UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その3「悩む。そして、反省する」
教室の窓際でわたしは親友と昼御飯を食べていた。
「もう決めた?」
お弁当の中のプチトマトを最後まで残してから、口の中に放り込んだのは、わたしの大親友、亞北ネルちゃんである。
わたし、紫苑ヨワは、食べ終えたお弁当箱を包み終えて鞄の中に仕舞う所だった。
「ううん、まだ…」
弁当箱の下から現れたのは、始業式早々から配布された、進路調査票だった。
こんな薄い紙切れが自分の人生を左右するとは信じたくはないが、何かを決断して突き進む時期に来ているのは感じていた。
「ネルは、何か考えてる?」
「ちゃん」付けを彼女は嫌う。子供っぽいからだそうだ。
「僕は」
ネルちゃんは自分のことを「僕」と呼ぶ。少しストイックな感じがして、カッコいいと思った。高い位置のサイドテールも似合っていた。
ネルちゃんがにやっと笑った。普通の人より口角が上がるので「ニコッ」というより「ニヤ」がふさわしい、と思う。
普通に笑えばかわいいのだけれど、爆笑するときは喉の奥が見えるくらい口を開けて笑うし、笑顔を作ろうとすると口角が上がり過ぎて、何か悪事を企んでいるよう見えてしまう。
「ヨワに付いていくから」
他力本願、ではない。中学一年生のときから、ネルちゃんは言い続けている。
一年生のときにネルちゃんをいじめから助けて以来、一蓮托生の仲になってしまった。
「もお、また、それ?」
わたしはお弁当箱を鞄にしまった。調査票は丁寧に半分に折ると鞄の薄いポケットに入れた。
「いいじゃん」
ネルちゃんも弁当箱を片付けた。
タイミングよく生徒会書記の長藤(ながふじ)君が現れた。
長藤君は、サッカー部所属で、スポーツ万能でテストの成績もいい、女の子に受けそうな顔だちもいい感じだが、わたしも、ネルちゃんも特にピンとはこなかった。生徒会役員を引き受けたのは、内申書対策ではないか、とも思っていた。
「会長、副会長、そろそろ、入学式の準備が…」
いじめ退治に奔走しているうちに、わたしは生徒会長に、ネルちゃんは副会長になっていた。
「悪い。のんびり食べてた」
ネルちゃんは弁当箱を鞄に仕舞いながら立ち上がった。
「待たせてごめんね」
わたしも鞄を手に立ち上がった。
うちの学校は少し行事予定が変わっていて、午前中に始業式があって、午後に入学式がある。
入学式の後には生徒会の恒例行事、クラブ紹介がある。ここはしっかり目を光らせていないと、右も左も判らない一年生がろくでもない上級生の餌食になってしまう。
わたしは、気合いを入れて会場の体育館に向かった。
〇
「五十点」
ネルちゃんの一言が胸に刺さった。
「うっ」
「無難にまとめ過ぎちゃったね」
「ネルちゃん、厳しい」
日が傾き始めた帰り道、二人だけの反省会が始まった。
「まあ、どんな部活があるか分かったろうけど、特徴がわからないかも」
「う~ん。そうね。水泳部とか」
「県大会に出る人がいるようなクラブは積極的に紹介したかったね」
「反対に、マンガ部とか」
「そうだね。帰宅部みたいなところは短い方がよかったかも」
ふうとため息を吐くと、ネルちゃんはポンと肩を叩いてくれた。
「次は球技大会だよ。切り替えて、いこ」
「うん」
帰り道の途中にちょっとした駅があり、県道を挟んだ駅の反対側に大型スクリーンを取り付けたビルがあった。
「あ、ミクが映ってる」
ネルちゃんの顔が明るくなった。
目を向けると、初音ミクの最新曲のPVが流れていた。
「ああ」
わたしは特に感慨も湧かなかったが、ネルちゃんは足を停め小指でリズムをとり始めた。
ネルちゃんは芸能界に興味があるようだ。
ときどきネルちゃんはボーカロイドの話をすることがあった。
わたしの家はみんなそういうことに興味がないようだった。
父はプロ野球が好きで、兄はオタクというほどではないがアニメと特撮が好きで、母はテレビより小説を読んでいる方が多い。
「ネルは、ボーカロイドになりたいの?」
そう聞くとネルちゃんは力なく首を振った。
「もう遅いよ」
そう言って歩き始めたネルちゃんはごく普通の笑顔だった。
〔ボーカロイドって、小学校に入る前から訓練してるんだっけ〕
わたしはネルちゃんに遅れないように歩いた。
駅前の繁華街を抜けると大きな公園があった。普段は人もまばらな広い土地に人の流れができていた。
この公園を斜めに横切るとわたしたちの家はすぐだった。
公園の中央に野外ステージがあって、そこに大勢の人たちが集まっていた。
オタクっぽい格好の人が多いような気もしたが、大勢の人が何かを待っている雰囲気が気になった。
「なんだろう」
ネルちゃんは口には出したが、特に興味ないようで、いつも通りに公園を横切ろうとしていた。
野外ステージは地面をすり鉢状に掘って作られていた。
舞台の裏側は簡単な屋根の楽屋だった。
そこに集まった人は楽器やいろいろな器材の準備をしていた。
そこも横目に通り過ぎようとしていたときだった。
「なにぃー?!」
大きな声に体がビクッと反応した。
「間に合わないって、どゆこと?」
わたしとネルちゃんは、声の主を目で探して、見つけた。
その人は赤い髪のツインテールが綺麗な縦ロールの形をしていた。
もう春だというのにその人は薄いグレーのロングコートを着ていた。
少し薄目のサングラスを力強い視線が貫いていた。
その人と一瞬目が合ったような気がしたが、その人はすぐに目をそらした。
これが「運命の出逢い」と呼ぶならきっとそうだと思う。わたしの運命はここから大きく動き出した。
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