私は別に、自分の描く絵が素晴らしいと思っているわけではない。
そしてもちろん、自分が素晴らしい人間だと思っているわけでもない。
「さようなら、"アルフート"」
だから、長年つき添ってくれていた彼女がこんな風に怒って出て行ってしまうのも、なんとなくわかる気がする。
開け放たれたままの古くない扉をみつめたまま、私は溜息をつく
―…つもりだったのだが、思いとどまった。
悪いのは私で、彼女ではない。
それなのに溜息をつくなど、何とも失礼な気がしたのだ。
「散歩にでも行こう。」
なかなかの名案だと自賛して、私はおんぼろのリュックにカンバスと筆数本と絵具を入れた。
…つい5分前にこうしていたら、きっと彼女は笑って送り出してくれたに違いない。
そう思うと、無意識に溜息をついてしまった。
私は、彼女と自分のために作った家を横目に見ながら、散歩へと出かけた。
歩きながらふと、大昔に父に言われた言葉を思い出す。
"お前は絵を売れるようにしないし、売ろうとする気もない"
…あのときは違うと言い張っていたが、今考えると図星もいいところだ。
私は、売れるような絵を描いていない。
私は、売れるように絵を描いていない。
画家なんていうものを職業に掲げておきながら、実際、気分は趣味でしている人間と何ら変わりないということだ。
…でも、それの何がいけないというんだ。
軽い気持ちで生きていく方が、いいに決まってる。
えーっと、あれだ、ポジティブというやつだ。
「危ないっ!!!」
ふと声がした方へ顔を向けると、少女が一人、とても怯えたような表情をして立っていた。
…ただぶつかりそうになっただけなのに、なぜこの子はこんなに怯えているんだろう?
「…ごめんね、お嬢さん。怖がらせちゃったみたいだね。」
優しく頭を撫でようと手を伸ばすと、少女はビクッと肩を揺らせた。
どうやら、私はそうとうな危険人物だと思われてしまったらしい。
仕方なく伸ばした手を引っ込めて、少女へ微笑みかけた。
「君、こんなところでどうしたの?迷子…には見えないけど。」
よくよく辺りを見回せば、ここはもう、街の隅っこ。
幼い少女が一人で来ていいような場所ではなかった。
もっと幼いのなら道に迷ったという言い訳も通用するかもしれないが、この子はどう見ても12、3歳。
よっぽどのお嬢様でなければ、迷子なんてならないだろう。
「…君、お家に帰った方がいいんじゃない?もうすぐ日も暮れ」
「まだおやつの時間よ。日暮れなんてきっとまだまだだわ。」
幼いのに凛としていて、はっきりとしたその口調は、まるで本当のお嬢様のようだった。
それを私が違うと認識で来ているのは、この子が一人だという点のみ。
本当にお嬢様なのだとしたら、執事とかがいるはずだろうし。
「…おじさんこそ、こんなところでなにしてるの?」
「ん?私は、ちょっと絵を描こうと思ってね。絶景ポイントを探してるんだ。」
私がそう言うと、少女の目は瞬く間に輝きだした。
そんなに、珍しいだろうか?
「すごい!おじさん絵が上手なのね?ねぇねぇ、わたしのこと、描いて?」
「え、いや、私なんかで良ければ…」
「ありがとう!」
正直言って、私は今まで、こんな風に描いてと頼まれた絵は、断り続けてきていた。
理由は簡単。
私の画家としてのモットーは、描きたいときに描きたい絵を、だったのだから。
だから家を出るときに立てかけてあった絵たちは、その仲間を減らすことなく、増やす一方だ。
本当は今回も、断るはずだった。
しかし、少女の輝きに満ちた笑顔は、まさに今、私の描きたい絵となったのだ。
「じゃあ、そこに座っ」
「ううん、立ったままがいい。この通りに描いて?」
少しだけ切なそうに微笑む彼女には、一体どんなものが抱えられているんだろうと、少しだけ気になった。
リュックから道具を取り出して、ゆっくりと筆を滑らせる。
…他の画家はどうかなんて知らないが、私の絵の描き方は少し変わっているなと、自分でも思う。
鉛筆など下書きの類は一切持たないし、筆を濡らす水分は水たまりや池、川などの自然なもの。
絵具だって、誰でも持っているような24色のみ。
けれど、これだけあれば、私にはどんな色でも生み出せる気がしていた。
・・・しばらく風の音だけが響いた。
少女は、まるでモデルが慣れているかのように、ほとんど動くことがなかった。
いや、動く必要がなかったのかもしれない。
それくらい少女は、自然な格好、自然な表情をしていた。
「・・・できたよ。」
どれくらい時間がたったのかなんてわからない。
いつも時計を持ち歩かない主義の私は、今日もやはり時計を持っておらず、時間を確認する手段はなかったのだ。
絵を少女の方へ向けると、少女は満足そうに微笑み、ありがとうと言うだけだった。
「受け取ってくれないのかい?」
「…うん。もらえないの。」
要らないではなくもらえないと言った少女には、やはり何か秘密があるようだった。
好奇心を抑えられなくなった私は、思わず聞いてしまった。
「その硝子の手袋、素敵だね。」
少女は顔を曇らせて、少し私を睨んだように見えたけれど、すぐに俯いてしまった。
「…そんなことないわ。こんなもの…」
「どうして?こんなもの、なんて言うわりには、大切そうにしてるじゃないか。」
「…これは、わたしにとって生きるための義務でしかないの。」
そう言った少女は、私に新しい質問をさせまいとしたのか、スッと私の横を駆け抜ける。
慌てて少女を目で追うと、沈みかけの太陽を背に、少女は少し私から離れた所に立っていた。
逆光のせいで、表情はつかめない。
沈黙が少し続いた後、口を開いたのは少女の方だった。
「その絵、誰かに売ってくれる?」
「…どうしてだい?せっかく、君のために描いたのに。」
「わたしは、何があっても、その絵を受け取れないもの。もったいないわ。そんなに綺麗な絵なのに。」
初めて聞いた、自分の絵への褒め言葉に、どう言葉を返していいかわからなかった。
ふと、自分の描いた絵へ視線を落とす。
確かに、今まで描いたものと比べれば、傑作かもしれない。
でも、売るなんて…。
私は、口から出てしまいそうな疑問をのみ込んで、全く違うものをはきだした。
「…君の名前は?」
この瞬間私は、一つの夢をみつけた。
「有名になって、もう一度君に会う。そのとき、この絵をプレゼントしたいんだ。名前、聞いてもいいかい?」
私がそう言うと、少女は優しい声で名乗った。
「…私の名前は、******よ。アルフート、早く有名になってちょうだいね。」
そして遠くへ翔けて行ってしまった。
私は急いで家へと帰り、絵の裏に彼女の名前を描いた。
P.C. と。
そしてその直後、扉をたたく音が聞こえた。
「すみません、この絵、売っていただけませんか?」
今にも消えてしまいそうな老女の声に、私は手に持つ絵のことを忘れて、飛び出した。
老女は私と目が合うと、にっこりと優しく微笑み、もう一度売ってほしいと告げた。
「あ、はい。いくらで買っていただけますか?」
いつかのためにと決めていた言葉を返すと、老婆は恐ろしくたくさんの金貨を私に差し出した。
「これくらいの価値が、あなたの絵にはあるんですよ。」
そして、驚く私の返事をよそに、老女はそのまま絵を持って行ってしまった。
私は手にのっているたくさんの金貨を見つめ、これはきっと一生分の稼ぎに違いないと思いながら、その日は早すぎる眠りについた。
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「ファムラス・アルフートの絵、最近ぱったり市場から姿を消したなぁ。」
「なんでも、想い続けていた相手に、逃げられたせいだとか。」
「ああ、あの噂のお相手ですか?」
「そうそう、確か名前は・・・」
今や、街の人が大金を払ってでも手に入れたいと言うほどの絵を描くようになったアルフート。
彼はつい最近まで、本当に彼女に再会できると思っていた。
思っていたからこそ、想いを込めた一枚が次々と生み出され、その度にP.C.という人物の謎が広まっていったのだ。
しかし、彼は知ってしまった。
P.C.が、実は先日星流しにあってしまった王女様だということを。
それゆえ、もう届けることのできないと絵を描くことに、届くことのない名声を手に入れようとすることに、価値を感じられなくなってしまったのだ。
そんな彼は、時々、怪しげな言葉を呟いているそうだ。
聞く人はそれを、呪いの呪文だと言ったり、寝言だと言ったり、王女様を想い過ぎて狂った男の狂言だと言う。
しかし、本当のことはだれにも分からない。
初めて会った王女様が、なぜ彼の名前を知っていたのか分からないように・・・
「ri-ce mariae latrimosa do-ce u-s titi-a talimorlus ce-na 」
想い続ける約束~一枚の絵の奇跡~
コラボ(http://piapro.jp/collabo/?id=17968)用の投稿です。
詳しく知りたい方はは、コラボ内HPまで(*`ω´)ノ
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