14.有事の日常

 島に大陸の国の駐留部隊が来て半月が経った。市庁舎に掲げられた旗の色が、島の緑から同盟旗の赤に変わっても、島民の生活はいつものようにすぎていった。
 変わったことといえば、大陸の国の駐留部隊が、砂浜で上陸訓練と防衛訓練を行うようになったこと、海岸の山沿いに、空を向いた大砲が設置されたことだった。

「高射砲と言うんだってよ!」
 海から帰ってきた漁師たちが、興奮しながら話している。
「ずいぶん沖からでも、そそり立っているのが見えたぞ。あんなので、飛行機が撃ち落とせるのかね」
「その前に、飛行機に爆弾をつんで敵のどまんなかに落とさせるなんて、近頃の戦争はずいぶんお手軽になったじゃないか」
 そうだなあ、と男たちは噂する。
「それなら、歩兵さんが活躍する場所など無くなるな。あっと言う間に決着がつきそうだ」
「おお。こないだ出て行ったマリクの奴も、いまごろ大陸の国の国境で昼寝してるんじゃないか」
「奴の腕っ節は強いが、機械なんかはからきしだもんな! 現代の戦の役にはたたんな!」

 男たちの笑い声が、昼さがりのテラスに響く。
 ひとり、またひとりと若い者が日に日に減ってはいくが、島の情景は、変わっていく状況を粛々と受け止めているように見えた。古代からずっと、この島がそうしてきたように。

        *        *

 郵便飛行機の音がした。

 市庁舎前の広場に、人が集まってくる。ばらばらと小道から抜けてくる島民たちに交じって、ルカがいた。
 飛行機が翼をふり、パラシュートのついた荷物をおとした。それは正確に広場の真ん中に着地した。
 荷物の包みを開けてみると、ほとんどが、軍用の荷物をあらわす、くすんだ緑色の書類袋である。

「なぁんだ。また駐留さんのものばっかり」

 いつも広場で待ち構えている子供たちが、がっかりしたと騒ぐ。ルカと数名の集まった大陸の国の兵士が、十程の荷物を拾い上げ、市庁舎の中へ消えていった。

「でもね、まだ郵便飛行機が来るってことは」
 いつものように荷物を拾いに着たレンカが、子供たちの肩を抱いて言った。

「空がまだ平和だということなのよ」

 ふうんとうなずく子供たちの肩を叩いて送り出しながら、レンカも医院への階段を昇っていく。

「もし、あの荷物が爆弾だったら」
 レンカはそっと自身の体を抱きしめる。

「……あたしたち、死んでるよね」

 ふと、階段の途中で広場を振り返った。郵便飛行機からの荷物はいつも正確に広場に落ちる。リントも、ずっとそうしてきた。
 もし、リントの飛行機仲間たちが、手紙のかわりに爆弾を運ぶ様になったら。
 レンカは、ふと空を仰いだ。
 真っ青な空の向こうに、飛行機が翼を振って帰っていくところであった。

 そして夕刻。レンカはいつものように、医院の仕事を終えて博物館への道をたどる。道筋の商店で野菜や果物を買いこみながら。
「よーうレンカちゃん! 今日も気合が入っているね!」
 おかずを売る店で肉の甘辛炒めを注文しながら、隣の八百屋でイチジクを物色する。
 手際よく買い物を進めるレンカに、食堂のテラスから男たちが声をかける。みなヴァシリスとも親しい友人だ。

「そうしていると、若妻みたいだな!」
 ひとりのからかいに、食堂や八百屋の親父までがどっと笑い声を上げる。
「また熱を上げているんだって?」
「やめときなよ、ヴァズなんて中年。もっといい男はいるだろうに!」
「そうだよレンカちゃん。若いんだからさ、兵役に出かける若者と、港で燃え上がる恋のほうがロマンだと思うがね!」
「ちがいますってば!」

 レンカも笑って言葉を返す。

「あたしが好きなのは、女神伝説の謎です! 海から拾った石のかけらが、あたしの青春なんですから!」

 おお、と男たちのみならず、調理場からも感嘆の声が上がる。
「レンカちゃん、惚れ惚れするくらいさわやかな青春だと思うけどね、身も世も焦がすようなドロドロに熱い恋も経験しとくもんだよ?」
「ドロドロって、エリスおばさん……」
 食堂のおかみが出てきて肉炒めの包みをレンカに手渡す。
 レンカは苦笑して受け取った。

「そういう恋は、あたしにはちょっと早いかな」
「いつか話を聞いとけレンカちゃん! エリスさんの武勇伝はちょっとすごいよ!」
 上がるヤジと口笛に、おかみはわざとらしく胸を張り、レンカもへぇと笑った。

「おう。こっちもちょっとおまけしておいたから」
 八百屋のおやじが、小さな包みを、レンカの買ったイチジクに追加した。
「わ、さくらんぼ! ありがとう!」
「俺ぁヴァズの味方だ。歳の差の恋、いいじゃないか。うまくやりなよ?」
「だから違いますってば!」

 荷物を抱えて手を振るレンカを、たくさんのヤジと笑い声が見送った。見送られるレンカの足取りも軽い。
 夏の夕闇がゆっくりと降りてくる中、レンカは通いなれた博物館への道を上って行った。

 いつもと変わらない白い壁に、青く塗られた木の扉。どこから種が飛んできたのか、ブドウのつるが「島の博物館」の表札にからみつつあった。
 レンカが戸を叩くと、ほどなくしてヴァシリスが作業用の前掛けを掛けたままのすがたで戸をあけた。

「あれ、ヴァシリスさん、こんな遅くまで学芸員の仕事ですか?」
 ヴァシリスは微笑んでうなずく。
「レンカちゃんが昔拾った石片を、もう一度解析してみようと思ってね」

 レンカは何も言わずに笑い返した。
「でも、女神像の下から、由来の石版が見つかったことですし」

「レンカらしくねぇなぁ。あれは歴史。レンカが調べたかったのは、伝説だろ?」

 奥の事務所から声を上げたのはリントだった。
「しっ! リント、なに大声あげてるの! 外に聞こえでもしたら」
 と、レンカの後ろの小道を人が通りかかる。
「やあ、ヴァシリスにレンカちゃん。頑張っているかね」
「だから、そうじゃありませんって!」

 レンカが振り返って思い切り否定する。通りかかった男は笑いながら手を振り去っていく。
「……そうか。巷ではこうして噂になっているんだな」
 ヴァシリスががっくりと肩を落とす。
「え? なんで? あたし、ちゃんと否定してますよ?」
 まぁレンカちゃんだもんな、とヴァシリスはレンカの荷物を受け取り、部屋の中へと促す。
「飯にしようや、リントくん」
「おう!」

 リントが、机に積まれた本を片付けて行く。
「あれ、リントも手伝っていたの」
「そりゃ、タダ飯っていうのも、気が引けるしな」
 それにしても、とリントは噴き出した。

「あんたら、ほんとに若夫婦に見えるよ」

 リントが、おかずを抱えたレンカと、前かけ姿で果物を抱えるヴァシリスを見やる。

「あ、ヒゲさんはもう若くはないか」

「レンカちゃん。リントくんは水だけでいいそうだ」
「ええ、じゃああたしたちはご飯戴きましょうか」
 あわてて弁解するリントを、レンカもヴァシリスも食卓を整えながら大いに小突く。

「な、なんだよ! 息ぴったりじゃねぇか!」
 逃亡者のリント、大陸出身のヴァシリス、島っ子のレンカ。
 三人のゆうべは、島や国の情勢が変わっても、相変わらず平和であるかのように見えた。

         *         *

 そして、ルカは。
 ルカの宿舎の、石造りの窓辺には、小さな像が飾られている。
 四年前にリントが彫った、あの女神像だ。
 少女の頃のルカの面影で、彼女はやさしく微笑み、星空を背にして腕を広げている。

「冷たく白い石像、面影にそっと、手が触れるとき」

 ルカの手が、そっと冷たい石粘土の頬に触れる。

「朱に染まり色づく頬、貴方に会いたい……」

 一日の終りにそっとつぶやく歌は、ルカの祈りだった。
「私は、ここから動けないから……」
 ルカの手が、女神像を握りこんで抱きしめる。
「リントの大好きな女神様。どうか、かれを、守ってください……!」
 胸に満ちた思いに、口にしていた歌が止まる。
 
 いとしい人よ、あなたを呼ぶ。
 歌の山場。

「……」

 しかし、今のルカには、胸がつぶれて歌うことは出来なかった。
 冷やりとした島の夜風が、星の光をはらんでルカの熱くなった頬にそっと触れて行った。


……つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 14.有事の日常

石粘土の女神像、作りたいなぁ。

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:165

投稿日:2011/06/25 21:02:53

文字数:3,441文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    続ききたああああああああ!!
    ということで即効で読ませてもらいましたよー 歌の山場を歌えないルカとか、そういうので心情描写するの良いですね GJです!

    2011/06/25 21:02:04

    • wanita

      wanita

      >日枝学さま
      レス早ッ(笑)ありがとうございますッ!!
      山場を歌えないルカ。これは、私自身経験あり……!あまりに自分の心情に合っている歌って、泣けて歌えないこと、ありませんか^^?
      GJいただき、嬉しいです!ここからがどんどん歴史も伝説も人の思いも突っ込んでいきたいと思います!

      2011/06/25 21:08:21

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