最終章 白ノ娘 パート1
「いつまでここにいる?」
厳しい雪が終わりを迎え、雪解けが進んでいる野山の様子を旧黄の国の王宮の最上階、かつてリン女王がその生活を営んでいた私室の窓から眺めていたカイト王に向かって、アクが苛立ったように声をかけた。本来の予定では年明けには青の国の王宮へと戻り、帰国次第皇帝に即位するはずだったのである。その予定を三カ月以上も延期しているにも関わらず、カイト王の帰国への意志を一向に感じていなかったアクは、そろそろ潮時だろう、と考えてカイト王の私室へ足を踏み入れたのである。窓の外に広がる、まだ根雪が残る野山の風景から視線を外してアクの姿を瞳に納めたカイト王は、アクに向かって悪戯っぽい笑みを見せると、唐突にこう述べた。
「ゴールデンシティ。」
一体何のことかと不審げな瞳に眉をひそめたアクに向かって、カイト王はアクをからかうような軽い口調で言葉を続けた。
「いつまでも旧黄の国の王都では都合が悪いだろう。だから、新しい地名を考えた。」
「名に、意味など持たない。」
カイトに向かって、アクは不満そうにそう言った。カイトがこの街をゴールデンシティと命名したいのならばそれはそれで構わない。しかし、それ以上にカイトにはやらなければならない仕事があるはずだ。これまでは冬将軍を懸念して帰国を延期してきたという理由に止むなく同意していたが、春を迎えてこれ以上帰国を引き延ばす必要はない。それよりも、一刻も早くミルドガルド大陸の統一を公式に発表し、カイトには皇帝に即位してもらう必要がある。そうすれば、庶民の生活を脅かす山賊どもも恐れを成してその活動を停止させるだろうから。もしそれでも跋扈するというなら、自ら軍を率いて山賊討伐へと出かけても構わない。とにかく、父であるピエールを殺した山賊達はこのミルドガルドから完全に駆逐しなければならない。ようやく訪れた機会に焦る様に、アクはカイトの瞳を強い視線で見つめたのである。その視線を避ける様に僅かな微笑を見せたカイトは、アクが予想もしていなかった言葉を唐突に述べた。
「アク、皇妃になるつもりはないか?」
「・・何を、言っている?」
明らかに挙動がぶれたアクの表情を見つめながら、確かに、俺は何を言っているのだろうな、とカイトは考えた。だが、自身も既に二十歳を越え、そろそろ婚約者の一人でも見つけなければならない年頃を迎えている。皇帝に即位するはいいが、新しく生まれる帝国を未来永劫繁栄させる為には自身の血を分けた子孫が必要だった。その為には妾ではなく、公式に認められた皇妃が必要になる。だが、子孫を残すと言う目的の為だけにアクにそう告げたのか、というとその答えは否。では、かつてミク女王に抱いていた心は嘘だったのか、というとそれも否。結局、悲しみは時間と共に消え去り、人は現実に抱かれて生きる他に術を持たない。では今俺を包んでいる現実とやらを考えると、皇妃にふさわしい人物は常に俺と共に戦いの現場に身を置いていたアクの他に思い当たらない。頭の固い貴族連中は家柄の不足と、貴族としてはあるまじきアクの自由奔放な態度を痛烈に非難するだろうが、血を見ただけで気絶する様な貴婦人が俺と臥所を共に出来る訳もないだろう、とカイトは考え、そしてアクに向かってこう言った。
「冗談ではないが、結論を急いでいる訳ではない。」
「・・冗談にしか、聞こえない。」
この娘は自身が誰かから女性として認識されることなど想像もしたことが無いのだろう。アクが他の男性を見つけて結ばれるという事態も想像しがたたいが、とカイトは考えてから、取り立てて婚姻に関して焦ることも無いだろう、という結論を出した後に、カイトはアクに向かってこう言った。
「初めの質問に戻ろう。三日後に、俺は青の国へと帰還する。無論お前も同行しろ。」
まだ感情の整理が出来てはいないのだろう。戸惑った表情のままでアクは頷きながらも、努めて冷静にこう尋ねた。
「ゴールデンシティの守りは?」
「既に考えている。後ほど全軍に発表するから、そのつもりでいてくれ。」
カイトのその言葉にアクは素直に頷き、そして何か夢を見ている様な足取りでカイトの私室から退出して行った。一人になったカイト王は、いくら強いと言っても、年相応の乙女に過ぎないか、と考え、そして再び視線を窓の外へと戻したのである。
「我々は黄の国王都に残ることになるのですね。」
安堵したようにアレクがテーブルをはさんで向かい合う形で着席しているメイコに対してそう告げたのは、それから数時間後が経過した、夕暮れも近い頃合いであった。場所は以前メイコが赤騎士団隊長であったころから使用している自身の私室である。反乱の後、再び王宮へと戻ったメイコは自然と以前使用していた私室にその居を構えることになったのである。生活も以前のように規則正しい姿に戻ってはいたが、一点だけ、戻らなかったものがある。
「もう黄の国王都という名前は使えないらしいけれど。」
それがメイコの、アレクに対する言葉づかいであった。反乱後、兵士達やカイト王と共に黄の国王宮を訪れた青の国の将軍連中に対しては以前と同じように相変わらずの男言葉を使用しているが、何故かアレクにだけは女言葉を使用していたのである。それはメイコの中で特に意識しているものではなかったが、アレクに対してはその言葉づかいを使用してもいいような気分を感じていることだけは間違いのないことであった。その意味で、メイコはアレクに対しては自らの弱みを見せるほどに全幅の信頼を置いていたのである。ただ、アレクが以前と同じようにメイコに対して敬語を使用してくる点は不満と言えば不満ではあったが。
「ゴールデンシティですか。センスに問題がありますね。」
アレクは、青の国の将軍たちに聞かれたら大問題となりそうな言葉を平然と放った後に、先程謁見室で資料として配られた活版印刷された紙きれをもう一度覗きこんだ。その表題にはゴールデンシティ統治体制という文字が銘打たれている。総統は青の国でも古参の将軍であり、その実力はロックバード伯爵にも匹敵すると言われているシューマッハ将軍である。メイコは一応副総統としての立場を与えられることになってはいたが、その権力がどれほどのものかは想定が付かない。体の良い閑職に追いやられたとも表現出来なくはないが、形式上青の国に占領された格好となる黄の国の軍人としては文句のつけようもない処置ではあった。他、アレクはこの度新設されるゴールデンシティの騎士団、名前だけはかつての精鋭の名を付けた赤騎士団の隊長と言う扱いになっている。そして共に反乱を戦った旧緑の国の魔術師グミは総統付き参謀という立場を与えられることになっていた。
「そういえば、ロックバード伯爵とガクポの恩赦も決定した様子ですね。」
結局、カイト王は俺達を信用するつもりは一切ないらしい、という結論を出したアレクは、何かを諦めたように話題を変えることにしたのである。赤騎士団といえば聞こえはいいが、規模は僅か千名の小規模騎士団に過ぎない。シューマッハ将軍直属となる二万のゴールデンシティ守備隊に比べれば吹けば飛んでしまう様な弱小騎士団に過ぎないのである。一応、反乱の功績を認めて役職だけにはつけてやったぞ、というカイト王の態度に僅かに憤ったのである。
「でも、ロックバード伯爵もガクポも、仕官を蹴る様子ね。」
メイコはさも当然、と言う様子でそう言った。第一、ロックバード伯爵に合わせる顔があるかというと、少なくともメイコには存在しなかった。最後の最後まで黄の国の為に戦い続けたロックバード伯爵がおいそれと青の国の傘下に納まるとは到底思えなかったし、それにもし今のメイコと会えば、どんな表情をするのか。ロックバード伯爵の性格からして怒りに任せて怒鳴り散らすことはないだろうが、ただ悲しげに、無言でメイコの瞳を見つめるのではないだろうか。その想いはアレクも同様である様子で、メイコの言葉に神妙な表情で頷いてから、アレクもまた当然という口調でこう述べた。
「ガクポもまた旅に流れるそうです。傭兵稼業に戻るつもりなのでしょう。」
その、本来傭兵風情のガクポが公式では処刑されたことになっているリン女王に対してどのような感情を抱いていたのかは未だにメイコには分からない。ただ、戦況不利と知るや途端に戦場から逃げ出す、そのあたりに転がっている様な傭兵とは異なる感性で動いていたことは間違いがないだろう。そのリンが実は生きていると知ったら、ガクポはどんな表情をするのだろうか。どこに逃れたのか、皆目見当がつかないが、ルカと共に逃亡している以上、リンはどこか安全な場所で静かな生活を過ごしているに違いない。メイコはそう考えてから、アレクの生真面目な瞳をじっくりと眺めた。アレクには、リンが生きていることを伝えてもいいかもしれない。だけど、まだその時期ではないでしょうね。メイコはそう考えて、僅かに目元を緩めさせた。そのメイコの対応に、アレクにしては珍しく、不思議そうな表情でひとつ、瞬きをした。
ハルジオン73 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「と言うことで、第七十三弾です!」
満「とうとう最終章に突入だ。」
みのり「・・でも、いつ終わるか分からないんでしょ?」
満「分からん。とりあえず、次回作に続く様な格好で付箋張って行くから、予想以上に長くなるかも知れない。」
みのり「とりあえず気長に読んで頂くしかないね。」
満「そういうことです。ということで、最後まで宜しくお付き合いくださいませ。」
みのり「お願いします!では、次回投稿は来週になります。来週も宜しくお願いします!」
満「・・なんかサ○エさんみたいになってきたな・・。」
コメント3
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ご意見・ご感想
紗央
ご意見・ご感想
どもどもおひさしぶりです、紗央です。
前の分の感想もまとめてこっちにのせちゃいますねー☆((
ウェッジかわいそうww(おい
ハクも鈍ちんだねぇ。。
ウェッジ終了のお知らせにはちょいとビビってしまいました(笑
もう少しハクとのやりとりを見たかった*^^
ゴールデンシティですか。センスに問題がありますね
↑に吹いたww
よくぞ言ったっ(違っ
がっくんは自力で(っていってら変だけど。
リンの事を見つけ出してビックリしてほしいです。
さて。(どうしても推理口調になってしまう><
そろそろ、『まっちはっずれの~』の方ですね(音痴?聞こえまっせ―ん
あぁ怖い^^((殴
カイトはそのまま強引にアクと結婚してそうです。
ウェッジはそこらへんを見習え(誰だよww
てかまたウェッジネタっすね。
紗央はウェッジが大好きです(急に何w
あの他のカイトに負けない不憫さが。
でわでわ、長々とすいません^^
終わったら泣きますよーー!!(また急に・・
終わらんで~(無理だっつーの。
でも終わらん物語はないっすよね。。哀しい。。。
次週も楽しみにしています^^
じゃぁぁんけぇぇんぽんっっ(パーっっ
2010/05/24 17:07:25
レイジ
どもども、お読みいただいてありがとうございます☆
>ウェッジ
うん、人気あるんでもう少し登場して貰おうかな、と考え始めました。
いや、こんなに人気が出るとは思わなかった・・^^;
とりあえずウェッジが報われるまでちゃんと書くかな、と考えています☆
ウェッジ、ハクはともかく紗央さんが好きだってよ!!
(無責任な発言スミマセン^^;)
というかカイトが真面目すぎるからそのしわ寄せがウェッジに来ているのか・・???
>アレクのセリフ
うん、なんかアレクいつの間にか毒舌家に・・。
でもメイコだけには逆らわない。アレクも一途なんですよw
>ガクポ
いずれリンとは再会させようかと考えています☆
『ハルジオン』の後の話しになりますが・・。どういう形での再会になるかはお楽しみに☆
>小さな港
歌詞をつなげてみた^^;
もう書くことは考えてるから、楽しみにしていてくださいね☆
まあ、『ハルジオン』はもうすぐ終わりますけど、俺の妄想が尽きることはありませんww
もうしばらくこの世界にどっぷりとつかって頂きたいと思います?。
それでは来週のサ○エさんは!?←それ違う^^;
2010/05/24 23:43:11
sukima_neru
ご意見・ご感想
こんにちは。
まさかカイトがアクに告白するとは・・・その発想は無かった。
てっきり養子にでもするものだと思い込んでた。
この後、ロックバード伯爵やガクポがどのように登場するのかが楽しみです。
>「さぁ~て、来週のハルジオンは?」
ツボでしたw でもそれやると大分ネタバレいりますね。
サザエさんといえば三本立て。なら投稿3つ・・・レイジさん無理はしないで下さいね。
2010/05/24 15:49:43
レイジ
続いてコメントのお返事第二弾です☆
>カイアク
sukima_neru様も意外でしたか・・^^;
確かに父親っぽい態度だったかも知れません。。
実はもっとドロドロした関係にしようと思ったんですけど(実は肉体関係だけ持たせるという案も当初ありまして^^;)、ただ十代前半の若い読者が多くなってきたので、まだまとも?な関係にしようと考えてカイトの告白となりました。
まあ、もう二十も後半になると所謂純愛なんて難しい訳で・・。カイトはまだ二十歳すぎの設定ですけど、そのあたり大人の(そして僅かに妥協が入る)恋愛を展開していくのだろうと思います。
そのあたりがハク×ウェッジやメイアレとは違う部分ですかね・・。
>「さぁ?て、来週の(ry」
ツボりました!?んじゃあ来週やらせてみようかな・・。
投稿三本ですか?。まあ、大丈夫ではないでしょうか。いつも4、5本投稿してますし^^;
僕も早くラストが描きたくてうずうずしているので、多分すらすらと書けると思います☆
では来週のハルジオンもご期待下さい☆
2010/05/24 23:32:35
lilum
ご意見・ご感想
どうも。たまたま新着をチェックしたら見つけたので早速読ませて頂きました。
まさかのカイト×アク!
64の最後あたりのは、どちらかと言うと「ああ、父親代わりっぽい心境なのかなぁ。」と勝手に考えていたので予想外でした…。これからどうなるかとても気になります。
そして、とうとう最終章突入ですね…。原曲の後半の『あの展開』が近付いていると思うと今からもうドキドキです。(と同時に以前も言いましたが「終ってしまう(T-T)」という寂しさもつのっています。)
次回も楽しみにしています!頑張って下さいね!
2010/05/24 00:49:19
レイジ
早速読んで頂いてありがとうございます☆
ってかコメント読んでると結構カイアクって皆さん意外だったみたいですね^^;
父親ぽかったですか・・そうですかww
世の中には『光源氏計画』という壮大な計画があってですね・・(笑)
実はアクが登場した当初からいずれはこうするつもりでした^^;
だからカイトが妙にアクに対して優しかったんですが・・。
これからの二人にも注目してみてください。
>あの展開
そうですね、そろそろです・・。
もう書く内容は決めているので僕も早く書きたくてうずうずしているのですが、もう少し『ハルジオン』の世界を堪能したかったり・・。ご期待に添える様な作品になるように、最後まで頑張ります☆
ではでは、次回もお楽しみくださいませ♪
2010/05/24 23:15:02