Siesta -或いは蝉時雨と、透かし見たその先の向こう-
夏の陽は、庭の緑を強く濃くきらめかせている。屋形の外から溢れ、流れ込んでくる蝉時雨は夏らしさを盛大に盛り上げている。が、同時に暑さも盛り上げている。
庭に面した廊下に足を踏み入れたところで、岳斗はわずかに眉を寄せた。裸足の下の、板の間まで温(ぬる)んでいる。熱暑が、じわじわと屋形にまで染み込んでいるようだった。
今日は主の奏でる音も、聴こえてこない。こう暑くては、レンも何もする気が起きていないのかもしれない。続く猛暑日に、主は少々参っているようだ。今朝も、いつもにも増してぼんやりとしていた。
ただ日が落ちるのを待っているのも、非生産的である。岳斗は井戸から、冷たい水を汲み上げた。主の口に入れるにも、温くなってしまった汲み置きの水では新鮮さがない。井戸水を桶に移し変え、ついでにひしゃくから直接水を飲んだ。この炎天下の下では、わずかな涼も安らぎとなる。
「レン様、いらっしゃいますか」
几帳(きちょう)の蔭から問うと、わずかな衣擦れの音がし、次いで間延びした声がした。
「うん、いる・・・・・・」
寝てでもいたのか、普段から物憂い声に拍車がかかっている。几帳を越すと、まず緋袴が目に入ってきた。次に映ったものに、岳斗は思わず片眉を上げた。
「何ですか、その格好は」
黒の紗(しゃ)一枚を、無造作に胸の前で合わせただけの主の格好に、岳斗はため息をつきながら膝をつく。朝は確かに、白撫子の袿(うちき)を着ていたはずだった。
「だって・・・暑すぎる・・・・・・」
ぐったりと脇息にもたれかかり、レンが瞳を閉じたまま云う。そんなレンのゆるい胸元を岳斗は直してやると、持ってきたものを差し出した。
「これなら、少しは涼しくなるでしょう?」
井戸水で冷やした手拭いで首筋を拭いてやると、レンは瞼を持ち上げうっすら微笑んだ。
「うん、それ気持ちいい。・・・ねぇ」
片膝を付いている岳斗の膝に、レンの手が伸びる。ぽんぽん、とその手が叩くので座り直すと、彼の膝にごろりと頭が乗ってきた。
「・・・またお行儀の悪い」
「いいでしょう、誰が見ているわけでもないし」
膝に乗せた頭をひねり、レンのきれいな瞳が見上げてくる。そうですね、と岳斗は暑そうに額に乗る前髪を払ってやる。
「あ、岳斗の手も冷たい」
「井戸の水を、汲んでおりましたから」
「ふぅん、そう」
ぴた、とレンが手のひらを己の額に付けさせる。冷たいの気持ちいい、と微笑み、レンは瞳を閉じた。
黒の紗一枚は、普段隠れている肌を存分に透かす。薄墨のように流れる紗の向こうに、ほの白くやわらかな肌が見える。衿の合わさった首元から肩、投げ出された腕の形を浮かし、そのまま無防備な脇腹へ視線が落ちたところで、ねぇ、とレンが瞳を開いた。
「扇いで」
主の視線の先を見遣ると、放り出された団扇があった。レンの位置からは、届きそうで届かない。彼を膝に乗せたまま、岳斗が腕を伸ばす。袖から伸びた腕を、レンの視線が下から追った。
ゆっくり扇いでやると、レンは嬉しそうに微笑んだ。今日の主は格別我儘だが、こういった類なら可愛いものである。岳斗の頬が、その笑みにつられる。
静かな夏の居室は、庭が強く明るくあればあるほど、うっすらと暗い。ぼんやりと空を目指す夾竹桃(きょうちくとう)を眺めながら、レンが夢見るように云う。
「雪、降らないかなぁ。ねぇ岳斗、雪降らせてよ」
「冬までお待ち戴けますか。日が沈んだら、もう少しましになりますよ」
「でもどうせ、風もないんでしょう? また寝苦しい・・・・・・」
レンはため息をつく。確かにここ数日の間、日が落ちても暑さが引かず、寝苦しい夜が続いていた。主のこの気怠さも、満足に眠れていないせいだろう。そうだ、と岳斗の膝の上で、レンが白い首を反らせた。
「岳斗が一晩中、扇いでくれてたらいいんだ。そしたら少しは、寝やすくなるんじゃない?」
「一晩中、ですか?」
「僕が寝るまででもいいですけど」
にっこりと見上げられ、岳斗は苦笑しながらわかりました、と答える。夜が眠れないせいで、こういった状態がずっと続くのも考えものだ。同じ眠るなら、夜の方がいいに決まっている。
やがてレンが、うとうとと眠りに就く。庭木は相変わらず蒼々しく、照りつける日射しは強い。膝の重みは、心地よい。彼はその髪を撫で、主の寝顔を扇いでやる。
蝉時雨がゆっくりと、ふたりの居室に忍び満ちてくる。時の流れさえ、温んだ空気の中ではゆっくりと感じられる、穏やかな夏の午(ご)后(ご)である。
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