――歌を歌えない私にできることは国を治めることしかない…――
歌声をなくしてしまった女帝は、それ以来民の前に姿を表す事なく政務に没頭した。

いつしか街から聞こえる民の歌声に嫉妬し、焦燥を覚える程に女帝は自らの歌声を欲していた。
城内の誰もが歌えなくなった女帝を気遣い、歌うのを止めた。


ある日、木々に囲まれた城の近くに一人の旅人が訪れた。
旅人は森で一休みしようと腰を降ろしたようだった。
旅人の唇からこぼれ出す楽しそうな歌声は森の中にこだまし、その歌声は城内の女帝の耳にも届いた。

――楽しそうな歌声…羨ましい。
…あんなに歌うことが好きだったのに私はもう歌うことも出来ない。
何故…?何故私は歌えなくなったのか…!?

……羨ましい、妬ましい!!――

気がつくと女帝は血まみれの旅人の亡骸の前に立ち尽くしていた。
自らの手に握られた血に濡れた剣を見て女帝は戦慄した。
――このままでは私は皆を殺してしまう…!――
自分の内に秘めた激しい衝動を恐れ、女帝は城内の者以外は決して城に入れないようにと言い渡した。

城の口軽い下働きから女帝の噂を聞いた民は歌うのを止めた。
命が惜しい、殺されるのはいやだと口を噤む者もた。しかし歌を歌うことで女帝を苦しめたくないからと言う者もいた。
そうして西の国から歌声が消えたのだった。


魔法使いの言葉を聞いて、女帝の顔色がかわりました。
「西の森の魔物の噂はご存知かな?森に立ち入った者の歌声を奪うといわれる魔物の話。誰の事か、貴女にはお分かりだろうね。

貴女がしたことは結果的に多くの民を苦しめたのではないかな?」
魔法使いは感情のこもらない声で女帝にそう告げました。

「…全て私の咎だ。
私は多くのものを奪ってしまった。一人の命だけでなく、多くの民やこの城の者達から歌う喜びまで奪ってしまった」
青ざめた顔、力なく項垂れる女帝。
瞳に涙を溜め懺悔を口にするその姿は、いつもの毅然とした国王の姿ではなく年相応の少女の姿そのものでした。
「…誰か私を罰してくれ!私にはもう王座につく権利などない…!」
神に許しを乞う様に女帝は涙を流して叫びました。
城の者も民も皆自分の罪をひた隠し、責めることもしなかった。それが心苦しくて、女帝は皆の優しさに甘えてしまった自分を恥じていました。
しかし、犯した罪がたとえ事実だと認識していても、自らの罪を口に出されることが怖かったのです。
自らの罪を誰かに罰して欲しいと願う気持ちと罪が露見し皆から疎ましがられるのを恐れる気持ちが常に彼女を支配していました。

泣き崩れる女帝の懺悔が止んだ刹那、頬を叩く乾いた音が響きました。

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うたものがたり ~緑の女帝の懺悔と希望①~

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投稿日:2011/05/29 05:32:41

文字数:1,111文字

カテゴリ:小説

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