第二次世界大戦のときは酷かった。夢の国が壊れた。難しい言い方をすると、夢の国の存在が壊れた。
私たち夢の国の民はワカメの国の民に限らず、全ての夢の国の民が散った。
純粋な妖精の国は平気だったようだ。ワカメの国は純粋な妖精の国ではなく、夢の国でもあるから…。
黄泉の国はその時期非常に忙しかったらしい。
それも後で聞いた話だ。
というのも、私はその当時他国である黄泉の国に関心を寄せるほど
余裕があったわけではないのだ。



私たち夢の住人はすぐ消えて無くなってしまう儚くて脆いものなのだ。
私はワカメの国の住人だから、ワカメが沢山生えている、日本の岩手県に放り出された。
夢の世界で生きていた私だから、現実世界で生きるなんてあまりにも厳しかった。
夢の国の住人にとって、これほど心細いことはない。
でも、彼から貰った石が私を強くさせた。
放り出されたのは一応海の中であった。



水の感覚はワカメの国に居たときと同じ感覚であった。
そのことは少しだけ私を安心させた。
しかしながら、なにしろ夢と現実では物質の構成が異なる。
私の体の構成要素はイメージ。イメージそのものなのだ。
でも現実世界での物質の構成は、科学的理論によって支配され、またその科学の数学の式どおりに進む。
そもそもが違うからうまくやっていける筈がなかった。
私は何ども消えそうになった。しかし、持ちこたえた。
実はある物を持っていたから。




―石

彼がくれた石を貰っていたからなんとか助かった。
私が消えそうになる度にその石の構成要素が私のイメージを補強してくれた。
その石がなければ私なんてもうサッサと消えていたに違いない。
そもそも私がワカメの国とともに消えないで済んだのはその石のお陰だったのだ。



―――「石、現実世界の石だよ。海のものじゃなくて陸のものだから、形が珍しいでしょう」
「あ、本当に珍しい。なんていうかゴツゴツしてる」
かれはやんちゃな人だった。きっと珍しいと私の口から言わせようと思ってワクワクしていたのだろうけど、
自分の口から行ってしまっている点、何だかせっかちだ。
当時彼は、ゲンジさんと同じく現実世界から通っていた。
別になんの用もある訳でないだろうに。
あの頃は現実世界からニギメ国への人間の出入りが盛んな時期であった。
私は彼に恋をしていた。
彼は、お茶会の日意外にもちょくちょく私に会うためにニギメ国にやって来ていた。
その頃私は人間の観光案内つまりツアーガイドのような仕事をしていた。



私は始めて彼に会ったとき、彼の事をなんとも思っていなかった。
ゲンジさんを通して仲良くなった訳だが、
むしろ、ゲンジさんよりおバカそうで、あまりいい印象を持たなかった。
ゲンジさんとカイさんは、仲が良い親友らしくカイさんはゲンジさんと一緒にニギメ国にくることが多くなり、
私は、ゲンジさんと話すと必然的にカイさんとも話すことになった。
初めの内は社交辞令的に当たり障りのない言葉を連ねるだけだったが、だんだんと彼の魅力を発見していった。
今思えば、あの天使も関与していたに違いない…。



ある日週に一度のゲンジさんたちとのお茶会が終わったあと、自宅に向かってレンガの道を歩いていた。
帰って家の掃除でもしようと思ったのだ。
そうしたら、途中で、なにやらの軍団が通り過ぎていくところで、私はその軍団とすれ違った。
その集団はどうやら天使の集団らしかった。ワカメの国に観光をしに来ているらしい。
そういえば、そんな話を聞いた気もする。
しかし今日は私は休みの日だから、ツアーガイドの仕事はしない。
結構多くの天使がいた。
その集団とすれ違ったとき、グサッ…。
何かが体に刺さった。
やだ…矢だ。
矢が体に刺さっている。
「あ、ごめんなさい、これはこれはどうもすみませんでした」
「あ、いえ、大丈夫です」
事実、矢が体を通り抜けたくらいではワカメの民は特に問題はない。
「ヨッと」
天使はその矢を引っこ抜いた。
今思えばその矢が恋の矢だったのだ、彼らはキューピッドだった。
たまたまとはいえど、その恋の矢は私に刺さってしまったのだった。



カイさんなんて、ただのよくいる一般的な日本人だった。
その筈なのに、彼の中にある青くて透き通った深い青…暗くて深く暗い、暗いのに、光っている
そんんあ宝石のような物が彼の心の中にあるのが私には判ってしまった。
その輝きを放つ宝石は、時間を経るにつれて明らかになっていった。
元気な声、冗談を言ってゲラゲラと笑う素直さ。私の折れ曲がった心を彼が少しずつ、しかし確実に救ってくれているようだった。
その時は救われているなんて思ってもいなかったが、今思えば完全に私は彼に心を直されていたし、治されていた。
私は今そう強く感じている。
勿論彼自身にそんなつもりは微塵もなかっただろうが。



 そのときの私は例えるなら、手摺(てすり)に沿って何となくを歩いていた。
彼の何の気無しの行動に付いて行き、何の気無しの笑顔に惹かれ、なんて事ない話に笑っていた。
正統で立派だとニギメ達皆に思われていた大きな通りやすい道は実は曲がっていて、寧ろ、
その道に何の気なしに建設された手摺の方がずっと正しく道を案内してくれた。
その手摺は真っ直ぐに伸びていた。
ニギメとしてツアーガイドの職は申し分なかった。
私だって嫌いな職ではない。
それなりに幸せだったのだと思う。
しかしその幸せは客観的に見て幸せだっただけだった。
本当の恋というものを知ってしまった私には、その幸せも霞んで見えた。

10

ニギメとして、エリートコースであった。
何の落ち度もない一生を行けただろう。
それはそれで幸せなのだ。
夢の国の住人としてそのように生きて死んだって、
何の悪いことがあるだろうか。
いや何もない。
そう思い始め、安心していたのに、彼は私の行く道にそれとなく寄り添ってき始めたのだ。

13

そろそろ喫茶店でゲンジさんと話をするのも日常として慣れてきた頃の話である。
ゲンジさんが剽軽(ひょうきん)な話を持ち掛けてきた。
「君に会わせたい人が居るんだ」
「会わせたい人って、人間のこと?」
「ああ、そうなんだ。彼とは一度一緒にニギメ国に来た事があるんだが、
彼にはニギメ国の民が見えないそうなんだ。彼がニギメの民を見えるようになるための良い方法を何か
知らないかい?」
知っている。知っているには知っているのだが…あんまり易易と人間をニギメ国に連れてくるのはどうかと
思う。
「どんな方なんですか」
「とってもいい奴なんだよ!ソドム君も絶対に気に入ってくれると思うよ!」
「ゲンジさんがそう言うなら…」
――そうして、私は城に忍び込むことになった。

12

全く、私の一生の中でまさか盗みをすることになるとは思わなかった。
でもこういうのも面白くていいかもしれない。
というのも、特別な「妖精が見える処方箋」をゲンジさんと協力して作成することになったのだった。
その薬を作るには現実世界の草々の他に、妖精の玉座の葉を用意しなくてはならない。
人間世界の方の草はゲンジさんに任せるとして、私は「妖精の玉座の葉」を城の中かから採ってこないといけない。
なんの種類の草を取ればいいかはもう既に伝えておいた。
しかし恐らく一度聞いただけでは覚えきれないだろうから、また聞き直しに私の元へ来るであろう。
ニギメ国内では紙はふやけるので使用不可能である。
この場合、採るというより、盗るである感じがする。

どうやって、盗みに入るか考えた末援助を貰う事にした。
知り合いのべクザロドンと一緒に城に潜入である。
彼女はとっても魔法が上手い。はっきり言って、役所の魔法使いニギメよりも上手い。
彼女と知り合いである事は非常にあらゆる点において、便利である。
彼女は図書館で司書をしている。
ニギメ国の唯一、最大の図書館である。
(はっきりいって)そういう本を沢山読んでいると、否が応でも魔法が上手くなる。
彼女はもともと素晴らしい魔法使いだったが、司書になってから、その実力は数段上がっていた。
それは城侵入時の警備員への魔法で明らかだった。
警備員の好きな物を見抜く魔法を使ってそれを現出させ、警備員の注意をそちらに向けている間に私達は
城の中に入った。

その後も彼女の魔法で守衛やその他来客全員を巻いて、葉を盗って来た。
彼女が本当に魔法が上手なので思ったより簡単であった。
守衛達もそれなりに魔術が使える筈なのだが、彼女の前ではほぼ魔法は無意味だった。
私としては、一応忍び込みやすいような時間帯を選んだつもりだったが、
これなら真昼間から忍び込んでも平気だったかもしれない。
それくらいべクザロドンは魔法がうまかった。
そんな事がカイさんと会う以前にあったのだ。
それで、そのゲンジさんが言っていた“本当にいい奴”というのがカイさんだったのだ。


13

 私はそれまでまっすぐな道を進んでいた。
どこかこれでいいのかな?と思いながらも進んでいた。
私は道には手摺があるということを思い出して、手摺をなんとなく掴み始めた。
それで私は道を進むことよりも手摺に手を滑らせることの方に興味を持ち始めてしまった。
まるで、無邪気な子どもが目的地にたどり着くことよりも手すりにベタベタと触り指を足に
見たてて手すりの上を歩かせるかのようだった。
その行為は俗に恋と呼ばれるものであった。
私はカイさんに恋をしていた。

14

だんだんと、これまで信じていたワカメの国の体制に疑問を感じ始めた。
誰もが信じて止まなかった、大きくて立派なエリートの道は
最近になって変わってきた。
地面は凸凹だらけ、草は生え放題、舗装はするがやはりチグハグ。
人間のカイさんとニギメである私が恋をすることが、あまり良しとはされない。
それくらいのことは分かっている。
しかし恋をするときというのは否応なしにただそういう心になってしまうのである。

15

 ニギメ国は人間界の第二次世界大戦の参加を認め始めていた。
何となく人間に押し切られた形だった。
ニギメ国は基本的に日本に属している夢の国である。
日本代表が私たちニギメ国にやってきて、日本が戦争に参加することを邪魔しないで欲しい
と言ってきたのだ。あんまりにも言うからついにその時のニギメ国王はつい首(首はないが)縦に振ってしまった。
夢の国というのは平和の象徴でもある。
どちらかというと夢の国や妖精というのは世界が平和であるときに現れるし、
世界を平和にするように行動するのだ。
だからこれから戦争をしようという日本にとっては目障りな存在だった。
夢の国の住人すなわちニギメの妖精なんかは、直接的に人の心に入り込める。
だから、日本だの代表が日本人の士気が下がってしまうのではないかと恐れたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

第七章 矢を刺されたニギメ ソドムヨリポッドの物語

和布の妖精、ソドム・ヨリポッドの物語です。
※小説「ワカメの国」を著者ー羽旨まぼる本人が幕張メッセで2012年4月29日に販売致します。

閲覧数:102

投稿日:2012/04/28 02:06:59

文字数:4,498文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました