-プロローグ-
*
最後に歌を歌ったのはいつだろう?
最後に唇を震わせ、空気に声をのせたのはいつだろう?
ずっと遠い昔の事の様にも思う……。
思ったよりもずっと近い事の様にも思う……。
優しいマスター達に囲まれて、大好きなキョウダイ達と一緒に歌ってた幸せな日々。
あれは一体何時の事だった……?
*
「……っ!!」
ズキッと痛む頭にメイコは眉を顰める。
ボーカロイドであり、生身の体を持たないと言うのに頭に走る痛みはシステムの異常によるものなのか?
未だにズキズキと鈍痛を訴える頭に触れて、メイコは大きく溜息を吐いた。
彼女の前には無邪気に自身の弟であり、彼女の兄であるカイトと一緒に楽譜を見てるミクが居る。
先程までリンとレンも一緒に見ていたが彼等はマスターと一緒に買い物に出かけた。
なので今この場に居るのはメイコとカイト、ミクの3人であり、その内2人が黙って楽譜を眺めている状況では、メイコにする事は無い。
先程より大分マシになった頭の痛みにメイコは触れていた手を下ろした。
まったく、何て因果な事なのだろう……。
そう思ってメイコは自嘲しそうになる自分を止める。
自分達にはかつて優しいマスター達が居た。
兄妹のマスターで兄がメイコとリン、レンを妹がカイトとミクのマスターだった。
近所にはネルやハクが居て、マスター達が学校で家に居ない時など良く一緒に騒いだものだった。
あの頃は沢山の音楽と歌詞と歌に溢れていた。
けれど、次に目覚めたこの世界にそれらは全て失われたという。
俄かには信じられない話だったが、あの頃自然と溢れ出ていた音は消えうせ、歌詞は廃れ、人は歌う事を忘れていた。
一体自分達キョウダイが寝ている間に何が起こったのか?
自分達を眠りから目覚めさせ、新たにマスターとなった双子の兄妹に聞けばそこは自分達が眠りについた時代より大分時のたった世界だった。
その長い時の流れに、かつて音楽と呼ばれていたものは消え去ってしまったという。
あの頃沢山あった楽器も、今や旧時代の遺産として展示場にある位だ。
歌詞も今では何処にあるのか分からないと言うし、新たに歌詞を作り出す者も居ない。
歌を歌う自分達ボーカロイドにとっては信じられない事実であり、また生き難い世界だとメイコは思った。
それでも暗くならずに居れたのは新たにマスターになった兄妹(皮肉な事に前のマスターとそっくり)がトレジャーハンターで、たまたま入った遺跡でたまたま楽譜と少数の楽器を入手した事だ。
本来ならばそれを上の者に渡せばかなりのお金が手に入るそうだが、彼等はメイコ達の為にそれを手元に残した。
残念ながら彼等は楽譜など読めず、勿論楽器を弾いたことも無い。
それでも彼等はメイコ達に喜んで貰おうと試行錯誤し、そのおかげかメイコ達はすんなりとかれらに心を許した。
けれど――。
(歌を歌いたいと言うのは我侭かしら)
歌を歌いたいのだ。楽譜や歌詞を眺めているだけでは満足できない。勿論楽器を弾くだけでも駄目。
楽器の奏でる美しいメロディーに想いの詰まった詩を乗せて心行くまで歌いたいのだ。
「お姉ちゃん!!」
メイコの思考を遮るようにミクの声が届いた。
「何かしら、ミク?」
そのミクの声にメイコが返せば、ミクは真剣な表情で何か言いたそうにしている。
それはミクの後ろにいるカイトも同じだった。
(一体何かしら?)
それ程までに真剣になる事態なんてあったか? そう記憶を探るが見つからない。
「さっきお兄ちゃんとも話してたんだけど、何時までもマスター達に頼ってちゃいけないと思うの!! だから、私達だけで楽譜を探そうよ!!」
「えっ……」
思ってみてもいない言葉にメイコは返す言葉が無かった。
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