注意:実体化VOCALOIDが出て来ます。
オリジナルのマスターが出張っています。
カイメイ風味が入って来ると思います。
苦手な方はご注意下さいませ。
「おっはよー、マスターっ!」
居間から廊下に出た時点で弾ける声に呼び止められ、紫苑は声の主に向いて唇に人差し指を当ててみせる。慌てたように両手で口を押さえたのはリンだ。その隣に居るレンは大きくため息を落としている。
「おはよう、リン。でも少し音量を落としてくれるかな」
「ふぇ、ごめんなさい……」
見るからに落ち込むリンの頭をレンがくしゃりとかき回した。微笑ましい構図に紫苑の表情が緩む。
「おはよう、レン。ふたりは早いね」
「目ぇ覚めちゃってさあ。……ひょっとして、居間……」
「メイコがまだ寝ているね。カイトが隣に居るよ」
「お、起きちゃった、かなあ……?」
恐る恐る様子を伺うリンに安心させるように紫苑が推測を伝える。
「さっきの声で起きたとしたら騒ぎ出しているだろうから大丈夫だよ」
『あ、なるほど』
リンとレンの声がそろった。紫苑が笑んだままふたりを手招く。紫苑の顔を改めて見たレンが軽く眉根を寄せた。
「さて。カイトとメイコのためにも湯冷ましを多めに作ろうと思うから、手伝ってくれるかな」
「はぁいっ」
明るく答えるリンの隣、不安げに見上げてくるレンを、紫苑は軽く首を傾げて見返す。
「あのさあ、マスター」
「どうかしたのかな?」
「カイ兄となんかやらかした?」
「へっ?」
レンの指摘にリンのほうが素っ頓狂な声を上げた。レンの目には紫苑が途方に暮れているように映る。
レンと紫苑を代わる代わるに見るリンを視界の端に捉えつつ、じっと真っ直ぐに見つめてくるレンを見返して、しばし。
「……どうして、カイトだと?」
たっぷりの間を置いてから問い返す紫苑の声に覇気はなかった。レンは頬をかきながら種を明かす。
「や、メイ姉は寝てるけどカイ兄に関してはそうは言ってなかったし。マスターもなんか寝不足っぽい顔してるし」
「ってうわほんとだ酷いくま! マスター寝てないの?!」
駆け寄って背伸びをしてまで頬に触れてくるリンに、紫苑は苦笑いを返してみせる。
「あー……カイトが寝かせてくれなくてね……」
「カイ兄って割と甘えんぼ?」
「どちらかといえばわたしが甘やかしてしまっているのだと思うよ」
紫苑がリンの手をそっと外して下ろしてやる。レンは得心がいったように頷いてみせた。
「マスターはカイ兄に甘いからなあ」
「すまないね」
「にょ? どうして謝るの?」
「いや……お前たちよりも、どうしても、カイトとメイコにかまけてしまうな、と、思って」
リンの真っ直ぐな瞳と、レンの心配そうな瞳に、紫苑の口から本音が零れ落ちた。リンがレンを振り返り、同時に紫苑に向き直って言葉を投げる。
「そんなこと気にしてたの?」
「んなこと気にしてたのか?」
紫苑が少し怯んだのを見て、リンが勢いづいたように紫苑に迫った。
「えっまさかそれで寝不足とかそういう?! そういう?!」
リンの勢いに巻き込まれるようにレンも紫苑の傍に駆け寄ってくる。
「うっわちょっと待てよマスター変なこと気にすんなよな!」
「変、なこと、かな」
思わず一歩を引いた紫苑に、ふたりは弾けるような声を贈る。
「だってあたしたちはマスターの音だもん!」
「マスターが必要な時に呼んでくれれば充分だってば!」
「あたしたちに遠慮は要らないからねっ」
「ミク姉だってルカ姉だって、マスターにとってメイ姉とカイ兄が特別ってえのはよーっく分かってるだろうしなっ」
「あ、いや、それだけでも、ないんだけれども、ね」
眠気と疲労が紫苑の意識を一瞬奪う。かすかによろけた様子をレンは見逃さなかった。紫苑の腕をつかんで台所ではなく部屋のほうへと向き直らせる。
「……レン?」
「とりあえずマスターは寝ろ。話はそれからだ」
背中を強く押され、紫苑が数歩を踏み出した。戸惑うように振り返る紫苑を更に部屋のほうへと押しやる。
「あっうんうんっ。寝ないの良くないよ! 寝不足だめだよ!」
「湯冷ましたっぷりだな。作っとく。だからマスターはとりあえず寝ろ」
「あー……」
ぐいぐいと押すレンにリンも手を貸し始めた。比較的小さな、でも確かな力がそこにはある。
紫苑は知らずに笑みをこぼしていた。今はふたりだけでも三人だけでもない。押されるままに歩を進める。
「ありがとう、レン、リン。お言葉に甘えて寝てくるから……、よろしく頼むね」
「らじゃ」
「りょーかいっ」
歯切れの良い返答にまで押されるように、紫苑は自分の足で、自室へと向かい始めた。
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