3~トリノコシティから始まるストーリー




あの日の翌日。

僕ができる事・・・。

患者さんと患者さんの合間の時間にふと考えてみる。
愛花は今日、僕の家にいる。

トリノコシティが好きなんだよな・・・。

ふと、1人の患者さんの話が思い浮かんだ。

『皆東三久って知ってます?・・・いえ、知らないならいいんですけど今流行りの歌手で、ボーカロイドのカバーアルバムを最近出したんですよ。今度ツアーでこの街にも来るらしいですよ』

皆東三久・・・か。
僕はそっとケータイのモバイルネットで「皆東三久 ツアーチケット」と入力して調べた。

【皆東三久 ツアー2012 只今大好評につきチケット抽選発売中】

と、チケットサイトがチケット入手困難を示していた。

まぁ、一応応募はしておくか・・・。
記入事項を全て埋めて僕は申し込みボタンを押した。

よし、頑張ろう。

僕は頬をパンっと叩いて気合を入れた。



夕方。

カレーを美味しそうに食べる愛花を優しい目で見つめる。
あれから愛花は何も話そうとしない。

でも、あの時。
・・・いや、駐輪場にいた時から。

彼女は確実に自己主張をしていた。

元々、失声症とは、その名の通り言葉を失う症状が出る。
しかし愛花は自己主張ができる程に回復?いや回復はできてないが言葉を戻しつつある。

何か“きっかけ”さえあれば完全に言葉を取り戻すであろう。

「愛花ちゃん、皆東三久って知ってる?」

愛花は首を縦に振った。

「・・・今度こっちでライブがあるらしいよ」

そこは反応しなかった。

その時ケータイのバイブが鳴る。
メールだった。

「・・・!!!」

件名の所を見て、なんだか震えが止まらなくなった。

【皆東三久のツアーチケット当選のお知らせ】

本当に当たった・・・。

「よしっ、皆東三久のライブ見に行こう!!」

愛花はきょとんとしていたが、少し嬉しそうだった。



1週間後。ライブ当日。

ライブ会場は混んでいる。いやこの混み方は異常だ。
夕方5時開演で今はまだ3時。

その前、駐車場に入るまでに1時間位かかった。

普段ペーパーである僕も、気合を入れて友人に借りた車で懸命にバック駐車を試みる。
・・・友人の車だ、絶対ぶつけるもんか。
ちょっと斜めだったが上手く駐車できた。
そしてさらに歩いてこの入場ゲートに来たわけだ。

すぐそこにトレーラーでお土産が売ってあったりしたので、そこで暇を潰す。

「愛花ちゃん、なんか欲しいCDとかある?」

特になさそうな顔ではあったが、僕の趣味として皆東三久のファーストアルバム「1925」を買った。



4時。開場。

どわぁっと人がなだれ込むように会場に入っていく。
どこを見ても人、人、人だった。

はぐれないようにギュッと手を繋ぐ。

アリーナ口A、B、C、E、F、Gから一気に8000人が入ってくるわけだ。もう地獄絵図。
そしてトイレには行列ができていた。

「トイレとか大丈夫?」

まるで親になった気分で愛花に聞く、コクっと頷いた。
トイレは大丈夫らしい。



観客席に降りると、もうすでに6割位は席に着いていた。

「b-16と17だったよな・・・」

少し迷ったがなんとか見つけて席に着く。

僕自身こういうライブとかコンサートが初めてだった。
愛花も多分初めてなのだろう。キョロキョロ周りを見渡している。



時計は忙し忙しと過ぎていき、5時になった。

バンッと音がして照明が落ちる。

会場がどよめく。

ツーン、ツーン、ダダン!!っとドラムが鳴る。
同時にベース、ギター、キーボード、ストリングスが鳴り出す。

「みんな~きてくれてありがと~!!」

照明がステージに向けられると、ベロアの服を着た皆東三久がそこにいた。

・・・すごい。

いきなり会場が最高潮になった。

〈1、2準備おっけ~、3、4で蹴っ飛ばし~て~〉

セツナトリップから始まったライブは、右肩の蝶へと続き、さらにリモコンへと続いた。



「はぁ・・・はぁ・・・いきなりぶっ飛ばしすぎちゃった・・・」

膝に手をついて皆東三久が言った。
リードギターがすごく心配そうに見ているのは気のせいだろうか。

「ははは、てへぺろぉ・・・」

会場が柔らかな笑いに包まれる。

さらにメンバー紹介が終わり。次の曲へ続いた。

曲が変わるたびに愛花は目を輝かせて見ていた。
僕はその顔を見て安心する。



ライブも佳境になり、衣装を変えた皆東三久が曲紹介に移る。

「この歌は、ひとりぼっちの少女の歌です。私もデビューのちょっと前まで一人ぼっちでした。でも、私はかけがえない大切な人と出会いました。だからみんな絶対ひとりぼっちじゃないんです。最後のそばにいて欲しくてという歌詞の通り正直に大切な人に、そばにいて欲しいという気持ちを伝えてください!!」

会場が沈黙になって、トリノコシティの前奏が流れる。

ピアノソロで綴られたその前奏はCDとはまた違うメロディーを奏でた。

〈0と1とが交差する地点~、間違いだらけのコミュニケーション~〉

素晴らしいという言葉では片付けられない。とてもいい歌と演奏だった。
愛花も、そしていつしか僕も涙を流していた。



歌が終わると止まぬ拍手が会場を埋め尽くしていた。

スタンディングオーベーションであった。



その後もオリジナル曲を混ぜてライブが進んでいく。
そして最後の曲が終わり、アンコール。

《アンコール!!!アンコール!!!!》

しばらく真っ暗だった。
また照明がステージに向けられる。

「アンコールありがとー!!!!!!」

Tシャツの皆東三久が1人、手を振る。
そしてその手にはギターが握られている。

「それでは最後に、あたしにとって1番大切な歌を弾き語りたいと思います。1925」

前奏を弾き、そして歌いだす。

〈いたいけなモーション~、振り切れるテンション~〉

8000のペンライトがゆらゆら揺れる。
それはとても綺麗な景色であった。



夜11時。

普通は渋滞もしないような道が渋滞している。
ライブの影響なのだろうか・・・。

僕は助手席の愛花がムズムズしているのに気づいた。

「どうした?トイレ?」

そして、愛花はすぅ~っと息を吸って言った。

「ありがとう・・・」
「え?」
「私、嬉しかった」

愛花はこちらに向いてはっきり言った。

「先生のおかげでちゃんと声が出た・・・先生とはこれからちゃんとお話したい・・・」

なんとも言えない嬉しさで飛び上がりそうになるのを自分で抑える。
その表情を見て、愛花は恥ずかしそうに下を向く。

カーオディオでは今日買ったばかりのトリノコシティが流れていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

トリノコシティから始まるストーリー~その3~

どうもどうも!!お読みいただきありがとうございました!!

前の回が鬱すぎたので、急展回&過去を思い出す回にしました。
1925から始まるストーリーの皆東三久ちゃんに少し力を借りて、やっと書けました。

あ、1925から始まるストーリーを未見の方はこちらへ!!
http://piapro.jp/bookmark/?pid=tyuning&view=text&folder_id=198727

やっと愛花ちゃん話し始めましたね・・・これから愛花ちゃんの過去を追求していきます。また鬱になりそうです。

その1も少し直しを入れます。はぁ・・・。


トリノコシティから始まるストーリー
リスト→http://piapro.jp/bookmark/?pid=tyuning&view=text&folder_id=198731

閲覧数:446

投稿日:2012/09/06 16:54:08

文字数:2,806文字

カテゴリ:小説

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