ヨットを操縦しながら、彼は思い出していた。
念願叶ってスペースシップのクルーになった。
近傍の惑星に行って簡単な講習を受けた後は、船に乗って実務をする。
生活の拠点を外星に移すことになる。
彼が故郷を離れる日。
彼女は見送りには来なかった。
来るはずがない、知らせなかったのだから。
別れは、言わなかった。
出会いも突然なら、別れも突然訪れるもの……そう勝手に決めつけた。
もしも別れなんて切り出したなら、彼女はきっと、愚直に彼を待ち続けることだろう。
それは彼女にとっての幸せじゃない。自分のことなど忘れてくれればいい……。
彼はそう考えていた。
けれど、それは彼の独りよがりだった。
そのことに、今更ながら彼は気づいたのだった。
気づかないふりをしていたのかも知れない。
彼女の、まっすぐに輝く瞳。
それを見ながら話すことから、彼は逃げた。
ミクの歌声は、彼に忘れがたい印象を与えた。
それが何故なのか、彼はようやく知ることになる。
ミクの声、表情、些細な仕草……それらの一つひとつが、彼女にとても似ているのだ。
しかし、そのことにすら気づくまでに今までかかった。
ミクの、ウォーターリリーのフレグランスが、彼に封印していた記憶を呼び戻したのだった。
故郷の未練を振り払うごとく、彼は無意識に、思い出さないようつとめていたのかも知れない。
――オレは、なんて愚か者なんだ。
自分自身に呆れ果てつつ、ディスプレイに映る青い惑星を眺める。
彼女は、身近なところにある素晴らしいものを発見する才覚に優れ、またそれらを大事にしていた。
当時の彼には、その感覚は分からなかった。
それ故に、彼女の感覚は単なるノスタルジーに過ぎないと思っていた。
――宇宙へ、未来へ飛び出す人類に、そんな後ろ向きなものは必要ない。
そう思っていた。
けれどその心の奥底で、彼はそんな彼女を尊敬し、あるいは怖れていたかも知れない。
目の前にある事象を素直に受け止めるということは、実は難しいことだ。
故郷を後にして宇宙船乗りになった今、彼は故郷に一度も帰ったことがない。
帰ろうと思えばいつでも帰れる距離にいるのに、故郷に帰らないのは、彼が夢を実現できずにいることに対する気まずさがある。
帰ってしまったら、“負け”を認めたことになる。
だから、帰るわけにはいかない。
でも。
本当に、そうなのだろうか?
古臭くて発展性のない、滅びゆく存在と見限った彼の故郷。
帰ったら、幼い頃に馴染んだ風景や空気が、彼を包むだろう。
それは、夢敗れたことなど不問にして、彼に何かしらの感傷を与えるに違いない。
その居心地の良さに、彼は二度と宇宙へ出ていくことは無くなるかも知れない。
宇宙へ出ていくことは、彼の幼い頃からの悲願だったのだ。
♪ ♪ ♪
目的の星がレーダーに入ってくる。
彼の左肩に凭れた頭が、もそっと動いた。
コバルトブルーの髪がふわりと宙に浮き、彼の鼻先をくすぐる。
ちらりと横を見ると、ミクが顔を上げてモニターを見ていた。
嬉しそうな顔で、モニターに映る星の光を目で追っている。
もう少しで着くからな――
そう言おうと思った矢先、じんわりと滲むように、コクピットの中に音が満ち始めた。
モニターには星が無数に見えている。
その星たちの光が音を奏でているような、不思議な感覚。
はじめは、微かな音。
質量のある物を地面に落とすような、くぐもった低音。
それが、規則的に打たれている。
ヨットが、星の重力に引っ張られて加速する。
通常なら、ラムジェットを逆噴射して制動をかけながら、周回軌道に載せるべきなのだ。
しかしその時は、なぜかそうしなかった。
自由落下に任せて、一刻も早くその星に辿り着きたかった。
低音に、シンセサイザーのような音が重なる。
音は、速度と同期して、速いBPMで流れている。
心臓の鼓動が、それにつれて早くなる。
得体のしれない焦燥感が、彼を支配していた。
――ライブに遅刻しそうなミクを乗せているためか?
たぶん、そうじゃない。
着いたら……そこへ着いたら、やりたいことがあるんだ。
彼はディスプレイを油断なく見つめ、軌道を整えながら、ヨットを落下させていく。
「掴まってろ」
ミクが、彼の左腕にぎゅっとしがみつく。
成層圏に突入する。
いつものミッド・シップの3倍くらいの衝撃が、彼らを包む。
♪ ♪ ♪
彼の頭に、声が聴こえる。
よく知っている、少女の声。
――(本当に、大切なものっていうのはね。)
その声に、ミクの声が重なる。
――(じつは、とっても身近にあるものなんだって。)
ミクは、音に合わせて口ずさむ。
――(危険な目に遭わなくたって、高いお金を払わなくたって、)
彼がもう一度聴きたいと願っていた、あの曲。
――(案外、誰でも手に入るものなんだって。)
心拍数と呼応するように、ますます早まるBPM。
――(でもそれは、『カンタン』じゃないし、『お手軽』っていうのでもない。)
爪先まで響き、疾走するトランス・ビート。
――(けど、『身近』にある。在るのに気付かない。)
頭の中を、優しく撫でるように、ミクの高音が駆け抜ける。
――(見えていないだけ、なんだって。)
エッジの効いた矩形波が、高揚感を駆り立てる。
――(だから……)
船が成層圏を抜けた。
♪ ♪ ♪
君に会えたキセキは
想い出なんかにしない
また笑い合って
繋いだ手は離さないよ……
ヨットを停止させ、ハッチを開く。
ミクが飛び出すように外へ出る。
「間に合いそうか?」
「大丈夫、まだ少し時間があります」
ミクはにっこり笑って、駆け出した。
その背中に、声をかける。
「ミク、ありがとうな」
「?」
振り返ってきょとんとするミクに、早く行け、と促した。
ミクの後ろ姿を見送りながら、彼は思う。
――ミクのライブを観終わったら、あいつを探そう。
あいつに会って、黙って星を出たこと、ずっと音信不通だったこと、謝りたい。
――あいつはもしかしたら、オレのことなんか忘れたかも知れないな。
でも、それでもいいんだ。
遅いかもしれないけれど、ずっと気付かないよりもマシだ。
――もし許してくれたら、あいつと一緒にまた星を見に行きたい。
そして、ミクのコンサートにも一緒に行けたらいい。
ここへ戻ってこれたのは、ミクのおかげだもんな。
彼はあらためて、かつて生まれ育った星の景色を眺めた。
――こんなに美しい星だったんだな……
空は5年前と変わらず、美しく澄み渡っていた。
fine
A sort of Short Story ~ by 『Light Song』 4/4
これでおしまいです
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!
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