「あの月は泣いているのかな」
そんな、問いとも独語ともとれる言葉が、私の耳朶を揺らした。見上げた先には満月が、光のない空に独り浮かんでいた。人気のない河原に二人、草の上に腰を下ろし、空の鏡を静かに見上げる。
月を遮る雲はない。しかし、暗い夜空には星もなかった。透き通る闇の中で、月だけがぼんやりと空に佇んでいる。星の儚い光は月光に塗り潰されて、一つ残らずなりをひそめているのだろう。
「……わからない。でも、独りで輝く月を見てると」
――涙が出そうになる。
その言葉が私の口から零れることはなく、代わりに真白な息だけが漏れた。冬の澄んだ空気を、暖かい吐息がくぐり抜ける。白く濁ったそれは、冷気に滲んで、間もなくとけた。
ふと、思う。
月は太陽の光を受けて、切れるような、冷たい銀光を放っている。月は太陽の光を反射して輝くが、太陽が月の光に気づくことはない。その様は、永劫届くことのない太陽に向かって、届かないとわかっていても必死になって手を伸ばしているようで、
「あの月は……可哀想だ」
知らず、私はそんな言葉を口走っていた。
――あなたも、この空の繋がるどこかで、この月を見上げているのですか? そこでは、優しい涙を流せていたらいいのだけれど。
月がその問いに答えるはずもなく、ただその銀色の瞳で、変わらぬ光を地上に零す。
私の隣で月を見上げる横顔が、ゆっくりとこちらに向けられた。
「そうだね、そうかも知れない。でも……今日は、いい月夜だと思わない?」
そう言って私を見つめるその顔には、優しげな笑みが浮かんでいる。
「ああ、それは間違いないね」
だから、私も笑って月を見上げた。月を遮る雲はなく、空を彩る星もなかった。
ただ空に輝く満月に、心奪われていた冬の夜。
またひとすじ、銀の雫が零れて落ちた。
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