9.白日の下の乙女たち

怪盗ゆかりんの後を、多数の警察官たちが走って追いかけていた。
「ゆかりん!待ちなさーい!」
彼らの先陣を切るのが、その俊足で県警ナンバーワンの犯人検挙率を誇る桐生だ。
「待てと言われて待つ人はいませーん」
後ろを振り返りつつ、ゆかりんは桐生の売り言葉を素直に買い上げた。公道にも関わらず、普段見る事の無いたくさんの警察官たちが走っている様を見て、道行く人は思わず道を譲ったり、反対側の歩道から唖然として見過ごしたりする者が多かった。一方、桐生の言葉に流されなかった者の一部に、パトカーを使って追跡を試みた者たちがいた。パトカーのサイレンが響き、緊迫感が周囲を包む。
「うさりん!パトカーを妨害して」
「はいはーい。うさりんスモーク!」
ノリノリのうさりんはその口から非常に煙幕を吐き出し始めた。空気中に放出されると何百倍にも膨れ上がり、うさりん以降の視界は完全に遮られる。その煙はあっという間に車道にも広がり、車を運転している警察官は安全優先の為パトカーでの追跡を諦めた。一分ほど煙幕を撒き散らすと、パトカーのサイレンは聞こえなくなり、ゆかりんを追う警官たちの姿も多少は減っていた。だが相変わらず桐生を始めその精鋭たちは追いかけるのを止めない。
「残りの警官さんたちを減らしたいんだけど、何かある?」
いくらゆかりんとて、いつまでも走っていられるはずなどなかった。
「うさりんレーザー(微)ってのがあるけど。殺傷能力は文字通り微弱だから足止めにはなるよ」
「うん。それやろう」
ゆかりんは立ち止まり後ろを振り返ると、手を後ろに回し、腰の左側から下がるうさりんを警察官たちに突き出した。
「うさりんレーザー!」
ゆかりんの突然の転調に、桐生は違和感を覚えた。そしてあのポーズは先日博物館で見たレーザー光線の射出の体勢だった。
「いっけぇーーー」
ゆかりんの左手が桐生の目の前に突き出されると、まばゆい光がゆかりの腰から放たれた。身の危険を感知し、桐生はとっさにゆかりんの直線状から飛び出した。次の瞬間、まばゆい光が警察官たちを襲う。悲鳴や苦痛の声を上げながら、大の男たちが次々と倒れていく。ゆかりんの思惑通り、追い掛けてくる警察官を減らせた。ゆかりんはまた前を向き走り始めた。桐生は飛び出した時体勢を崩したので、立ち上がるまでに手間取ってしまい、ゆかりんに距離を取られてしまう。レーザーの巻き添えにならなかった警察官たちに向かって叫んだ。
「追い掛けて!」
勇気ある警察官たちは得体のしれない攻撃を繰り出すゆかりんを追った。桐生も立ちあがると、履いていた靴を脱ぎ棄てて彼女の後を追う。本気になった桐生はあっという間に警察官たちをごぼう抜きにし、再び先頭に躍り出た。
「こらーっ!危ないじゃない!」
と桐生はゆかりんに一喝。
「すっご!もう復帰してきた」
桐生のバイタリティは並大抵でない事を思い知るが、それに付き従う警察官たちの士気がより一層高まるのである。
「このままじゃ埒が明かないよ?」
うさりんが尋ねると、ゆかりんは手にしているステッキを天高く振り上げた。
「うさりん、飛んで!」
ゆかりんの助走で勢いが付き、その仕上げとして両足で思い切り踏み込み、夜空に向かって大きく飛び上がった。すると足が地面から遠退いていく。次第に上昇していくと、遂に追い掛けてくる警察官たちの手には届かない高度までくる。
「ゆかりん!これで勝ったと思わないでね!」
負け惜しみを言う桐生を尻目に、ゆかりんは下の人間たちに手を振ると、葛流のビルの合間に消えて行ってしまった。立ち止まり、肩で息をする警官たち。彼らは確かに負けた。だが桐生はとても胸の空くような思いだった。怪盗ゆかりんとの対決。傍から見れば単なる追いかけっこに過ぎないが、彼女が専属捜査官としてようやくそれらしい仕事ができた。だがそんなものは後付けでどうとでも言えよう。単純に彼女との追いかけっこが楽しかった。それだけだ。

警察官から逃れたゆかりんは、自宅近くのビルの屋上に降り立った。傘はステッキに戻り、変身を解こうとした時だった。
「怪盗ゆかりん。待っていたぞ」
「だれ?」
建屋の上の貯水塔の影から、黒いスーツを着た筋骨隆々の男が現れた。あの男にゆかりんは見覚えがあった。教会襲撃事件の前に地上げ屋として着ていた大柄な男だった。男は建屋から飛び、ゆかりんの目の前に降り立った。
「手合わせ願おう」
そう言うと男は腰を落とし、拳を構えて臨戦態勢に入った。
「え?なになに?」
突然の出来事にゆかりんは混乱していた。すると、何も言わず鋭い拳がゆかりん目掛けて飛んできた。すかさず避けたが、男は反対側の拳をさらに繰り出す。さすがのゆかりんもこれは避けきれず、受け流し、反撃に転じる。そのまま男の懐ににじり寄り、肘で喉元を突こうとした。男は急所を狙われていると気付き、後ろへ飛んで攻撃を避けた。とはいえ、それでゆかりんの攻撃は止まなかった。後退後も隙を作らず食らいつき、飛び上がってステッキで頭に殴りかかった。素早い対応に男は脇に転がって一撃をやり過ごす。
「なかなかだ。悪くない」
男が立ちあがりながら言うと、着ていた黒いジャケットを脱いだ。ゆかりんもこの男と数回取っ組みあったが、かなりの実力者である事が嫌でもわかる。とはいえ、先ほどの逃走劇のせいで体力は十分使ってしまい、今は手練れの男との殴り合いとなっている。そう長い時間戦えるはずなどなかった。
「あなた何者?明らかに一般人ではないわよね?」
「応ずる義理は無し。だが拳なら・・・」
男はダッシュから右ストレートをするが、ゆかりんは受け流し、その勢いで相手を投げ飛ばした。だが男はその行動を予測していたようで、両足で着地をすると勢いのある鋭いハイキックをゆかりんの顔目掛けて放った。
「あっそーですか!」
ゆかりんもそれに応ずるように天をも突くハイキックを打った。互いの足が接触し交差すると、ゆかりんはにんまりと笑うのだった。男も不敵に口角を上げる。するとどうだろう。高く上がったゆかりんのつま先からうさりんが顔を出していた。
「うさりんフラッシュ!」
うさりんのつぶらな瞳から、溢れんばかりの光が放たれた。いくらサングラスを掛けているとはいえ、目の前で放たれてはサングラスの意味などなかった。
「うわっ!」
眼を抑え後退すると、ゆかりんはその隙に屋上から脱出するため、欄干の上に立った。
「ウフフフフ。じゃあねー」
と男にそう言い残すと、傘に掴まってビルから飛び降りた。
「あの人なんだったんだろうね?」
「熱烈なファンなんじゃないかな」
うさりんは冗談交じりに答えた。
「ああいうヤバめのファンはお断り」

怪盗ゆかりんと警察官たちの追走劇から一夜明け、今日もまた春らしい陽気に包まれている。ポカポカとした陽気にうとうとしながら朝の電車に揺られていると、この場では意外な人物から声を掛けられた。
「ゆかりさん」
聞き覚えのある声。それはあのずん子だった。
「あれ!珍しい。今日はどうしたの?」
「はい。今日からこっちの電車で通う事にしました。隣に座っても宜しいかしら?」
ゆかりはどうぞといい、ずん子に着座を促した。
「今日初めてこの電車に乗りましたけど、凄く落ち着きますね」
「うん。私も好きなんだ」
「いつものこの時間は、常総新線ですし詰めでしたから」
「犯人らしき男が逮捕されたって、新聞に書いてあったね」
「ええ。ゆかりさんに教えてもらってみましたけど、やっぱりあの男です」
「掴まってよかったね」
「その犯人を捕まえたのが、今ネットで話題の怪盗ゆかりんって噂なんですって」
「へえー」
ゆかりはさり気無く聞き流した。だがずん子はまだ何か聞き足りなさそうに、話題を続けた。
「写真はアップされていませんけど、橋上駅からジャンプで逃げていったっていうところを多数の人が目撃して書き込んでいますからね」
「そうだよね」
ゆかりは興味の無い風に言った。だがずん子は彼女の耳元に口を近づけ、そっとこう言った。
「ゆかりさん、実は怪盗ゆかりんでしょ?」
ゆかりは思わず笑ってしまった。朝にもかかわらず女子高生の元気な笑い声が、電車を包んでいる緩やかな空気を打ち破った。
「アハハハハハハ。マキちゃんにも同じ事言われたんだけど」
「あら?お家で考えてきた渾身のギャグはもう使われちゃってたんですね」
「ってギャグかい!」
ずん子はニコニコしながらいうと、ゆかりは呆れながらずん子の肩にツッコミを入れるため、手の甲でポンと叩いた。

下車駅である粕平に到着し改札を出ると、赤い自転車にまたがったマキが待っていた。
「おはよー!あれ?ずんちゃんどうしたの?」
「おはようございます。今日からこの電車で来る事にしたんです」
昨日の出来事が嘘のように、ずん子は平然と答えた。
「それじゃあ今日から三人一緒に登校できるね!」
小さくガッツポーズするマキ。そんな彼女は妙に嬉しそうだった。
「ずんちゃん、風邪はもう大丈夫なの?」
ずん子はうんと返事をすると、ありがとうとお礼を言った。昨日の事件は新聞に載ってはいたが、ずん子の名前は本人のプライバシーもあり伏せられている。だがこの街の情報通や察しの良い人間なら既に気付いていた。故にマキは昨日の出来事など知らない。
「ゆかりさんにも来てもらって、色んな人に迷惑を掛けてた。そういえば、マキさんが毎週行っている教会は大丈夫だったんですか?」
教会の襲撃事件は新聞の記事になっており、ずん子も既に知っていた。
「ああ、ずん子ちゃん知ってたんだ。実はさる大企業の慈善事業の一環で、教会が移転する事になったんだよね」
「へぇ。近く?」
とゆかりは尋ねた。彼女とて事件の一部を目撃した人間だった。
「今のところから遠くなるんだけど、それでも新しく建て替えてくれるんだって。御影さんたちの家も新しくなるから喜んでた」
だが、マキが一番喜んでいたのはそれではなかった。
「教会の宝物が戻ってきたんだって」
ゆかりは自分が御影に直接渡した純銀製の十字架の事を思い出した。
「あの教会が代々守ってきた物だから、御影さんすごく安心してた」
ずん子は誰が取り返したのか察しが付いていたが、あえて彼女に聞いてみた
「誰が取り戻してくれたの?」
「ああ、慈愛に満ちた不思議な女の子が取り返してくれたんだよ、って言ってた」
「それって、怪盗ゆかりんなんじゃないかな?」
と、ゆかりが言った。
「ああ。ゆかりんか・・・あり得るかも!」
宝石窃盗未遂事件以降、怪盗ゆかりんを英雄視していたマキだからこそ、その喜びは一入だった。
「やっぱり、この街の守り神なのかもね!」
マキは満面の笑顔で二人に問いかけると、ゆかりもずん子も力強くうなずいた。女子高生三人は、仲良く通学路を歩いていく。爽やかな空の下、春の麗らかな風が吹く。怪盗ゆかりんの物語はまだ始まったばかりだ。





♪エンディングテーマ
【オリジナル】空色サウンドノート ver.℃iel【潮見ひろ】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19626622
作詞・作曲:潮見ひろ
歌    :℃iel
※ ご試聴の際は当作品に関連のあるコメントは控えてください。






















時は少し遡る。

ビルの屋上で怪盗ゆかりんと拳を交えた環島は、うさりんフラッシュの餌食となりまんまと逃げられてしまった。視力が回復し、ビルから引き上げようとした時、ポケットの携帯電話が鳴り響いた。出ると、送話口から聞き慣れた人物の声がする。
「はい。私です」
「・・・」
「ええ、順調です。教会の買収には成功しました」
「・・・」
「はい。USCOが関与している事は誰にも」
「・・・」
「既に警察にも手は。痕跡は残りません」
「・・・」
「身に余るお言葉。ですが全てあなたのご指示によるもの」
「・・・」
「お孫さまですか。たった今手合わせしました。私の師匠仕込みだけあって侮れません」
「・・・」
「ええ。訓練生時代を思い出すようで。感動すら覚えました」
「・・・」
「その通りです」
「・・・」
「はい。悲願のご対面も、もはや時間の問題かと」
「・・・」
「そちらも万事順調です。怪盗がご令嬢と接点を持つのは計算外でしたが」
「・・・」
「気付かれた可能性はありますが、今の段階では危険ですので、監視を続けます」
「・・・」
「はい。仰せのままに」
環島は電話をポケットにしまい、放り投げたジャケットを拾い上げ埃を手払いすると、再び袖を通して何も無かったかのような顔をして屋上から立ち去った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!#9(終)【二次小説】

怪盗ゆかりん、最終回です。

まずは原案者であるnami13thさん、宵月秦さん。
小説投稿にあたり寛大なご対応ありがとうございました。
そして楽曲借用を快くご承諾下さった潮見ひろさん。
素敵な歌声の℃ielさん。
私の我がままにお付き合い下さりありがとうございました。
そして最後に、ここまでお付き合いいただいた皆さま。
本当にありがとうございました!

平時は別サイトにて活動しております。
宜しければ覗いてやってください。
近い将来、別作品の連載投稿をしたいと思っています。



原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
http://piapro.jp/nami13th
キャラクターデザイン:宵月秦
http://piapro.jp/setugekka_sin

エンディングテーマ:【オリジナル】空色サウンドノート ver.℃iel【潮見ひろ】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19626622
作詞・作曲:潮見ひろ
http://glassplots.net/
歌:℃iel
http://cielbleu.qee.jp/

著作:多賀モトヒロ
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night
モンハンの二次小説書いてます。

前回:8.傷心少女と家族の絆
http://piapro.jp/t/sJZf

See you next time!!

閲覧数:822

投稿日:2013/09/15 23:05:26

文字数:5,214文字

カテゴリ:小説

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  • たがーる(多賀モトヒロ)

    mocoreiさんへのお返事が個人宛になっていたため、転載します。

    こんばんは。
    メッセージありがとうございます。
    最後まで読んでいただいて光栄の至りです。
    ですが、作品の続きを書く予定は今のところありません。
    今作のコンセプトが歌詞に倣う事にあり、
    これ以上書くと私の色合いが強くなり、
    作詞・作曲された方の意図が弱まってしまうからです。
    ですので文末の会話は話を盛り上げる演出ということで
    ご了承いただければ幸いです。

    2013/09/18 21:56:17

  • みけねこ。

    みけねこ。

    ご意見・ご感想

    初めまして。
    怪盗ゆかりん、最後までお疲れさまでした。
    聞いたことがある曲だったので、読んでいました。
    とても続きが気になる終わり方なので、最後までゾクゾクしました。
    怪盗ゆかりんで次を書いてほしいです!
    お月さまにお願いしておきますw

    2013/09/15 00:09:36

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