雨は強さを増し、部屋の窓、壁から雨が空からたたきつけられる音が聞こえる。
その音を聞いていると、家出した事に大きな罪悪感と恐怖と不安と、名前も分からない暗い感情とが渦巻いてきた。
あんまり不安そうな顔をしていたのか、ルカが近づいてきて、わたしの肩を抱いて、中腰になった。
「いいのよ、家出して迷惑かけちゃったって。怒られるけど、また自分の家にただいまって言えば、これも1つの思い出になるわ。あたしも一緒に行って謝るわ。あたしが止めたのが悪いんだから」
ちゃんと目を見て心を込めた言葉に少し心が軽くなった気がした。わたしはありがとう。と言ってルカに抱きついたから、ルカも答えるように頭を撫でてくれた。
そして時計を見て、「お湯が満杯になるころだわ。ちょっとお湯とめてくるね。お先に入ってね。ゆっくり入って良いのよ」と言って風呂場に走って行った。
時計は10時5分前を指していた。
* * *
「ミクー。湯加減どお?」
「あ、ちょうどいいよ」
「そう、よかった。タオルは着替えの上に置いておくからね」
脱衣所でルカは洗濯物をまとめて洗っていた。ピッピッという音の後、水の流れるジャーという音が聞こえる。
わたしは、あの後お言葉に甘えてお先にお風呂に入らせて貰っていた。
ルカは、入浴剤使う? とか、お湯熱くない? とか、シャンプーはそれで平気? などとあれこれ世話を焼いてくれた。わたしにはちょっとむず痒かった。
「じゃ、ゆっくりね~。でもお風呂で寝ちゃダメよ。あたし、前にお風呂でおぼれかけたことがあるからね。」
ルカはそう言って脱衣所を後にした。隣の脱衣所から響く洗濯機の音だけが聞こえる。その音をBGMにわたしは考えごとをしていた。
今日、ルカと会ったことは、運命のいたずらか何かかしら。これは必然で、これからルカの勘どおりに上手く行くのかな――って。
わたしは、そこまで考えて、あんまり長風呂をしてルカが風呂無しは可哀想だと急いで風呂から上がった。
籠の中に、今度は真新しいグレーのスウェットと、ルカが昔買っておいて忘れてしまってサイズが合わなくなってしまったとさっきの会話で言っていた下着とタオルがきちんと入って居た。わたしはありがとうと言って、タオルで体を拭いてから用意された服に着替えた。その間、なんとなく頭に浮かんでいたCMのメロディーを口ずさみながら。
「ミク~、あがったの? おっ、歌上手だね。こんどカラオケ一緒に行く?」
髪の毛を下ろしたルカが脱衣所を開けて、入ってきた。わたしはびっくりして、間抜けな声が出た。
そんな様子を見てルカはけらけらと笑い出して、驚き過ぎよ。と困ったような顔をした。
「だ、だっていきなりなんだもん」
「ごめんごめん。1人暮らしするとちょっと常識を忘れちゃう所があってね。失敬失敬。まあ女同士だし、許してよ」
「まあルカだからいいよ」
「ありがと。じゃ、ドライヤーつかっていいから髪の毛乾かしてね」
「はあい」
そう言ってルカは服をまた目の前で脱ぎはじめた。やはりちょっと目のやり場に困ったから、タオルで髪の毛を拭く振りをしながら背を向けた。
「あんまり髪の毛ゴシゴシすると、痛んじゃうよ。折角綺麗な髪の毛なんだから、じゃあお風呂入ります」
そう言って風呂場に入っていった。わたしは洗濯機に背を向けたところにある洗面台に備え付けてあったドライヤーを手に取った。
(あ、わたしの家のと一緒)
そう思ってわたしはドライヤーをオンにした。
「ミク、今日は一緒のお風呂で寝ようね」
「うん!」
こっちがドライヤーでうるさいから思わず大きな声で返事をしてしまった。風呂場からはちゃぷんという音が聞こえた。
ルカはからすなのか、10分かそこらであがってきた。
「ふー。あがりました~」
ルカはそう言って、隣で着替えはじめた。わたしはまだ髪の毛が乾いていなかったから、会釈だけしてまた乾かしはじめた。・・・・・・よし、乾いた。
ドライヤーを止めると、洗濯が終わっていたのか、洗濯機の運転音は無音だった。ルカはわたしがさっき口ずさんでいた曲を口笛で吹いていた。そんな何気ない風景の音が耳に届いた。
「よし、じゃあリビングで、アカペラで歌歌おう!お隣さんはこの時間いないし、歌う程度なら壁も薄くないから平気だよ。」
「苦情が来たりしないの?」
「へーきへーき!」
歌いたいから歌うの。わたしの中のわたしが誇らしげにそう言った。
ルカはドライヤーを軽く当てた後、バスタオルで拭いただけですましてしまった。本人は、ドライヤーの熱いの、あたし嫌なのなんて言っているけど、風邪を引くってしつこくいった本人がこれなのはちょっと不満だった。
「じゃあ、いまずっとぐるぐるしてるから、CMの曲ね!せーの、」
リビングで、ルカは牛乳、わたしは麦茶を飲みながら歌っていた。雨はもう小降りになってきたようだ。
ルカは、牛乳を一口飲んで、お気に入りの曲を歌ってくれた。ルカのハスキーな歌声は、わたしの心を揺さぶった。
* * *
「はい、ミクの枕」
「ありがと」
あれから結構な数の歌を歌って、途中ふざけた声を出したりしたから喉が掠れている。わたしはもう疲れて今敷いた布団に倒れ込んだ。あおむけになれば、ルカの部屋のちょっと黄色く染みになり始めている白い天井が目に入った。横を向けば、タンスやソファなどの家具や、ピンクのカーテンが目に入った。
「ミクー、電気消すよ。豆電球はいる?」
「いらないよ。ありがとう」
わたしがそういうとルカはパチンと電気を消した。あたりは真っ暗で、何も見えない。時々外の駐車場の車のライトがカーテンの隙間から入り込んでくる。鼻は、ルカの部屋になじんでもう何も感じない。
「じゃ、おやすみなさい。いい夢見てね」
ルカはそう言って布団を頭まで被って寝てしまった。
わたしもすぐ寝入ってしまった。
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2010/07/25 22:29:48