05
「なんだこれは……なんなのだ! こんなもので、やつらはどこまでソルコタを馬鹿にするつもりなのだ!」
壁ひとつ向こうで、導師が声を荒らげている。部屋の中にいるのは導師だけだ。ついさきほど、三台の軍用トラックから回収してきた物資をその部屋に移し終え、物資の確認に導師に入ってもらったところだった。
「……カフランめ。くだらん情報などを寄越しおって……」
扉の前では、護衛に僕と最年少のチャールズが立っていた。
「……」
「……ねぇ、カル」
「黙って。チャールズ」
「僕、怖いよ」
僕はチャールズをにらみつける。
十一歳のチャールズは、その身体に不釣り合いなサイズの自動小銃を胸元で抱え、導師の声が響く度にびくりと肩を震わせていた。
「チャールズ」
周りに誰もいないことを確認してから、僕はチャールズに向き直る。
「そんな姿を見られたら、任務放棄だって言われて、指揮官に撃たれる」
「でも――」
僕はため息をついて、チャールズが抱えていた自動小銃を取り、ちゃんと握らせる。それから胸を張らせて足幅を整えて腕も真っ直ぐに下ろさせる。
姿勢を整えさせるだけで、ずいぶんマシになったように見えた。
「ちゃんと銃を構えて、真っ直ぐ立つ。キョロキョロしない。導師の護衛は重要な任務だし、それを任せられるのは名誉なことなんだから」
「う、うん」
「それに――」
チャールズの幼い瞳をじっと見る。それだけで、彼はごくりと喉を鳴らした。
「導師の護衛を疎かにした者がどうなるか……わかるよね?」
「……!」
それだけで察したのか、チャールズの表情が変わる。
今、扉の向こうで悪態をつき続けている態度が如実に示しているが、導師はかなりの激情家だ。
導師の機嫌を損ねたせいで死んだ者も少なくない。
“貴様、この私の護衛をなんだと思っているのだ!”
その叫びと共に、特注の四十四口径の回転弾倉式拳銃が火を吹くのは容易に想像できる。あの拳銃は血に飢えているというもっぱらの噂だ。
「わかったら、しっかりする」
「……う、うん。ありがとう、カル」
僕は元の立ち位置に戻る。
同時に扉が開き、部屋の中から導師が肩を怒らせながら出てきた。
「――カルか。皆を集めろ。あの物資は外に運び直せ。みな焼かねばならん」
「は。――焼いてしまうのですか?」
導師の言葉がさすがに疑問で、思わず聞き返してしまう。
重要な物資だから、我らが有効活用せねばならん――そう言っていたのは、他ならぬ導師自身だ。
「我らにはなんの価値もないものだ。……不満を言うつもりか」
ぎろりとこちらを見下ろす導師。彼の顔を見上げていたが、彼の手が腰元のホルスターに伸びているのを確認してしまいそうになって、僕はなんとか視線が下がるのを止める。
「ノー、サー。我らに使い道のない物資だとは思わなかったので」
「……ふん。やつらにとって必要な物を奪ってやっただけで満足せねばならんということだ。わかったら皆を集めろ」
「イエス、サー」
僕は敬礼して、導師に意見した僕に凍りついているチャールズに目配せすると、二人で他のみんなを呼びに行った。
夜。
目の前の段ボールの山が煌々とした赤い炎に包まれている。
あれの中身はなんだったのだろう。
――でも、導師が必要ないと判断したのなら、僕らが知る必要もないものだ。
そう思いはする。
けれど、だからといってモヤモヤした思いが晴れるわけではない。
僕がぼんやりと眺めている炎の周囲では、揺らめく明かりに声をあげてみんなが踊ったり歌ったりしていた。
深くまで考えない者たちからすれば、これは突然降ってわいたお祭り騒ぎするためのイベントに過ぎない。娯楽と呼べるものがほとんどない今の生活からすると、あの炎は確かに数少ない楽しい出来事だ。
実際、僕たちの作戦は成功して、敵から物資を奪い、ダメージを与えることができたのだし。
だけど、あの段ボールの半分近くには「medicine」と書いてあった。それを「くすり」と読むんだということを、僕は知っている。
その「くすり」がどんなものかはよく知らないけれど、「くすり」というのは病気や怪我を治療するのに使うらしい。
――本当に焼いてしまっていいものだったんだろうか。
――実は、僕らのためになるようなものだったんじゃないだろうか。
そんな考えがぬぐえなかった。
導師の言葉は、導師の考えは絶対だ。
これまで、それを疑ったことなどなかった。
なのに急に、導師は間違っているんじゃないか、なんてことを考え出している。
それは導師に対する裏切りで、許されざることだ。なのに、僕は――。
自動小銃を握りしめる。
余計な考えを振り払う。
僕は導師のために引き金を引く。導師は僕を救ってくれた。僕を導いてくれた。僕の望みを聞いてくれた。そして今も、導師の野望であり、同時に僕の望みともなった“西側の政府を打倒する”という目的を達成するために邁進している。
導師の考えに疑問を抱くなんて、あっちゃいけない。
「――カル」
名を呼ばれて、声の方を向く。
「――導師」
その姿を認めて、僕は慌てて立ちあがり自動小銃を肩にかける。
「不満か」
「いえ」
なにについてかを明言されなかったのに、僕は反射で否定してしまう。
そんな僕に、導師はにやっと笑った。
「にしてはつまらなさそうだがな」
「そんなことはありません。ただ……」
「……?」
導師は眉根を上げて、先を促してくる。
「歌や踊りも忘れてしまって……どうしたらいいんだろう、なんて思ってしまって」
そこまで白状してしまってから、相手が導師だったのだと改めて意識する。
急に恥ずかしくなって、顔を赤くしてうつむいてしまう。
「も、申し訳ありません。僕なんかが、その……出過ぎたことを」
「よい」
「……」
導師が僕の横に並び、僕と同じように炎を眺める。
導師はリラックスしているみたいだが、僕はそうはいかない。
……緊張する。
「我らの戦いは、まだ終わらん。……長く続くだろう」
「はい」
「私がコダーラ族による現政府を打ち倒した暁には、お前たち全員を幸福にしてやれる。それまでは、まだ苦労をかけさせるな」
「イエス、サー。命ある限り、導師の矛となり槍となります」
「……ふっ」
僕の言葉にどう思ったのかはわからない。だが、導師はただ薄く笑った。
「来たまえ。これもまた、お前の勤めだろう」
「イエス、サー」
踵を返し、自室に戻ろうとする導師の言葉に、僕はただうなずいて、導師の後を追った。
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