朝目覚めると、いたはずのレンの姿が無い。
　昨日のことは夢だったのだろうか。驚きと不安で勢いよく身体を起こすと、鈍い痛みが身体を突き抜けた。
「痛っ……」
　脱がされたはずの服は、元通り綺麗に着せられていた。シーツも布団も、まるで昨日の情事がなかったかのようだ。
　自分の身体に残るレンの痕が、嘘のように世界から浮いていた。
　いいようのない不安が襲い、心細さが募る。
　リンはレンを探そうと、ネグリジェにカーディガンを羽織って、よろよろと部屋を出る。
　リビングには、珍しく母親と父親がいた。食後のコーヒーを飲んでいる。
「おはよう、リン」
「おはよ……ねぇ、レンは？」
「レンはキッチンで朝食を作ってるわよ。リンも早く着替えてきて、朝ごはん食べなさい。」
「うん……」
　部屋に戻る前に、キッチンを覗くと、レンがコンロの前に立っていた。
「あ、リン。起きたんだ。おはよう」
「おはよう……」
　レンはもうネイティーから着替えており、色の薄いジーンズに上はシャツに厚手のカーディガンを羽織っている。昨日のことなんてまるきり知らないような様相だった。

「リンもハムエッグ食べる？作るよ？」
「どうしようかな……」
　正直、食欲がさっぱりない。けれど、せっかくレンが作ってくれるというのであれば食べたい気がした。
「ちょっと顔色悪いな。今日はお休みだし、一日寝てなよ。オレンジゼリー作ったから、後で持ってってあげる。」
「ありがとう……」
　リンは、母親と父親に具合が悪いと告げて、部屋に戻った。しばらくして、レンが自分の朝食と、リンの分のゼリーを持ってきて部屋にやってきた。
　やはり、レンは昨日のことがなかったように振舞っている。
「レン……」
「ん？」
　声を掛けると微笑まれる。なんだかそれ以上は聞けない。
　『なんのこと？』と流されてしまいそうな雰囲気が伝わってくる。
「なんでもない……」
「変なの。」
　変なのはレンだよ。どうして、なにもなかったように振舞うの？
　昨日は、確かにひとつになれたと思ったのに、今はそれすらもわからない。
　レンの挙動が、深く触れた事を意識しているのは明白なのに。それでもいつものように振舞おうと努めているレンに、何も言えなかった。
　『今までと同じような日常』は、それぞれ別々の身体に成長した二人にとって、明らかにぎこちなく、白々しく感じられる。
　その日の夜、リンは初めて一人のベッドで眠った。



　ずっと二人で一緒にいようと約束した。
　いつまでも、変わらずに一緒だと思っていた。
　午前零時の鐘が鳴り、重なり合っていた秒針は、短針と長針で少しずつずれはじめる。
　止まらない時間。鐘の音は、二人が積み上げた城の終わりを告げていた。
　


END