昔出会ったある人間は、
飢えて倒れて死にかけで、
「ひと切れのパンと、1ギニー!」
求めたものは、ただそれだけ。
随分楽な契約さ、
魂を、頂くまでの期間は10年。
何が良かったか知らねえが、
すっかり元気になったらしい。
悪魔に貰った1ギニー、
そいつでツキを掴んだそうだ。
生まれ持ってた小狡さと、
口が巧けりゃ怖いものなし。
ところがその後の悲運ときたら。
俺も手出しはしちゃいねえ!
金貸し業から恨みにまみれ、
あっという間に罪人に。
迎えた妻は気が狂い、
あわれ、彼女はベドラムへ。
笑顔で彼を迎えるは、
ジャック・ケッチの斧だけさ。
あわてて逃げはしたものの、
イースト・エンドの酒場で死んだ。
金がないのがすべての災厄、
匿い先で話がこじれ、
6年ばかり早回し、
ジンの空壜、ひと撃ちで。
ところが地獄の様子を見れば、
くだんの騙しの話術を買われ、
かつては仲間の人間を、
自分もかかった堕落に誘う、
立派な悪魔になったとさ。
そりゃそうだ、なに、
やる事はろくに変わっちゃいねえ!
――なんてこった。
他人を騙すことにかけちゃ、
人間〔やつら〕の方が、
――俺より才能、あるんじゃねえの。
パブ『タイガー・タバーン』にて、とある悪魔の歌
19世紀ロンドンを舞台としたオリジナル作品(http://bowbells.ministry-of-the-occult.net/)に出てくる詩文(自作)のスピンオフです。
■訳注的なもの
ベドラム……劣悪環境で有名な、ロンドンの精神病院。
ジャック・ケッチ……当時の斬首刑における、死刑執行人の呼び名。19世紀には罪人を和ませる”微笑みのジャック・ケッチ”と呼ばれた執行人がいたという。
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