日が昇って日が落ちて月が昇って月が落ちて、明るくなって暗くなる。目が覚めて眠る様に気分の明るい日暗い日ある様に天気は毎日変わる。
僕は晴れた日が好きだ。晴れた日には毛布がふわふわになるし遠くへ行ける。 僕は雨の日が嫌いだ。寒いしうるさいし毛布も気持ちよくない。
雨もいいぞなんて爺ちゃんは言っていた。大人になればわかる、雨の日にも良いものはある。
大人になるってそんなにすごいことなんだろうか。友達は僕よりも大人だけれど雨は寒いから嫌だと言っている。それは爺ちゃんと比べたら友達が子供だからなのか好き嫌いの問題なのか僕にはわからない。
僕にはわからないこと知らないことが山のようにある。この町の外側には何があるんだろう。夜と朝の境目はどこだろう。太陽はどこにいくのだろう。僕は何者なんだろう。寝てる間に何が起きてるんだろう。
僕は知らないことがいっぱいある。だから冒険するし、たくさん知ってる爺ちゃんや友達が好きだ。だけどもし僕が爺ちゃんや友達よりも物知りになったら嫌いになるだろうか。いや、ならないだろう。きっかけがたまたまそうだっただけで、爺ちゃんは爺ちゃんだし友達は友達だ。そんな理由では嫌いには僕はならない。
「うわっ!」
足を滑らせて落ちるところで夢から覚めた。現実味がありすぎて本当にコンクリートに頭を打つんじゃないかとひやひやした。もちろん家の中にコンクリートはないけど。
ここ最近へとへとで帰ってくるから夢も見なかったのに、見たと思ったら怖い夢だよ。良いことが無いんだから夢の中ではせめて良いことがあってほしい。
ここ数日休むことなく師匠の情報が落ちてないか東奔西走探し回ってみたけれど何一つ進歩がない。友達も口では嫌々言いながら手伝ってくれてるのにこれでは申し訳ない。代わりに面白い話をと思ってもそんな都合良く面白いことは起こらない。思い通りにいかないのが世の中だ。
そんなわけで思い通りにいかない今日は朝から雨降りだった。どこにも行けない恨めしい雨だ。三日連続の雨だ。こんな日でも友達やその仲間達は普段通りに活動してるのだろうか。
僕と友達の生き方は正反対だ。友達は自分自身を誰よりも信じて生きている。だから自分の思ったことは言うし相手と意見が食い違えば押し通そうとする。
友達は自分が常に正しいと信じている。だからこそ僕は友達を心強く思えるし頼りたいと思う。
僕は僕が常に正しいとは思えない。いつでも僕の考えは抜けてるし間違ってるし欠けている。だからこそ誰かを頼るし冒険するし確かめる。僕にとって友達も爺ちゃんも憧れる存在だ。
背を反らしぐっと伸びをする。家の中に閉じ籠っていてもどうしようもない。果報は寝て待てなんてのんびり屋の爺ちゃんの言葉を真に受けてじっとしてたら友達に顔向けができないじゃないか。幸いうちには誰もいない。先に帰ってくれば何事もなく一日が終わる。
それに言ってたじゃないか。雨の日も良いことがあるって。鰯の頭も信心から。結果が出ようと出まいとそこは重要じゃない。やるかやらないかだ。やって失敗して雨に打たれてもそれがどうした。うじうじしてても何も始まらない。
僕は家を飛び出した。
情報は一から改める必要がある。いくら爺ちゃんがボケていてもまさか昨日一昨日のことを忘れたりはしないだろう。そもそもボケてる訳じゃなくて新しいことを知らないだけなのだ。多少のはぐらかしは覚悟の上だ。
普段の晴れた日なら何ともない道も雨が降ると土も泥になって走る度に身体に跳ねる。足が地面に着く度にびちゃびちゃと地面が音を立てる。晴れた日にはなかなか無い感覚だ。水溜まりを駆け抜けるなんて普段は汚れるから出来ないけれど、雨が降ってるんだから今更気にもならない。けどま、後でしっかり洗わないと家の中に入れてもらえそうにない。爺ちゃんが身体をきれいにする良い方法を知ってるだろうか。友達でもいいけど。
普段以上に走る車と雨が世界を狭め、思ったように先に進めない。あんな簡単に通っていた道なのにまるで初めて来たみたいだ。身体は汚れるし寒いし雨宿りできそうな場所はまだ先だし、良いことなんて一つもない。それでもここまで来た以上は後戻りできない。
戻る意味もない。ただ走る。ひたすら走る。走って先に進むしかない。結果がどうとか今がどうとか意味とかそんなこともうどうでもいい。ただ走って急がなきゃいけない、そんな気がする。確信はない、けれどそんなもの今まで一度だって無かったじゃないか。
由無し心を振り払い、僕は走る。
「雨ってのはどうも好かねえな。ばらばらうるさいわ濡れるわで敵わん」
「人数が減るのは好都合なんだろ。全く若い奴は言いたい放題だ」
「自分の事を棚に上げて勝手抜かすなよジジイ、それともボケて忘れたか」
「カッカッカ、丸くなりこそすれボケはしねえ。刺抜き地蔵様のお陰よ」
「人間の造ったただの石にそんな力があったとはね、俺もまだまだ知らないことがあるもんだな」
「毛嫌いしてるだけだろう」
「違うね、俺は俺が好きなのさ」
「そんなものは口先だけだろう。生まれたときからお前さんを見てるんだ、すぐわかる」
「チッ、相変わらず口だけは軽快なジジイだ……」
「歳は取りたくないもんだな。身体が言うことを聞かなくなってきやがる」
「地蔵様の力はどうした」
「地蔵様でも命までは面倒見てくだされねえ。むしろここまで生きれたんだ、感謝すべきだろうな」
「…………」
「わざわざ雨ん中来たんだ、与太話だけして帰るつもりじゃないだろ。大方予想は着いてるがな。チビのことだろう?」
ドキッと胸が高鳴る。友達の姿が見えたから思わず隠れたけど何で隠れたんだろう。そりゃ友達がいることが予想外だったからだ。爺ちゃんと友達が知り合いなのは別に驚きもしないけどこういう形で出会うのはなんだかすごく気まずい。何より話してることが話してることだけに出るに出られない。このまま聞き耳を立ててもばれることはないだろうけど。
そう思っていた矢先だ、寺の裏に人間がやって来たのは。ここからは足しか見えないが恐らく一人だろう。全く、なんてタイミングの悪い。話が中断されるじゃないか。予想通りと言うか、真っ先に動いたのは友達だった。動いたと言うか、逃げた。なんと言うか、雨の中でも迷い無く走れるのはさすがだ。人間嫌いもここまで来ると尊敬できる気がする。気がするだけだけど。
残念ながらと言うべきか、人間の姿はすぐになくなった。これじゃ友達もただの逃げ損だ。果たして戻ってくるのだろうか。
「臆病は相変わらずか」
爺ちゃんは誰に言うでもなくぼやいた。どうやら独り言でも声がでかいらしい。
「ありゃ自分の寝床に戻ったな。諦めの良さも相変わらずだ。チビなら逃げも隠れもしなかったろう」
思いきり隠れてるけど。
「とは言えこの雨だ、無事に帰れたのか気になるな。お天道様に聞くにもいかん。誰か見てきてくれんか」
僕は気付かれないように寺を出た。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想