女画家は筆を踊らせている。
キャンバスは色鮮やかに染まっている。
どれほど描き続けていただろうか。東南から照らしていた眩しい朝日は、既に西の空から青天を食べ始めている。
こんなところかな、と一人言を零して女画家は宿に消えていった。そよ風がそっと緑髪を撫でた。
夕食は、山菜のトロトロスープに、粟のパン。
「山菜を少し煮過ぎているが、悪くない味だな」
黄色い髪を後ろで小さく結った青年が答えた。宿のオーナーという性分からか、批評臭い言葉が口をついて出る。
「美味しいね」
青年と同じ髪色の可愛らしい女性が続けた。青年は姉である彼女をツンとつつく。
「凛姉さんの料理の方が断然美味しいだろ」
「たとえ思っても言わないものよ?」
突っかかりがちな弟に、令嬢のようなお淑やかな姉。不思議か普通か、あまりに性格の似てない双子の姉弟は瓜二つ。
「まあまあ」
女画家が二人を宥める。とは言いつつも、意識して食べてみれば、なるほど。確かに、ゼンマイがトロっとし過ぎて触感が足りない。以前凛の店でご馳走になった、鴨の山菜煮では、程よく存在感が残っていた。
「未久、進み具合はどうだ?」
「悪くない出来だな」
「あら? 蓮の真似かしら?」
「そんなところ?」
クスッと笑って、女画家・未久は言葉を続けた。
「実際、まずまずってところ。一枚目は完成。けど、肝心のイベントまで、まだ数日はかかりそうだから、どうしよう」
それなら、と蓮が机に乗り出して、西の村に行くのはどうだ、と提案する。一つ丘の先にあるので例のイベントはないとのことだが、蓮の話を聴くに、独特の家が立ち並んでいるという。凛が夫と経営している料理店も、もうしばらくは休みにするとのことなので、まだ街に来て二日なのに、早々に予定変更。この宿に画材以外を預けて西の村に出かけることになった。
「へぇ」
感嘆が漏れた。
不思議な佇まいだった。
どの家も六角形の屋根をしている。壁は深緑に統一されていて、二階建ての屋上は園芸豊か。余りに森に溶け込んでいるものだから、間近に近づいて初めてそこに村があることに気づいた。聞こえるのは木々の葉音ばかり。
「俺はてっきり未久の方が詳しいと思ってたよ」
「いいところを教えてくれてありがとう」
未久は到着早々、キャンバスを広げた。凛々しい瞳は一層鋭く。
蓮は短くため息をついて。凜はふふっと微笑みをこぼして。
「あー。こうなったらどうしようもないな。凜姉さん、行こうぜ」
「未久はほんと真剣ね。モデルが必要になったら、いつでも呼んでね」
凜は頷きだけ返す。
午後は、キャンバスに消えた。
丘に囲まれた町に戻ったのは、翌々日の夕方のこと。雨がしっとりと降り続いている。
「寒いわね」
凜がコートを羽織る。
初夏らしからぬ涼しさが、気付かない内に蔓延っていた。
「この寒さが始まりの合図だ」
蓮が空を見上げる。
言う間に、白煙霧が周りの丘から湧き上がって、包囲網を約めるように、八方から忍び寄る。
未久はもうキャンバスを広げていた。
「未久さん。キャンバスは、濡れても大丈夫なものなのかしら?」
「凜姉さん、こうなったら、もう雨は大丈夫なんだ」
「え? 大丈夫? あら? 雨はどこかしら?」
先程まで滴っていた雨はどこ知らず。ばかりか、湿った空気さえ行方をくらまして、辺りは霧が立ち籠めているというのに、随分からっとしている。
「凜姉さんはほんと料理と家事以外には疎いな」
そう言って、蓮は自分の宿に泊まっている冒険家・海斗の日記を凜に見せた。
焼けた羊皮紙ノートに、黒インク一色で埋め込まれた物語によれば、五年前にこの町を訪れ、同じ出来事に巡りあったという。十数ページ読み飛ばすと、瓶に閉じ込めたこの霧を知り合いの錬金術師に見せた。その錬金術師は様々な道具でこの霧を調べ、二ページ後に、この霧の正体はとても小さな花粉であるという結論を出した。それ以上はまだ調べる必要があるという。
「花粉?」
「そう! 水滴じゃない! だから絵も描ける!」
「静かにして」
舞い上がる蓮に未久の一喝。姉はまた、ふふっと笑う。未久が宿に帰ってきたのは、深夜であった。
こうして描き上げた水彩画は。穏やかに白く染まった空。浮き沈みする建物達の濃淡。町の静けさ。ばかりか、その濃霧の、湿り気の無い質感までもを、見事に表現していた。
けれども、絵画は一人旅をするもの。貴族に買われていったこの絵画が、その後、どこをどう巡ったのか、現存するのか失われてしまったのか、今や知る由もない。
女画家の二枚目 濃霧の質感
遅くなりました><
月一で出したいのですが、ここ二ヶ月初社会人で慣れるのに必死でした。
さて、2枚目。
基本は変わった風景を旅する話です。
うす~いメインストーリーとして、恋愛模様がありますが、そっちは期待しないでください(笑)
とりあえず、6作ぐらいは描きたいと思います。
それからは一段落してゲーム作りに本腰入れたいなぁと漠然と思っています。
計画が明確になりましたら、次の作品のあとがきで、またお伝え致します。
感想などなどぜひ書いてください!
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