第二章 ミルドガルド1805 パート4

 「苦い。」
 メイコが丹精込めて淹れた紅茶に対するリーンの一言目はその言葉であった。
 「私が淹れれば良かったかしら。」
 続けて、ルカがその様に評価を下す。その言葉に後悔している気配を感じたメイコは、恐縮しきりという様子で肩を縮めると恥ずかしそうな口調でこう答えた。
 「そ、そうかしら。」
 軍人としての威厳の欠片もなく、軽く頬を染めて弁解に走る姿はこれまでの長い間メイコと触れ合ってきたルカであっても初めて見る姿であった。意外な一面を持っているものね、とルカは考えながら、明らかに濃い色合いを持つ、苦味がふんだんに込められた紅茶を木製のテーブルの上に置くと、ルカと同じように表情をしかめているリーンの姿をもう一度視界に収めた。外を歩く時に着用していたナプキンは既に取り外しており、彼女が本来持つ黄金の髪をさらけ出しているリーンは、リンの姿を見慣れているはずのルカであっても同一人物と見まがう程度に良く似ていた。まだ男女の差異が存在していたリンとレンの方が違いを区別しやすかったわね、とルカは考える。だが、そこから発生する気配は明らかにリンとは異なっていた。先程リーンが答えたように、私達とは異なる時代から訪れたのだろう。この時代の人間が持ち合わせていない、不思議な気配がリーンの体内から放出されていることが如実に理解できたのである。だけど、とルカは考え、もう一度紅茶を飲もうと無意識に伸ばした右手をその手前で硬直させると、続けてこの様に考えた。
 リンとリーンは、魂を共有している。
 魔術師としての感性を活用させて、人が持つ根本的な精神体にリンとの共通点を発見したルカは、或いはリンの子孫なのだろうか、と考えてからリーンに向かってこう言った。
 「リーン、この後はどうするつもり?」
 全ての事象は必然の出来事だ。ならば、リーンがこの時代を訪れたと言うことは何かの必然があるはず。それが何なのかは分からない。だけど、私ですら扱うことが出来ない時間軸の移動を何らかの力を使ってこのリーンはこの時代に訪れた。それが誰かから、或いは神と表現すべき何者かから誘導されたものなのか、それとも自らの隠された力によるものであるのかは今の時点では推測がつかないけれど。
 「分からないわ。ただ、元の時代に戻りたい。いいえ、戻らなければならないわ。」
 テーブルの上で、強く両手を握りしめながらリーンはそう言った。その瞳に光る強い意志を真正面から受けたルカは、成程、生きた時代は異なっていてもリンとは似たような性格を持っているらしい、と考え、リーンに向かってこう答えた。
 「私でもその方法は分からないわ。でも、貴女がここに来たことには必ず意味があるはずなの。」
 「意味・・。」
 ルカの言葉に、リーンは何事かを確認するようにそう呟いた。その言葉に静かに頷いたルカは、更に言葉を続ける。
 「ひとまず、ルータオに来るといいわ。」
 ルカがそう言った時、リーンが驚いた様な声を上げた。
 「ルータオに?」
 その反応には流石のルカであっても驚き、そしてこう尋ねた。
 「ルータオを知っているの?」
 「知っているもなにも、あたしの出身はルータオだもの。」
 「そう。」
 この関連性。やはり、リーンはリンの子孫なのだろうか。あの娘が、レンに対する思慕を忘れて、或いは持ち続けたまま別の男性の妻になる。今のリンの姿からすればそれは到底考えられるような状態ではない。リンは未だにレンの為に小瓶を流し続け、こうして二人の誕生日には自らの手でブリオッシュを焼き、ハルジオンを摘んでルカに墓参りを依頼するのである。自身が生きているという事実に対する危険性さえなければ、自らの足でレンの墓参りをしたいと考えているはずだった。
 「それなら却って好都合だわ。とにかく、リーンに会わせたい人がいるの。」
 続けてそう告げたルカに対して、リーンは軽く首をかしげると、ルカに向かってこう尋ねた。
 「会わせたい人?」
 その言葉にルカは深刻な瞳で頷き、そして慎重に、声を落とした状態でリーンに向かってこう述べた。
 「元黄の国の女王、リンよ。」

 リン。
 その言葉に、リーンはもう一度思考が混乱してゆくことを自覚した。リン女王に会わせたい。何を言っているのだろうか。リン女王はこの時代から見ても四年前に処刑されたはずであり、第一ほんの一時間ほど前にそのリン女王の墓参りをしてきたばかりではないのか。
 「リン女王はもう亡くなっているのでしょう?」
 そのリーンの問いかけに対して、ルカは静かな口調でこう答えた。
 「いいえ、リンは生きている。あの時、別人が処刑されたの。自ら身代わりとなって。」
 「身代わり・・。」
 「処刑されたのはレン。リンの兄上に当たる人物よ。」
 レンが、処刑されていた。その事実はリーンに決して小さくない衝撃を与えた。歴史書によれば、レンの生死どころかその存在すら不明とされているのだ。だとすれば、この五年後に突如現れたというレンはやはり別人なのだろうか。あのレンが。夢の中に出て来た、自身に良く似た少年の姿を思い起こしながら、リーンはルカに対してこう言った。
 「じゃあ、あのお墓には・・。」
 「レンが眠っているの。リンは今、ルータオの修道院で静かに暮らしているわ。」
 「ルータオ修道院で・・。」
 その言葉を耳にしながら、リーンはかつて両親から聞いた話を思い起こしていた。リーンとハクリの祖先は市民革命の頃にルータオの修道院で出会った。そして、リンはあたしに酷く似通った顔立ちをしているらしい。時代はほぼ間違っていない。そして、場所は完全に一致している。これは偶然なのだろうか。あたしが金髪蒼眼を持っているのは、リンの血が、即ち黄の国の王族の血がこの身体に流れているからだろうか。そう言えば、父親も、祖父も、見事な金髪蒼眼を持つ人物だった。もしかしたら、ハクリのご先祖様に会うことも出来るのだろうか。リーンがそこまで考えた時に、それまで沈黙を続けていたメイコが口を開いた。
 「でしたら、ルカ殿。私も同行させて頂けませんでしょうか。」
 その言葉に、ルカは僅かに眉をひそめ、そしてこう言った。
 「私もリンも、貴女を許した訳じゃないのよ。」
 「十分に承知しております。しかし、いずれ私はリン様に申し上げなければならないと考えていたのです。レンの意志を。何があってもリン様をお守りしようとした想いを。」
 強い口調でそう言い切ったメイコに対して、ルカは軽い溜息を漏らした。一体どうするつもりだろうか、とリーンがルカを注視して数秒、ルカは呆れた様子で口を開き、そしてこう言った。
 「副総統殿が不用に外出してもいいものかしら。」
 その言葉に、メイコは寂しげな笑顔を見せると、こう言った。
 「副総統など、名前だけの役職です。実質無職のようなものですから、地方の視察に行くと言えば許可が下りるでしょう。」
 「なら。」
 メイコに対して、芝居がかった様相でルカは肩をすくめると、諦めたようにこう言った。
 「いいわ。ただ、リンに会うときは覚悟していなさい。」
 それに対してメイコは、強く、そして深く頷いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story 22

みのり「第二十二弾です!」
満「ということでメイコの紅茶復活だ。」
みのり「めーちゃん・・相変わらず料理が下手。。」
満「まぁ、な。」
みのり「ということで、続きは来週です☆」
満「来週は懐かしのあのキャラが登場する予定だ。」
みのり「楽しみにしていてね☆それではまた来週お会いしましょう☆」

閲覧数:381

投稿日:2010/07/26 00:12:11

文字数:2,981文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんにちは。
    あー次の日曜日が気になります。(やっと夏休み入れるんで、夜遅くでも見れる!)
    夏休み明けには体育祭があるので練習しないといけないんですが、日曜日を励みにして頑張ります。
    レイジさん、更新がんばってください。応援してます!

    2010/07/26 17:28:24

    • レイジ

      レイジ

      おお、昨日に引き続き三通もコメント頂き、本当にありがとうございます☆

      結構寂しがり屋なのでコメント頂けると本当にうれしいです!
      今後とも宜しくお願いしますね♪

      もう夏休みですかぁ・・羨ましいなぁ。(日本の社会人に夏休みと言う言葉はないので・・せいぜい一週間程度のお盆休みくらい^^;)

      運動は苦手ですか・・?
      いや、俺も苦手なんですけどね!!
      (まともな運動部に入部したことがない・・^^;)
      体育祭、頑張ってください☆
      僕の小説でお力になれるなら幸いです☆

      では、次の日曜日も宜しくお願いします☆
      お読み頂き、本当にありがとうございました♪

      2010/07/26 23:00:53

オススメ作品

クリップボードにコピーしました