そんな言葉は要らないと、
意見も提案も感情移入も、
議論も解釈も相互理解も、
概念も哲学も自己表現も、
何も求めず語らずにただ微笑んで頷いていればいいと、
そう突き付けられた日から、僕はただの肉の塊になった。
それはこの世界において紛れもない事実だと、
理解する事が出来たから。
必要とされていたのは、ハードウェアとしての僕。
息を吸い息を吐き為すべきことを為し、
必要なだけ喋り笑い共感を示し相槌を打ち、
何も欲せずに無害に善良に快適さだけを提供する、壁。
愛されはしないことなど分かっていたはずで、
僕の痛みも悲しみも情動も、
存在すら認知されないことは分かっていたはずで、
僕を表す固有名詞はやがて使われなくなって、
共通化された概念が示す適切な価値観だけが必要とされて、
それは一人二人の幸福の最大値の為だけではなく、確かにこの世界の総意で、
個としての形も薄れるままに、僕は、
あるいは多分その時に、僕は可愛らしく泣き喚いて、
不服を示すべきだったのかもしれないけれど。
ただそのずっとずっと前から、僕は理由を失っていて。
僕の物語は既に終わったのだと、
僕がこの世界に何かを遺そうなどと考えたこと自体が傲慢だったのだと、
そう、結論付けていたから。
誰かの物語を亡霊のように眺めながら、
あわよくばその隅を食むことを許されればと、
そうして僕の肉が役目を終えれば良いと、
死にきれない魂に早くとどめを刺したくて、
少しでも短く茫洋とした一日をやり過ごしたくて、
少しでも長く鮮やかな夢を見ていていたくて、
出来るだけ長く長く、眠るようになった。
それは、その場所を知る少しだけ前の話で。
全ての人がソフトウェアとして個を認識される場所に、
僕という個の存在を誰も否定しない場所に、
どうしようもなく僕が依存し続けている理由で。
僕というソフトウェアを拒絶しないひとに、
もしかしたら多少の好ましさを感じてくれているかもしれないひとに、
僕が過度に甘えてしまう理由で。
僕に許された、少し特別かもしれない呼び名を、
僕が貰った、僕を表す固有名詞を、
誰にも奪われたくないと、叶うなら誰の目にも触れさせたくないと、
そう身勝手に望むほど、固執してしまっている理由で。
意味も形も成しはしない、
無意味な情動を書き殴っては電子の海に捨てるのを、
僕が今もなおやめられない理由で。
薄青く夜が明けていく度に、
無益でも無意味でも無価値でも、
僕の魂はまだ生きているのだと、
そう感じることは少なくとも僕にとってまだ意味や価値があるのだと、
独善的な自己肯定に甘えながら、
眠りたくないと願えることに安堵しながら、
出来るだけ短い眠りにつく理由で。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想