「マスター、ココ置いとくよ。」
「…ん。」
ありがと。と短く俺を見ずに言ったのは俺のマスター。課題やら何やらで今パソコンの前でうなっている。
 青いマグカップを傾け、俺特製のコーヒーを一口飲んだ。
「…おいしい。」
「今度はちょっとちがうだろ?何のコーヒーだと思う?」
俺とコーヒーを交互に見ながら、しばし思案していた。
「…これ、何。」
「甘音バク特製タンポポコーヒー。」
甘音バクとは俺のことだ。
マスターは目を見開いて、また一口コーヒーを飲んだ。
「うそ。おいしい。
 タンポポって昨日散歩行ったときに摘んだタンポポ?」
「そう、ムラサキに手伝ってもらった。」
ムラサキとは俺の(かわいい)弟だ。昨日マスターと俺とムラサキとで散歩に行ったときに空き地に群生しているタンポポを見つけて、マスターを驚かそうと思って摘んだ。
「ちなみに使うのは根っこの部分な。コーヒー豆みたいにフライパンで煎るんだよ。
 体にもいいし…」
「バク、おかわりちょうだい。」
もう飲み終わったらしい、空のマグカップを俺に見せた。
キッチンに行って、マグカップにコーヒーを満たすと、部屋中にまたコーヒーのいい香りが充満した。


「あたしバクのコーヒー好きだなー。」
唐突に言われたので驚いた。今まで「おいしい」と言われたことはたくさんあるが、「好き」と言われたことはない。
すごく嬉しい。コーヒーも含め家事のし甲斐もあるものだ。
だが、同時に俺の脳裏をあることがよぎった。それはマスターが淹れたコーヒーだ。
「誰かさんにくらべればねぇ。」
「…なにさ。」
機嫌を損ねるのを承知で言ってみた。そうしたら案の定だった。
どうやら本人に自覚はあるらしい。
「ねぇ、バク。」
マスターが俺の目をじっと見て言った。
「うちに居て楽しい?」
また唐突な発言に俺は驚いた。そんなことをマスターに言われるなんて思っていなかったからだ。
 はっきり言える。楽しい。
ムラサキも一緒に置いてくれたし、家事もやらせてくれるし、マスターも、同居しているマスターの弟もコーヒー好きだし、…理由が言い尽くせないほど楽しい。ボーカロイドとしての俺はだいぶ忘れられがちで、もっぱら家政婦的な役割をになっているが。
楽しいという理由のほかに、ここに俺が居ようと思う理由はもうひとつある。
それは、マスターそのものだ。料理は勿論、家事はまったく出来ない。実際、俺が来るまでこの家はまるでお化け屋敷のように荒んでいた。あと、ひとつのことに夢中になると、自分のことすらもおろそかになる。一日中パジャマのままだったり、食事を取らなかったり、風呂に入らなかったり、睡眠もとらなかったり。たまに自分で食事を取っていないことに気づいてカップめんを食べるくらいだ。不健康極まりない!
「…楽しいよ。勿論。」
というより、あんたが心配なんだけど。
「そう。」


 微笑んだかと思うと、またマスターはパソコンとノートとにらめっこを始めた。もう夜の2時を回っているのに、この人は…。
「マスター、いい加減にしようね。」
ひょいとマスターを担ぐと、うわっと小さな悲鳴を上げた手足をばたつかせた。
…色気のない悲鳴だ。口には出さないが。
「バクっ、課題今日提出しなきゃいけないの!」
「でも寝なきゃダメだろ。課題が提出できても、具合悪くなって倒れたりしたら元も子もないだろ?」
うう。とうなって毒づいた。
「教授に怒られたらバクのせいだからね。」
「ハイハイ。」
マスターの部屋に入り、ベッドの上に降ろして布団をかけた。すると、マスターはもう値息を立てている。さっきまで文句を言っていたのに。おっと、眼鏡掛けたままだ。
そっと眼鏡をはずしテーブルの上に置いて、心地よさそうに寝息を立てるマスターの頭を撫でた。でもまた起きだしたりしたらまずいから、小さくおやすみと囁いて部屋を出た。


                                    おしまい。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説】俺の不安 《甘音バク》 

闇綵さまのところのバク兄の歌詞を作る途中で出来た妄想の産物です。(笑)
ちゃんと詞も考えてます。はい。でもこんなことしてます。orz

↓闇綵さまとバク兄についてはコチラ↓
http://piapro.jp/content/6xuhjjsdq3ej7bjs


ちなみに私の淹れたコーヒーは「殺人的に甘い」と称されます。

閲覧数:167

投稿日:2008/07/29 04:29:54

文字数:1,646文字

カテゴリ:その他

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  • 五月野 鵺

    五月野 鵺

    ご意見・ご感想

    ●闇綵さん
    闇綵さん…。今あなたの後ろに何かいませんか…?(何)

    とにかくバク兄が大いに活躍できるところがいいと思って、あーいったマスターのところに婿にいってもらいました。(爆)
    続編…忘れたころにあるかもしれませんよ?(!!?)

    うおぉ ブックマークありがとうございますw

    2008/07/29 16:13:59

  • 闇綵

    闇綵

    ご意見・ご感想

    タラータラー・・・(汗)
    どこかで御景さんに見られてやしないだろうかと思う今日この頃・・・
    「料理は勿論、家事はまったく出来ない。実際、俺が来るまでこの家はまるでお化け屋敷のように荒んでいた。あと、ひとつのことに夢中になると、自分のことすらもおろそかになる。一日中パジャマのままだったり、食事を取らなかったり、風呂に入らなかったり、睡眠もとらなかったり。たまに自分で食事を取っていないことに気づいてカップめんを食べるくらいだ。」
    ↑これまさに闇綵です^^;
    実際の闇綵は料理だけ少しできる、お化け屋敷ではない(当たり前)、風呂には入ります。ってな感じなのです。
    でもこの小説のような人間であることには違いありません^^;
    何かすごく嬉しいです><
    家の子を主に小説を書いて頂けるなんて・・・!!
    もう御景大好きでs・・・(ダマレ)

    ホントにありがとうございます><

    イメージソング共々ブクマさせていただきます-★
    駄文失礼しました><

    2008/07/29 13:32:36

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