エプロンを付け、まずは花たちの手入れを。
女将さんに挨拶をして、水桶から水を汲み、庭に植わっている艶やかな商売道具に「綺麗に育ってね」と心を込めて話しかけて、水を与えた。
「ミク、今日は広場で売っておいでね」
「はーい。あ、女将さん、今日の売り上げ良かったら明日のお夕飯はヴィシソワーズが食べたいな」
「なに言ってんだい、この子は」
「駄目?」
「売り上げが良かったらね」
やる気が出る返事を貰い、ならばと気合は十分に入る。
女将さんの料理は美味しい。そして売り上げが良かったら、たまにミクの要望を叶えてくれる。そこが優しいところだと、常々ミクは思う。
今日はあの侯爵令嬢が踊っていれば良い。そうすれば、売り上げは約束されたようなものだ。
名前はメイコ。どこぞの侯爵家のお嬢様で。侯爵家の名前は度忘れしたが、自分の人生に程よく関係ないので、思い出す必要もない。
メイコはどうも市井の生活に興味があり、そして踊るのが大好きらしい。
らしいというのは人伝てに聞いたからだ。
ミク自身、彼女と喋ったこともない。ただ、楽団の人間からめーちゃんと呼ばれているのを聞いて、ミクもこっそりめーちゃんと呼ぶようになっていた。
暑い日差しの中。
影を選びながら、ミクは籠に持った花を今日も男達に売りつける。
高くもなければ安くもない花を、男達は満面の笑みで買っていく。さてさて、
籠に残った最後の一束。誰に売りつけようかと、めーちゃんに見惚れている男を検索し、ヒットしたのが青い髪の男だった。
旅人の様な服装は、ミクのカモランキングの中でも上位だ。
特にボロボロでもない服装はそこそこのお金を持っている証だし、見たところ竪琴を持っている上に、身形は整っている。
悪くない悪くないと心で呟き、近づき、男の背に回りこんで服を引っ張った。
振り返った男はよくも悪くも美青年。
顔が整った男に花も貰われるなら幸せだろうと、押し売りを開始した。
男はお金を持っていなかった。掏られたのだという。
「金髪の」その一言で、誰だかよくわかった。
貧民街に住む金髪の双子だ。この国のこの広場付近で、掏り行為をやらかす金髪などあの双子以外にありえない。
リンとレンという少女と少年の双子で、よく似通った顔と、目立つ金髪でこの辺りでは有名だ。
「お兄さんって、ぼーっとしてるから掏られるのよ」
「そうかな」
「まあ、あの双子も手癖が悪い方だから、どっちもどっちだけど。
そうだ、取替えしたらちゃんとお花買ってよね。私のお夕飯が掛かってるんだから」
男はカイトと名乗った。やはり旅人で、今日着いたばかりだという。
腕を引っ張りながら細い路地を迷うことなく歩く。ミクも女将さんに拾われるまではこの辺りで、ストリートチルドレン的なことをやっていたから、迷子になりようもない。
双子の根城もよく知っている。何せあの双子に掏りのやり方を伝授したのは、
ミク本人なのだから。
「でも運がいいわ、お兄さん。だって私と出会えたんだもの。
私じゃなければあの双子から、お金なんて取り返せないんだから、感謝してよね」
「でも、そのお金を君が取るんだよね・・・?」
「取ったりしないわ、お花を買ってもらうのよ」
人聞きの悪いったらない。
呻く人間の声。沈む国を諦め、逃げ出すこともできない貧民街の人間達は安価で出回っている薬に夢中だ。
ミクが生きる糧を教えた子供たちには絶対に手を出すなと言ってあるが、最近では手を出した馬鹿もいるらしい。
冷たいようだが、そういった馬鹿は切り捨てろと子供たちに告げた。
それよりも自分達の身をなんとかしろと口をすっぱくして言っている。
金を盗んででも、生きて、他の国に逃げてやり直せと。
「さっきの広場とは随分雰囲気が違うね」
「貧民街だもの。言っておくけど、はぐれないでね。助けてあげられないし、助けようとも思わなくなるから」
「う、うん」
「さっ、着いたわ。双子ちゃん、戻ってればいいけど」
崩れかけた建物の一部。窓に布がはってあり、入り口はない。
ミクはさっさと布を捲り、窓に足を掛けて入り込む。少し動揺しているカイトの腕を引っ張り、強引に窓から引き摺りこめば、その音に気付いたのだろう。
ひょこりと双子が顔を覗かせた。
「リン、レン。ちょっとお話いいかしら?」
双子の顔が引きつった。
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