それは、いよいよ夏も盛りを迎え、連日続く暑さが何となく気怠さを齎していた、とある朝の事……。
平穏で代わり映えのしない日常は、呼び鈴の音と共に破られる事となったのだ。
†††
「――…すいませーん! お届け物ですよ。七篠さん、いらっしゃいますか?」
軽やかに玄関の扉が叩かれ、その向こうから聞こえる声と言葉に。
やや遅めの朝食の準備をしていた手を止め、食卓の片隅でカップアイスを掘り返していたエイトと、顔を見合わせる。
互いに浮かべるのは、疑問の色を露わにした表情……。
とは言え、無邪気に小首を傾げたエイトと、どちらかと言えば困惑に眉を寄せた私では、そこに含む意味合いは大分に異なっていたと思われるが。
……届け物って……誰から、だろう?
通販などを頼んだ覚えは無い。
やや遅めの中元と言えなくもない時期だが、贈ってくる相手に心当たりは無い。
家族や、友人からも、何か荷物を送ったから受け取れなんて話は無かった筈である。
「ますたぁ……?」
応対に出ないのか、と問いたげな顔をして、エイトが不思議そうに見上げて来る。
――…まぁ、良いか……出れば判る事だ。
溜め息を一つ吐いて、再び叩かれる扉の音に応えを返した。
一応……業者を疑う訳でも無いが、万が一の用心の為にドアチェーンは掛けたまま、扉を開ける。
「あっ! おはようございます、七篠さん」
『あー……暑い中、お疲れ様です。っと……荷物、ですか?』
「はい。こちらですよね? ……受け取りの証明にサインを頂けますか?」
『……えー、と…はい。ドアを開けるので、少々、お待ち願います』
……提示された伝票の宛名と住所は、確かに私自身のそれに間違いないらしい。
送り主として記されているのは、一応は仲の良い叔母の名で、どうやら不審な荷物という訳ではない様だが。
しかし…――。
『……あの…その荷物、部屋の中まで運んで貰って良いですか』
いったい何が入っているのか、“それ”はやたらと大きく、頑丈そうな梱包を施された代物だった。
幅と、奥行きは、いずれも私自身の肩幅より少し広く。
そして高さに到っては、胸までは届かないが臍の位置よりは上に来る程である。
何となく、洗濯機を連想する大きさだが……まさか、そんなモノを送って来られる謂れは無いだろう。
「重いですからね。分かりました。ええっと……この辺ですか?」
『お手数かけます』
配達員に頼めば、あっさりと了承を返され。
傍に控えていた相棒を呼んで、二人掛かりで荷物を運び入れてくれた辺り、やはり荷物は大きさに見合うだけの重さもあるらしい。
もし、荷物を玄関先に置かせたまま配達員を帰していたならば、果たして無事に私一人の手に負えていただろうか。
『……たかが荷物を動かす為に、朝一番から友人を呼び付けるワケにもなぁ……』
興味津々と荷物を見つめているエイトの頭を軽く撫で、僅かに苦笑が洩れた。
「……それで……その、にもつ…いったい、なにが…とどいたのですか……?」
『ん……? さて、な……開封して見るのが早いか』
危ないから、エイトは少し下がっておいで。
そう声を掛けて。
小物入れを探り、カッターを取り上げると、無造作にも梱包を引き裂きに掛かる。
普段は、なるべく包装紙さえ傷付けない様に粗略に扱う事はしない私だが、今回ばかりは荷物の中身を早く知りたいという欲求の方が先に立った。
荷造り紐を切り外して、包装紙を破り取り、ガムテープを剥いで段ボールの箱を開ける。
と、今度は白い発泡スチロールの緩衝材。
ついでに不織布で幾重にも丁寧に包んであるらしい、それ。
……適当に荷物を荒らし散らかしていると、不意に、携帯が鳴った。
『……』
何となく、気が抜けた様な思いがする。
小さく溜め息を吐いて、着信を訴える携帯を取り、通話ボタンを押すと。
聞こえてきたのは、件の荷物の送り主である叔母の声だった。
〔あー…もしもし……希美? 送った荷物、そろそろかと思って電話したんだけどさ……届いた?〕
『貴女でしたか。そうですね、開封しようとしていたところですが……何です、コレ?』
〔うん。それそれ、何かの懸賞に応募したら当たったみたいなんだけど、あたしには用が無さそうな代物だったからさぁ……〕
『あぁ……また、なんですね』
懸賞は、この叔母の趣味と言っても良い。
応募する事を目的としている故か、結果的に手に入る物品には然程の関心が無いらしく、そう言えば、過去にも「お裾分け」を貰った覚えが無いでもない。
普段なら実家に送られて来るので、この家で受け取るのは初めてだが……。
『それにしても、今回は随分と大きな獲物を引っ掛けられた様で……』
〔そうなのよ…! あたしも、ソレが届いた時はビックリしちゃったわぁ……〕
片手に携帯を握り、空いた方の手では最後の包装を解こうと探りながら、呆れ半分の感心半分に溜め息を吐くと。
向こう側からも、同じ温度の感情が含まれた苦笑が返って来た。
〔適当に始末しても良かったんだけどねぇ。アンタさぁ、ほら…何だったか……少し前に欲しいって言ってたでしょ?〕
『――……?』
気を持たせるばかりで、今一つ要領を得ない言葉に、こちらも、ついつい伝わらないのは承知の上で首を捻る……が。
〔ぼーかろいど、とか言ったっけ?〕
泰然として告げられた答えと。
ようやく捲り上げられた不織布の隙間に覗いた、艶やかな紫の色に、一瞬、呼吸も忘れて目を瞠った。
え……マジ、か? コレ?
「がくっぽいど……?」
傍から覗き込んでいたエイトが、咄嗟に声に出なかった私の言葉を、そのまま読み取り、代弁したかの如く、小さく呟く。
否や、彼は彼で、彼の見たまま思ったままに発声しただけの事だろうが。
――…そう。
一際に目を引くのは、人間に有り得べからぬ色彩で豊かに流れ落ちる長い長い髪で。
人形の様、と言うか正しく人形そのものの、何処までも綺麗に整った白皙の顔……そこに淡紫の影を落とす睫毛の下の双眸は、まるで眠ってでもいる様に閉ざされて。
やはり、見事に均整の取れた長身を、小さく折り畳む様にして。
真白い不織布に包まれ窮屈な箱に収められていたのは、がくっぽいど――…或いは、神威がくぽの呼び名を与えられた、成人男性型のVOCALOIDだった――……。
†††
【KAITOの種】種と叔母と夏の朝の宅配便【蒔いてみた】
暑い日が続きますね。
と言うわけで、改めて神威さん参入です。
六月には既に居た様ですので、きっとこれは去年の夏の話なのです。
種の配布所こと本家様はこちらから↓
http://piapro.jp/t/K2xY
第一話↓
http://piapro.jp/t/2dM5
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