こじんまりとした教会の聖堂は、定期的に掃除は行っているが窓から差し込む光の中に細かな埃が混じっていて、キラキラと反射している。
中の広さ、整然と並ぶ長椅子の木材の色、蜀台に付いている装飾……ここに来てから数年が経った今も、そんな小さな違いに時々違和感を感じることがある。
そのたびに仕方ない、と自分に言い聞かせた。
ここは自分が生まれ育ったあの場所ではないのだから、と。
「メグ?」
重い扉を開く音と一緒に響いた自分の名前に、両手を組んで祭壇の前で祈っていたメグは顔を上げて後を振り向いた。
「シスター・ルーチェ……」
「やっぱりここにいたのね。またお祈りかしら」
「はい……」
メグは僅かに影を帯びた微笑を浮かべながら近づいてきたルーチェに頷く。
メグたちの村を襲ったあの惨劇の夜から既に3年が経過していた。あの後、傷ついた村に孤児院を維持していくだけの力があるわけがなく、メグを含めた孤児たちは近隣の比較的大きな街の孤児院へと移らざるを得なかった。
同じように戦争が始まってから親を亡くした子供も増えていて孤児院は常に忙しく、ルーチェは手が足りない職員の補充要員として、王都から派遣されてきた幾人かの聖職者の中の1人だ。
蒼にも碧にも見える神秘的な瞳の歳若い……いまだ少女のメグがそう思うのもおかしいかもしれないが……綺麗な顔立ちの女性で、今はきっちりと髪を頭衣で隠しているが、それが美しい淡い薔薇色で豊かかつ艶やかであることをメグは知っていた。メグにも分かるほどに物腰や仕草も上品で美しく、それなりの富裕層の家に生まれ育った人間だと分かる。きっとドレスを着て宝石を身に纏えば、飾り気のない修道服よりもよほど美しく似合うだろうということも。
彼女を見るたびにどうして彼女のような人が清貧を常とするシスターなどをしているのかと思う。思うが、その事情を彼女に聞いたことはない。
言いたくないことは誰にだってあるものだし、聞かなくても訳ありなのはよく分かることだ。孤児院にやってくる兄弟姉妹の中にも同じように様々な理由を抱えた子供が多かった。そういう子から根掘り葉掘り事情を聞きだそうとしてはいけないと、メグは周囲の大人の態度から学んでいた。
生まれた時から孤児院で育ったメグはその距離の取り方が上手で、孤児たちの中では比較的年齢が高く歳が近かったのもあり、ルーチェとはそれなりに仲が良いといえるくらいの親交がある。
だからメグがよくここで独りで祈っているのもルーチェは知っていた。
「どうしたの?暗い顔ね」
心配するように顔を覗きこまれて、それから逃れるようにメグは俯いた。
「私を叱りにきたんですか?」
細い、けれど硬い声で訊ねるメグにルーチェは苦笑する。
「どうしてそう思うのかしら?」
「あの子を……泣かせてしまったから」
同じ村から……あの夜に両親を亡くして……ここに移ってきた血の繋がらない弟の名前を口にしながら、悔しそうにぎゅっと両手を握り合わせる。
「引っ叩いたのはやりすぎでしたけど、言ったことは謝りません」
――いくら祈ったって、レスターはもう死んでるに決まってる!
まだ生々しく耳に残る言葉を思い出すだけで悔しさと悲しさに目が潤む。
気が付けば思い切り彼の頬を引っ叩いて叫んでいた。
――レスターの死体はどこにもなかったわ!亡くなった人と同じにしないで!
それが亡くなった両親の遺体を弔った彼にどれだけ残酷に響くか分かっていた。分かっていて、止められなかった。
「貴方はレスターのことになると、とたんに不器用になるわね」
溜息混じりにつぶやくルーチェの言葉にきゅっと唇を引き結ぶ。
そんなメグを促して、ルーチェは一緒に並んでいる長椅子に腰掛けた。
「……レスターは生きてます。だって、レスターは強くて賢いもの」
縋るように呟くメグにルーチェはメグから視線をはずして、ルーチェ自身は会ったことのないレスターという少年のことを考えてみる。
孤児達の会話の中から拾い上げた情報はそれほど多くない。共通して話される内容としては、面倒見のいいお兄さんタイプで、ちょっとお人よしで、剣の才能があったこと。それから気が付けばメグといつでも一緒にいたこと。メグ達の村で起こった惨劇の夜にどこかに消えてしまったこと。
「……そうね。生きていないとは言えないわね」
ルーチェの言葉に否定の言葉を予想して知らず強張っていたメグの肩から少しだけ力が抜ける。
メグだってレスターが生きている可能性がとても低いものだということは分かっていた。それでも生きていると信じたいと思う。たとえそれがもう自分だけしか信じていないとしても。
「でも、生きていても辛いだけかもしれないわ。こんな世の中だもの、平穏無事には暮らしていないかもしれない。無事に暮らしていても、もうメグのことは忘れてしまったかもしれない」
ほっとしたのも束の間、続いたルーチェの声にビクリと身体が震えた。
もっと早くに決着が着くかと思われていた隣国との戦争は3年を経た今も収束せず、領土争いに収まらない問題を様々に増やしながら互いに一進一退を繰り返し、退くに退けなくなった両国は国境線沿い周辺で今も泥沼の戦いを続けていた。
長引く戦争は国を疲弊させて治安は年々悪化していくし、若い労働力は奪われていく。
「身体にも心にもたくさん傷を負って、今この瞬間にももう死にたいと思っているかもしれない」
続いていくルーチェの言葉に耳を塞ぎたかったけれど、塞いでも無駄だと分かっていた。メグ自身、それは何度も考えたことだったから。
「それでも……」
何とか押し出した自分の声はひどくか細く震えていたけれど、その自分の声に励まされるようにメグが顔を上げる。
「たとえレスターが今歩いている道が傷ばかり負っていく道だとしても、私はレスターに生きていてほしい」
自分のこの願いはエゴかもしれないとメグは思う。けれどレスターが生きているかもしれないというかすかな希望が折れてしまえば、自分が消えてしまうような気がした。
「もう一度、レスターに会いたい。帰ってきたなら、両腕を広げて迎え入れて、疲れているならゆっくりと休ませてあげたい。だから、たとえばレスターは今とても辛くて苦しいかもしれないけれど、これからレスターにいいこともあるかもしれないから、レスターにレスターの命を諦めないで欲しい」
声に出すほどに気持ちは強くなった。まっすぐにルーチェを見つめるメグの瞳が強い光を宿す。
「だから私はレスターが生きていることを願い続けるし、レスターが少しでも幸せであることを祈ります」
相変わらず頑固だな、と記憶の中のレスターが笑った気がした。メグはそれにそうよ、と心の中で胸を張る。
そして見つめるルーチェの神秘的な瞳がふと頼りなく揺らいだ気がした。
「そうね。もう一度……会えるかもしれないものね」
「はい」
はっきりと頷くメグにルーチェが淡く微笑んだ。
「ありがとう」
「……?」
唐突にお礼を言われてメグが首をかしげる。
「ふふ、お礼を言いたくなったの。気にしないで」
柔らかくも何か決意を秘めた微笑に分からないなりにメグは頷いた。
そして叩いたことは謝りなさいねと言って去っていくルーチェの背中を見送る。
そうして祭壇を見つめて再び目を閉じた。
「どうか……レスターに神様の祝福がありますように」
深く暗い森の中を彷徨いながら、自分の荒い呼吸の音がやけに耳に大きく響くような気がしていた。
傷ついた身体から流れ出す血が地面に滴り、止まない痛みに舌打ちをする。
大樹の根元に腰を下ろして幹に背中を預けながらも、手にした剣は手放さない。
その剣で脱いだ上着を裂いて即席の包帯を作り、傷に巻きつけて止血を施す。もう何度も繰り返した作業だから考えるより身体が覚えていた。
小さな傷ではないが、止血さえしてしまえばすぐ死ぬような怪我でもない。
疲れきった自分の体に少しだけの休息を許して彼は深呼吸をした。
ふと俯いた視界に白く揺れるものが映った。大樹の根元で頼りなく揺れる小さな野の花。まるで珍しくも貴重でもないその花に、彼は大切な少女を思い出していた。
目を見張るような華やかさはない、けれどしなやかな強さを持ったお日様の香りがする少女。
こんな深い森の殺伐とした戦場にも咲く花がある。それに励まされるような気がして少しだけ微笑み、再び戦いの中心へ戻るために立ち上がった。
Flower 3
自作歌詞 http://piapro.jp/t/xGdI の小説です。
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