祭りの先
王都のとある店兼住居。ネルの家の勝手口に立つカイトは目の前のドアをノックした。大臣が王位式典を行うと報告をした後、ネルの両親は店を閉店状態にして、他の客が来ないように計らってくれたのだ。
店の中から足音が聞こえて、こちらに近づいて来る。ドアを開けて顔を覗かせたのはネルである。
「入って、カイトさん。メイコさんとグミもいるよ」
出迎えたネルに続き、カイトは中に入る。店の飲食スペースに行くと、メイコとグミが既に席についていた。
「丁度良かった。さっき着いたばかりだよ」
グミが笑って言う。どうやらカイトが来る少し前に来ていたらしい。グミと接触した初めの頃は、カイトがいない時にグミが店にやってきたり、逆にグミがいない日にカイトが情報を届けたりとすれ違う事も多く、ネルに伝言を頼んでいた。
カイトとネルが席に着いたのを確認し、城で何かあったのかとメイコが問いかける。肩をすくめて、手に入れたばかり情報をカイトは伝える。
「式典を行う日を決めたとさ。俺は演説の時に傍に付けと命令された」
要件を簡潔に伝える。会議の休憩時間に城を抜け出して来たので、手短に済ませなくてはならない。
大臣が演説を行うのは城のバルコニー。人々の注目を一身に集めるその場所で、王になる事を公式に宣言する。
「いよいよだね」
色めき立ったグミに、他の三人が感慨を込めて頷く。メイコの働きかけにより王都の住民もこちら側に付いている。カイトのお陰で、レオンや正規兵達もタイミングを合わせて行動を起こしてくれる。
残るはリンに日程を知らせ、当日を待つだけだ。大臣にとっての晴れ舞台、民衆が集まっている中で全てをぶちまける。
「上手く行くかな……?」
ネルが不安を口にする。もしも大臣が何か対策をしていたら、その後は火を見るより明らかだ。反乱を起こしたとして捕われ、見せしめの為に処刑される。レンが悪ノ娘リンとして殺されたと同じように、断頭台にかけられる。
背筋が寒くなったネルに対し、カイトは躊躇い無く言い放つ。
「大丈夫だ、上手く行く。万に一つ、億に一つにでも失敗したら、俺に全部責任を吹っかけろ。俺に脅されて手伝わされた事にすれば良い」
反乱の首謀者は、大臣の息子であり側近。以前から大臣に反感を持っており、陥れる機会をずっと窺っていた。それは間違いではないし、動機としては充分である。
「一人で責任を負うつもり? 私もでしょう、カイト」
格好付けるなとメイコはカイトの頭を拳で軽く小突く。
暴動騒ぎの際に民衆を率いていた赤い鎧の女剣士。大臣が王になるのを協力したのにも関わらず、何の報償も無かった事を逆恨みし、反乱に手を貸した。
「これも動機としては充分。他の人は無理矢理付き合わされただけ」
いざとなったらそう言う事にしろとメイコはネルとグミに告げる。
「二人共、かっこ良すぎ」
グミは軽い口調で賞賛する。カイトとメイコの言い方は、失敗は許されないと言われるよりも、遥かにやる気を出させてくれる。
「こうして話せるのも、後少しで終わりになっちゃうんだね」
ネルはぽつりと言う。リンが国を奪還したら、カイトは自治領に、グミは港町に帰り、メイコはまた旅に出る。今までのように頻繁に会って、テーブルを囲む事は出来なくなる。
不謹慎だとは分かっていても、それぞれが当たり前の日常に戻るのが寂しいと思ってしまう。
「っと、そんな事を言っていたら、上手く行く物も上手く行かなくなっちゃうよね」
いけないとネルは前言を撤回し笑顔を作る。会えなくなる悲しみよりも、出会えた事の嬉しさが大きいはずだ。
「俺はそろそろ戻る。側近が時間に遅れたとなると、色々うるさいからな」
カイトは静かに立ち上がり、じゃあなと一言残してから店の外へと出た。勝手口側の道から店の入り口側の道に出ると、閑散とした大通りが目に入る。
子どもの頃、青の国はこんな感じだったなとカイトは苦い記憶を思い起こす。外で遊びたいのに、危険だからと家の外になかなか出られない日々。たまに出られたと思っても、兵士の姿に怯え自由に遊び回れない辛さ。成長した今なら仕方が無いと思えるが、幼い頃は納得が出来なかった。
道を歩いていたら目が合った、ぶつかったと等の下らない理由で、国を守るはずの兵士は国民に因縁を付けて金を要求し、それが出来なければ暴力を振るう。国民を『守りたい』『守る』気持ちでは無く、守って『やっている』と言う傲慢さが透けて見えていた。
「世の中を知らないガキにも分かる程だったな」
可愛げの無い子どもだったなとカイトは苦笑する。黄の国王都に住む子ども達は、大臣の私兵に対して同じ事を考えているかも知れないなとも思う。子ども達には、国民に真摯に向き合うレオンや黄の国正規兵の姿を目に焼き付けて欲しいものだ。
店に併設されている厩舎に目を向ける。リンの愛馬、ジョセフィーヌが暇そうに佇んでいた。
「のわぁぁ!?」
突然外から素っ頓狂な声が響き、店内にいた三人は何事かと顔を見合わせ、目を丸くした。今聞こえてきたのは間違いなくカイトの声である。馬の鳴き声も混ざっていた気がする。
「まさか……」
大臣に蜂起を起こす事がばれて、城から兵士がやってきたのか。念の為に物陰に隠れているようにとネルとグミに言い渡し、メイコはテーブルに立てかけていた剣を手にして立ち上がり、店の扉を開けて飛び出す。
「カイト! 何、が……」
閉店中と書かれた掛札が揺れ、扉に当たる乾いた音の中でメイコが見たのは、厩舎から頭を出して激しく威嚇をするジョセフィーヌと、慌てふためくカイトであった。
メイコは周りを見渡す。他には誰もおらず、囲まれているような殺気も圧迫感も感じない。危険は無いと判断を下して、店内に残したネルとグミを外に呼び出す。その間にも、困惑した様子のカイトの声が耳に入る。
「話しかけただけで何をそんなに怒っている!? 俺が何かしたか!?」
動物相手に本気で怒る姿を大人気無いなと感じつつ、メイコは何をやっているのかと声を上げる。
「時間大丈夫?」
メイコに気が付いたカイトは、まだ少し余裕があると返して厩舎から離れ、訳が分からないと言った表情をメイコに見せていた。
グミが厩舎に近寄り、ジョセフィーヌをどうどうと宥めると、ジョセフィーヌはすぐに大人しくなった。先程とは全く違う態度を見せられ、カイトは憮然とする。
「なんだ、あの馬」
随分酷い扱いである。自分が軽く話しかけたら火が付いたように威嚇をしていたのに、今ではグミに撫でられながら頭をすり寄せている。
「どんな馬なの? ジョセフィーヌって」
ちゃんと見た事が無かったとメイコは厩舎に向かって歩き出し、やる事も無かったネルもその後をついて行く。
「危ないって!」
危険な目にあわせる訳にはいかない、止めなければとカイトは制止の声をかけたが既に遅く、メイコとネルはジョセフィーヌの前に立っていた。
「へぇ、良い馬ね。さすがは王女の愛馬」
「話は聞いていたけど、こんなに立派な馬だったんだ」
ジョセフィーヌを褒める声を聞き付け、心配は無用だったかとカイトは安心し、その様子を眺める。メイコ達に威嚇をする気配も無く、ジョセフィーヌは悠然としていた。王族が乗るにふさわしいと思わせる、威風堂々とした雰囲気である。
グミと目が合い、カイトは手招きをして呼ぶ。厩舎に近づいて、またジョセフィーヌに威嚇をされたらたまった物では無い。
「なぁ、あの馬はどうして俺にだけ態度が違うんだ?」
カイトの素朴な質問に、グミは肩をすくめて投げやりに答える。
「雄だから女の子の方が好きなんじゃない? で、男が嫌いとか」
適当な物言いだが、それが原因だなとカイトは確信する。さっきからの極端な態度の違いを見ていれば、その意見を信じるには充分である。
グミは小声でカイトに言う。
「レンを乗せたのは、リンの双子の弟だって事が分かったからだと思うよ」
そうであって欲しいと希望が込められた言葉に、カイトはそうだなと納得して厩舎に目を向け、メイコとネルに大人しく撫でられているジョセフィーヌを見る。おそらく自分の事が嫌いなのは、男だと言う事もあるだろうが、主であるリンを貶めた大臣の息子であるのが分かったからだろうなと思う。
今度こそ城に戻るとグミに言い残し、カイトは静かにその場から去って行った。
次の日の夜。港町の領主の館。
「リン、少しは落ち着いて」
屋敷の客間で椅子に座り、全員が集まるのを待つ中、ルカはリンに声をかけた。
何度も客間の入り口に視線を向けたり、用意された紅茶に手を伸ばしたりと、リンはそわそわとした様子を隠せないでいる。夕方にグミが帰って来てからずっとこの調子で、全く落ち着きが無い。気分が高まったまま料理をさせると危険だからとハクが当番を変わった程である。
まるで贈り物が届くのを待っている子どものようだとルカは微笑ましく思う。待っているのは贈り物では無く、国を取り戻す為の話し合いだが。
「やっと帰れるからね、無理も無いよ」
グミが明るい口調で言った直後、ミク、ハク、ガクポの三人が夕食の後片付けを終えて客間に姿を現し、それぞれが空いている席に着く。
「さて、全員揃った事だ、始めようか」
最後に座ったガクポが慣れた調子で仕切る。何度も話し合っている内に、自然とそうなっていったのだ。
まずは自分からだとグミは軽く手を上げる。
「式典の日が決まったって。カイトさんから聞いたから間違いないよ」
「いつ? 場所は?」
リンは興奮した様子で身を乗り出し、早く教えて欲しいと聞く。急がなくても平気だからと笑い、グミは日時を伝える。
「丁度一週間後の今日、時間は午後三時。演説をするのは城のバルコニーだって」
「人を不愉快にさせる事だけは天才的ね、あの大臣は」
眉間に皺を寄せてルカは吐き捨てる。城のバルコニーは、黄の国の王族が公に姿を見せる際に使用する場所でもある。成人するまで王位継承を行わないとリンが公言したその場で王位即位を宣言するとは、黄の国王家に対する侮辱以外の何物でもない。
静かな怒りに震えるルカをガクポは宥める。
「今更だろう、そんな事は」
口調こそ穏やかだか、普段は冷静なガクポからも怒りが感じられた。城を追い出された事などどうでも良い、息子のレンの命を奪った事が何より許せないと語る顔は、黄の国の将軍でも、町の領主でも無い、一人の父親としての顔だった。その姿を嬉しく思ったリンは、ガクポに向かって告げる。
「大臣に思いっきり怒りをぶつけてやって」
「もちろんだ。……たっぷりと礼をしてやらねばな」
その会話に、客間は和やかな空気になる。重要な話はもうほとんど終わっており、今日の話し合いは最終的な確認である事を全員理解していた。
王都に行くのはリン、ルカ、ミク、ガクポの四人である。これは以前話し合った際に決めた事で、グミとハクは屋敷で留守番をする事になっている。ミクが行くと決まった際、ハクは自分も行くと同行を申し出たが、
「あたし達が行っても足手まといになるだけ。屋敷の仕事も一人じゃ大変だし、出来れば残って手伝って欲しい」
グミの言葉を聞いたハクは確かにその通りだと納得し、グミと共に屋敷に残る事に決めた。
全てが終わるのを前にした緊張感をルカは肌で感じていた。一週間経てば、黄の国をあるべき形に戻す事が出来る。喜びを隠せない様子のリンは、心底嬉しそうな笑顔を見せていた。
それを曇らせるのは心苦しいものではあったが、ルカはどうしてもリンに聞かなければならない事があった。
「リン、貴女は本当にそれで良いの?」
盛り上がった雰囲気に水を差す言葉が通った瞬間、客間は静まり返った。
むかしむかしの物語 王女と召使 第19話
タグがオールスターに(笑)レンがいれば完璧だったな……。こればっかりはどうしようもないですが。
女好きの男嫌いなジョセフィーヌ。単に不憫な扱いのカイトが書きたかっただけです。
ミクに告白して玉砕し、めーちゃんには平手打ちされ、リンの愛馬には威嚇されてと、ある意味一番不幸なのはカイトかもしれない。
果たしてルカの真意とは? そしてリンはどの様な答えを返すのか?
と、次回予告風に書いてみたり。
タグって十個までしか付けられないんですね。なので今回は『悪ノ娘』『悪ノ召使』ではなく、『悪ノ』にしました。
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
メッセージのお返しありがとうございます!
ジョセ「風」ヌ。言われなかったら気づかなかった……!
たしかに一文字抜けただけでおいしそうな感じに……^^
2010/11/17 01:02:07
wanita
ご意見・ご感想
あ、読み返したら雄でした。すみません…でもやっぱりツッコミをいれる相手を心得た、愛嬌のある馬さんですね♪カイト、ちゃんと時々かっこいいのになぁ☆
2010/11/14 02:16:26
matatab1
お久しぶりです。メッセージを貰える事は本当に励みになります。
ジョセフーヌはガクポやレオンに対してはあそこまで極端な態度はとりません。『世話をされるなら女の子の方が良い』とは示しつつも、おとなしくしてます。
レンを乗せたのは『リンの弟』だと理解した上で、『レン』を認めたから乗せた……。という感じです。
>カイトが時々かっこいい
全くもってその通り(笑) 的確な表現ありがとうございます。
2010/11/14 12:21:04
wanita
ご意見・ご感想
お久しぶりです☆うちとこの悪ノが分岐点まで進んだので遊びに来ました(^-^)/
大集合ですね!大臣との決戦も楽しみです。それにしてもジョセフィーヌ、メスなのに男嫌い…リン王女の愛馬だった理由は速い事や素直さなどでなく、愛嬌だったのかなぁと☆(*^-^)
2010/11/14 02:09:40
matatab1
すみません、誤字発見しました。
返信の文章でジョセフィーヌの『ィ』が抜けてます。ジョセフーヌって一体何だ(笑)
一文字抜けただけで「ナントカ風味」みたいな響きに……。
2010/11/14 13:43:17