発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』


 lem ar shella da soffir emio
レム アール シェラ ダ ソフィーアル エミオ
“身も心も捧げよう”

senn ar iya tire ssa lutiya
セヌ アール イヤ ティレ サ ルティヤ
“この素晴らしき世界に”


 厳重な日よけの服に身を包み、パイオニアたちの労働の唄が響く。

 作業時間は主に早朝と夕方。

 陽の光が強く、また暑さに疲れやすい時間帯を避けて、他の集落へ異常を知らせるための船の建造が行われていた。

 海を渡る船は、近くの湾や池や川を航行するものとは違い、葦などの草ではなく、木材で作られる。
 小さなパイオニアたちにとって、木を切り倒すこと、そしてそれを加工することは重労働だった。

「それー! 引け! 」
「ええんやこぉら! 」

 轟音を立てて、木が倒れる。倒れる勢いと方向を制御する縄を、集落のパイオニアが総出で引っ張っていた。

 指揮を執るのは、巫女頭である。
 老齢に指しかかろうとしている彼女だったが、実に堂々と、先頭に立って皆を導いていた。

「だって、悔しいけど力じゃ若い子にはかなわないものね?」

 そう茶目っ気たっぷりに言ってのける彼女だったが、寿命の短いパイオニアたちにとって、人間の知恵を受け継いできた巫女の、年寄りの知識は重要だった。

 倒れた木の、その後の加工方法。
 木目の読み方と、丈夫な船の組み上げ方。

 サナファーラも働いた。

「この木の種類は、船の背骨、竜骨に使うよ。こっちの木は、船の腹の板」

 サナファーラの観察力は、切り倒す木を選ぶのに大いに役に立った。

 種類が合えばなんでも切ってよいわけではない。適した形、適した場所に生えた木というものがあるのだ。

「ダメファーラは、木を選んだらもう近づくなよ。 掘る方向の木目を選んだらもう触るな。 力のある奴だけでやるんだからな! 」

 大人になっても、ティルは相変わらずサナファーラに突っかかっていたが、サナファーラはもう気にもしなかった。

「あたしも、役にたってるんだもんね」
「うっせ。力仕事で役立たずなのは変わってねぇだろ! 」

 痛いくらいの勢いで、水筒がサナファーラに向かって飛んでくる。
 ティルが投げてよこしたそれは、甘い味をつけたお茶だった。
 口に含むと、炎天の作業の中、すっと疲れが風に溶けるのを感じた。

「時は、流れるんだ」

 槌と鑿の音を聞きながら、サナファーラは風の来るほうを眺めた。
 海が、青く鮮やかに輝いていた。



「時は流れるものよ」

 ある晩、巫女頭は、集まった巫女達にそう告げた。

「私は、大樹のもとへ行こうと思います」

 巫女達が、突然の宣言に動揺した。
 大樹へ行く。
 それは、死ぬ時期を悟るということである。

「どうして! 巫女頭さまはまだまだお元気でいらっしゃる」

 と、巫女頭は、そっと、日よけの上衣の袖をまくった。
 皆が、息をのんだ。
 その肌が、老齢という年齢以上に、黒く固く、しわが刻まれ変色していた。

「……ごめんなさいね。カラ元気も、もう限界みたい。ちょっと疲れちゃったから、大樹の根元に休みに向かうわ」

 そのカラ元気は奇跡だった。巫女頭の体は、誰が見ても一目でそう思うまでに、異常な太陽の光に蝕まれていたのだ。

 外から、巫女頭を呼ぶ声がした。
 巫女頭、ではなく。彼女の、本来の名を。
 巫女達が顔を振り向けると、数人の老人が、にこやかに佇んでいた。

「若い衆に、あいさつはしてきたよ」
「もう十分働いたからな。いい加減楽させてもらいたいもんだ」

 巫女頭がうなずいて、いたずらっぽい微笑みを、巫女たちに向けた。

「ほら。これからが大変なのですよ。あらら。らしくないわね、ミゼレィまで、そんな顔しないの」

 ふわりと、日よけの重い衣を払いのけ、軽い生地の白い夏服すがたになった。
 すっかり銀色になった髪と、いつもの夏なら着るはずの白い衣が、夜の星空を背景にふわりと翻った。

 新月だった。

 黒々とした森の上に、天を満たす星が輝いている。

「巫女頭さま! 」

 思わず駆け寄ったサナファーラに、巫女頭は、ふわりと振り返り、ひざまずいて視線をあわせた。

「サナファーラ」

 巫女頭が、にこりと微笑んで、サナファーラの頬のしずくを撫でた。

「あなたは、光に愛された子ね。

 ……いっぱいの感謝を、あなたに。

 あなたのおかげで、私たちも、この集落も、……そしてきっとこの星も、救われたわ。……本当に、ありがとう」

 ふわりと立ち上がった彼女が、まるで天に飛び立ってしまったようにサナファーラには思えた。

「風になりたがっていたあなたより、先に行くわね。

……ごめんなさいね、年上が優先なのよ」

「風になんか、いつだってなれる! 巫女頭様! ……船の完成も見ないで行くなんてひどい!」

 ……精一杯引きとめようとしたのは、ミゼレィだ。
 少しは成長なさいよ、と、巫女頭は笑う。

「大丈夫。船の完成は、ちゃんと見るわ。

 もっと高くてもっと広い、大樹のこずえから、風になって飛び立って、……船の行く先を、ちゃんと守ってあげるから。

 ね? 」

 サナファーラは、巫女頭から目が放せない。ふわりと、白い衣が、仲間とともに森への道へと足を向けた。

「……皆に明日がありますように。
 若い人たちに、未来がありますように。

 風になる我らが、導く助けとなれますように。

 我らがパイオニア、明日の日に、導きを。

 この私の思いは、大樹が必ず空に上げてくれる。
 ……ちゃんと見ていてあげるから、気張りなさいよ、ミゼレィ。みんなも」

 巫女頭は、思いをこめた瞳で、巫女たちと、最後にサナファーラに視線をあわせる。

 頭上には、大きなひしゃくの七つ星が、空を跨いで輝いていた。

 星の満ちる道を、巫女頭たちは、衣をはためかせ、どこまでも美しく去っていった。

         *           *

 労働は、過酷を極めたが、パイオニアたちはよく働いた。
 毎日、少しずつ、人数が減ってゆく。
 それでも、集落は暗く沈むことはなかった。

「風になって、船を押してやるから」
「土になって、残りの作物を守ってやるからな」
「明日は、まかせたぞ」

 大樹に向かうパイオニア達は、明るく、残されるものに手を振ってゆく。

「大丈夫、神の声は聞こえなくても、みなの思いが、私たちを守るわ」

 巫女達の励ましに、集落全体が応えた。
 そして、次の満月が近づくころ、九隻の船が完成した。




……続く。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説 『創世記』 11

発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
 音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
 歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj

……明日の日に導きを。

閲覧数:88

投稿日:2010/04/10 00:25:22

文字数:2,790文字

カテゴリ:小説

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