エピローグ

 「ハク、ブリオッシュが焼けたよ!」
 ルータオ修道院の一室、食堂の奥にある厨房で、楽しげなリンの声が響いた。あれからリンの料理の腕前はめきめきと向上し、今はいっぱしのブリオッシュを一人で焼ける様にまで成長していたのである。熱いトレイの上に載せられたブリオッシュを見て、思わず目元を緩めたハクは、リンに向かってこう言った。
 「良く焼けているわ、リン。」
 あの日以来、二人きりの時だけハクはリンのことを本名で呼ぶようになっていたのである。その言葉に嬉しそうに微笑んだリンは、ハクに向かってこう言った。
 「食べてみて、ハク。」
 促す様なその言葉にハクはそのままブリオッシュに手を伸ばし、少し熱すぎる生地を丁寧にちぎり取ると、そのまま形の良い口の中に納めた。そして、ブリオッシュを噛みしめる。
 「美味しい。」
 お世辞でもなんでもなく、自然に零れた言葉にリンは嬉しそうに頷き、そして自らもブリオッシュを千切るとハクと同じように均整のとれた唇へとそれを放り込んだ。そして、満足げにリンは頷く。
 「うん、良くできているわ。これなら喜んでくれるかな?」
 「喜んでくれる?」
 一体、リンは誰にブリオッシュを食べさせるつもりだったのだろうか。そうハクが考えていると、リンは少しだけ恥ずかしそうに、まるで恋する乙女の様にこう言った。
 「レンに。もうすぐ、あたし達の誕生日なの。」
 そうか、とハクは考えた。いつの頃からは分からない。でも多分、リグレットメッセージを流し始めた頃から、リンはレンの為に何かを出来ないか考えていたのだろう。その答えがブリオッシュだったのか、とハクは妙に得心し、そしてこう言った。
 「きっと喜ぶわ。」
 あの時、あたしがリンを殺しかけた時に現れた幻影。あれは多分レンだったのだろう。レンのおかげで、あたしも救われた。憎しみは何も生まない。きっと、ミクさまもそう仰るだろうから。だから、あたしからも何かレンに贈り物をしなければいけないわ、とハクは考え、続けてリンに向かってこう言った。
 「なら、一緒に花束も必要ね。」
 その言葉に、リンは笑顔を見せて、そしてこう言った。
 「あたしもそう考えていたの。なら、今からハルジオンを摘みに行こう。」
 「そうね、いいアイディアだと思うわ。」
 リンの言葉にすぐに同意を示したハクは、早速とばかりにエプロンを解き始めたリンと同じ様に自らもエプロンを解いて、それを丁寧に畳むと厨房の一角に納める。そのまま、自然にハクの左腕に両手を絡めたリンに引っ張られる様にハクは宿舎から出て、修道院の裏手の野原へと向かうことにしたのである。そろそろハルジオンの季節も終わりかけているが、まだまだ美しいままの姿を残しているハルジオンの姿を見つけて感嘆の声を上げたリンは、以前と同じように無邪気で楽しげな表情のままでハルジオンを摘みだした。その様子を眺めながら、リンと同じようにハルジオンを一輪手に取ったハクは、まるであたし達の為にあるような花ね、と考えた。さて、果たしてリンはあの言葉を知っているのだろうか、と考え、悪戯っぽく笑いながら、ハクはリンに向かってこう言った。
 「リン、知っている?」
 その言葉に、リンは振り向いて、こう答えた。
 「何を?」
 「ハルジオンの、花言葉。」
 そのハクの問いに、リンは首を傾げてからこう言った。
 「知らないわ。」
 やはり、知らなかったか。何と無い優越感を味わったハクは、続いて丁寧な口調でこう言った。
 「『追憶の愛』」
 追憶の愛。ハクの言葉を受けて、リンは何かを確認するようにそう呟いた。つまり、思い出の中の愛ということか。思い出す人はかつての婚約者の姿ではなく、リンと同じ魂を授かった金髪蒼眼の少年の姿。そっか、とリンは考えた。ハクがミクのことを愛していたように、あたしもまた、レンを愛していたのか。それが兄妹愛なのか、それとも男女としての愛なのか、それは良く理解できなかったけれど。ただ、そのレンはもういない。追憶の中にしか存在しない。あたしと、ハクの為にある花。これからのあたしの人生を添えてくれる、小さくて力強い、そして優しい花。
 「ありがとう。」
 ハルジオンの花弁を優しく撫でながら、リンはそう言った。半分はハルジオンに。そしてもう半分は、リンが初めて愛した男性、レンの為に。

 その後、ゴールデンシティの一角、王族の墓地の中に、一人の女性が訪れる様になった。桃色の髪を持つその女性は、毎年欠かさずハルジオンが咲き誇る時期になると現れ、そしてブリオッシュと、ハルジオンの花束をリン女王の墓に供えたという。

 そして、四年。


次回作『South North Story』に続く。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン81 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】 最終話

ハルジオン様

この度は私の小説の舞台となって頂き、本当にありがとうございました。
そもそも、リンとハクをつなげるアイテムとして、悪ノ華→花→黄色と白、という単純な思考からググった結果、なんとなくハルジオン様を選択しようと考えたのですが、何となく調べた花言葉に私は心から身震いしました。
『追憶の愛』
まさにこの作品のテーマだと考え、その瞬間にハルジオンのラストシーンが決まった訳です。
本当に、ありがとうございました。

と、ハルジオン様のお礼を書いたところで、皆様、ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!ええと、ワードで302ページ、文字数33万字!というラノベ3冊分に相当する作品になってしまいました。
僕もここまで長い小説書いたのは初めてです^^;
本当にお読み頂き、ありがとうございましたm(__)m

でも続く^^;
いつまで書くつもりなんですかねぇ←他人事か。。
と、とにかく、呆れずに次回作にもお付き合い頂ければ幸いです。
というか読んでください、お願いしますm(__)m

ただ、次回作の構想は大雑把には出来ているのですが、詳細は出来ていません。その為、勝手ながら来週は投稿をお休みして、再来週から連載開始したいと考えております。どうかご容赦くださいませ☆


最後になりましたが、素晴らしい原曲をご提供頂きました悪ノP様に重ね重ね御礼申し上げます。
本当にありがとうございました!

閲覧数:1,355

投稿日:2010/06/06 17:27:02

文字数:1,960文字

カテゴリ:小説

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  • レイジ

    レイジ

    コメントのお返し

    おお、お久しぶりです!
    いや?思った以上に長い作品になってしまいました^^;
    DLは大変だと思いますが、宜しくお願いします☆

    小説書き始めたのですね!ぜひ読ませてください☆
    大丈夫です、最初は皆下手糞なんで・・。俺も高校の時に書いた小説はもう、そりゃ酷いものでしたwww
    若いうちから書き始めれば、その分文章力の成長も早いと思います。
    僕のアドバイスでよければ、いくらでもさせて頂きます♪

    それでは、これからも宜しくお願いします!

    2010/06/20 15:17:38

  • やくると

    やくると

    その他

    ええっと・・・yakurutoです。しばらくパソコンにさわれず、今日さわれたので、見にきたら、
    81ですか・・・。度肝を抜かれました。
    よくこんなに書けるなぁ、と感嘆しているところです。と、とりあえず、DLできるだけDLして、読んでいきたいと思っています。(僕個人のPCはネット接続されていないので・・・)
    ちなみに、レイジ様に触発され、現在学校の合間を縫って悪のシリーズの小説をノートに書いています。生まれて初めてです、自分から話を書き始めたのは。
    ピアプロに投稿するかは・・・わかりませんが、(文章がとても下手なので)もし万が一投稿する事になったら、アドバイスいただけると光栄です!

    最後に一言。  悪のシリーズは、何回読んでも、聞いても、目からブリオッシュですねっ!!

    2010/06/20 14:38:57

    • レイジ

      レイジ

      おお、お久しぶりです!
      いや?思った以上に長い作品になってしまいました^^;
      DLは大変だと思いますが、宜しくお願いします☆

      小説書き始めたのですね!ぜひ読ませてください☆
      大丈夫です、最初は皆下手糞なんで・・。俺も高校の時に書いた小説はもう、そりゃ酷いものでしたwww
      若いうちから書き始めれば、その分文章力の成長も早いと思います。
      僕のアドバイスでよければ、いくらでもさせて頂きます♪

      それでは、これからも宜しくお願いします!

      2010/06/20 15:17:38

  • sukima_neru

    sukima_neru

    ご意見・ご感想

    ハルジオン完結おめでとうございます。
    ラノベ三冊分…すごいです。レイジさんお疲れ様です。

    私はこのハルジオンという作品に出合えたことに心から感謝しています。
    ストーリーは悪のシリーズですが、レイジさんの解釈・魅せ方に感動しました。
    リンも、レンも、カイトも、ミクも、メイコも、ハクもとても生き生きしていて、
    悲しいシーンでは毎回パソコンの前で本当に泣きそうになりました。…ネル、安らかに。
    それとレイジさんのオリジナルキャラも大好きでした。特にロックバード伯爵とアレクとウェッジですね。
    あの3人は本当に好きです。ロックバード伯爵のいいおいじさまっぷりは言うまでもないですが、ほか二人の活躍もとても楽しかったです。頑張れウェッジ!

    レイジさん素敵な作品をありがとう。M&Mコンビもありがとう!
    お疲れ様、とは言いましたが続編あるんですよね。無理しない程度に頑張って下さい。

    2010/06/16 15:33:49

    • レイジ

      レイジ

      お読み頂きありがとうございます!

      ここまでこれたのも、いつもコメントをくれた皆様のおかげだと痛感しています。
      なんど心折れそうになったことか・・。
      作品の完結を待っている人がいるという事実が小説を書き続けられた原動力だと思います!

      『悪ノ娘』は沢山の方が小説にされているので、その中でもひときわ輝くものを、と意識して書いていたので、こうして沢山の方から嬉しすぎるコメントを頂いて、僕自身も感動しています。
      しかもボカロの作品なのにオリキャラまでファンが出来て・・。嬉しいやら吃驚やら・・。
      (特にウェッジの人気は完全に予想外でした^^;)

      僕もロックバードのように格好いい中年おやじに慣れるように頑張ります☆

      では、次回作でお会いしましょう!
      今後も宜しくお願い致します!
      重ね重ね、本当にありがとうございました!

      2010/06/18 23:51:05

  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    うわぁぁぁん><
    終わっちまった・・
    前回でMコンビとお別れでショボンってしたら
    今度はストーリーとお別れ・・
    でも完結おめでとぅぅぅです^^
    あれだけ見たいラストと、
    来てほしくなかった完結が同時にやってきました・・(当たり前

    South North Story!!!!!
    またまた大好きな曲っっww
    そしてまさかのあくゆりんっっ!!
    ダブルで大好きなんで超嬉しいです^^

    続き期待しておりますっっ

    2010/06/07 19:28:30

    • レイジ

      レイジ

      終わっちまったなぁ・・。
      本当に終わっちまった・・。

      なんかもう、見たかった&来て欲しくなかった、って、どれだけ楽しみにしてくれていたんだろう、と思って俺も改めて感動した。
      本当に、読んでくれてありがとう☆

      でも書き足りないんだよ!
      ということで、次回も期待していてくださいね♪
      嬉しいと言って頂けると俺も身が引き締まります☆

      では、次回作も宜しく!

      2010/06/07 23:05:56

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