「歌えないのにボーカロイド・・・ねぇ」
「正確に言えば、歌えないのではなくて、音程が合わせられないんです。・・・どうせ、私は音痴ですよぅ。本家のボーカロイドの足元にも及ばない出来そこないですよぅ・・・」
部屋の片隅で膝を抱えて縮こまるなんとも卑屈なボーカロイドを眺めつつ、俺はこれからの先行きに不安を感じていた。
ボーカロイド“弱音ハク”。ボーカロイドには何種類かのモデルが存在するが、俺は弱音ハクなんていうモデルネームを聞いたことが無かった。
初めは、どっかのモノ好きが個人的に作成した訳ありボーカロイドなのかとも思ったが、形式ナンバーは初代のボーカロイドから受け継がれているXMナンバーだし、耳につけているヘッドフォン型の外部接続インターフェイスにナンバー打刻がされているのも確認した。
つまり、弱音ハクは正式な工場ラインで製造されたボーカロイドだという事だ。
・・・というか、さっきから俺はコイツの事をボーカロイドと言っているが、それはちょっと違うのかもしれない。
どうやら、ハクは歌う事を目的として製造されたものではないようなのだ。
本人曰く、マスターとの会話に機能の重点を置いた、正真正銘のお喋りロボットらしい。
音楽作成が目的でないならば、珍しい物好きなうちの両親が、
懸賞品として出されていたコイツに目をつけたのも分からなくは無い。
(でも、単なるコミュニケーションロボットにしても、この見た目はちょっと違う気がする・・・)
袖無しのシャツと裾の広いパンツは、ダンスのインストラクターっぽい印象を受ける。
それはそれで構わないのだが、へそ出しルックだったり、胸元が少し開いていたり、やけに露出が高いし、おまけに、他のボーカロイドと比べてもスタイルがとても良いので、健全な男としては目のやり場にとても困ってしまう。
・・・ロボット相手に邪な考えが浮かんでしまう俺は本当にどうしようもないな、と心底反省した。
「・・・あの~、さっきから私の事を見ているようですが、何かありましたか?」
「え? あ・・・いや、少しぼーっとしてただけだ。気にしなくてもいい」
指摘され、咄嗟に言葉を返すが、明らかに挙動不審な態度をとってしまった為か、ハクは不思議そうな面持ちを浮かべている。
とてつもなくやりづらい。この雰囲気の中でこんなやりとりをする生活が一ヶ月間も続くのかと考えると、ちょっとだけ胃が痛い。
・・・実際問題、ハクをスリープモードにしてしまえば、この問題は解決する。
けれども、俺はその方法をあまり快くは思っていないので、実行に移すつもりは無かった。
例え機械とはいえ、相手は自分の意思を持った存在だ。意思を持っているイコール、自分と同価値の存在だと俺は考えている。
だから、俺の勝手な都合でハクの自由を制限したくはない。それをやるぐらいだったら、一ヶ月間、気まずい中に身を置く方がマシだ。
・・・などと、悲観的に物事を考えていても仕方が無い。こんな幽霊みたいなオーラを醸し出していても、ハクはコミュニケーションロボット(自称)だ。今はまだこの環境に馴染んでいないだけであって、
慣れてくればもっと明るくなってくれるかもしれない。まずは、互いにうち解けあわなくては始まらないってものだ。
「そういや、まだ俺から挨拶をしてなかったな。まぁ、知ってると思うけど、名前は大月 遼(おおつき りょう)だ。これから一ヶ月間よろしくな、ハク」
「はい、こちらこそ、改めてよろしくお願いします、マスター」
こころなしか、さっきよりもハクの表情が和らいだような気がした。だが、それでもまだ、ハクとの会話はどこか落ち着かない。
やっぱり、俺は下から目線で会話されるのがあまり好きではないみたいだ。
「マスターっていうのは落ち着かないからやめてくれないか。それと、敬語を使う必要もない。できるか?」
「・・・分かった。よろしく、遼」
一瞬で相手の要望に応えるレスポンスの良さは流石。見た目が少し大人びている外見という事もあってか、俺にタメ口をきくハクは、とてもサマになっていた。
続く
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