寒さも幾分和らぎ、うららかな日差しが暖かく肌を差す。殺風景な木に芽吹いていた新芽はいつの間にか蕾に縮こまり、今や見る人全てを魅了する桃色の花へと姿を変えた。ふわりふわりと舞い落ちる桜の花弁にまみれながら、鞄を持った生徒達は『私立ボーカロイド学校』と彫りこまれた校門へと次々に向かう。授業は午前中に終わったので、部活動やその他の用事が無い生徒にとっては学校に長居する必要が無い。よって、半数の生徒が帰宅のために校門に集まるのだが、この時間帯にここを通過出来るのは約五分程かかるのだ。
なぜなら、この『私立ボーカロイド学校』は中高一貫の学校なので、抱える生徒の数も多い。なのに、生徒が出入りを許されるのは正門だけ。そうなると、この時間帯のこの場所は必然的に人で溢れかえってしまうのだ。お世辞にも大きいとは言えない校門から、午後の予定に胸を弾ませた生徒が、蛇口から流れる水道水の様に絶え間なく出ていく。

その流れに逆らって、一人の生徒が人ごみの中を歩いていた。

桜の花弁と同じ色の長い髪が印象的な、高等部の制服を身に付けた女子生徒だ。帰宅ラッシュの流れに逆らう様に歩く彼女に生徒達は訝しげな視線を送るが、彼女は頭のカチューシャの位置を軽く直すと、生徒達には目もくれずに校門をくぐりぬけた。





『校長室』と堂々と書かれたプレートと手元の学校案内図を見比べ、女子生徒は軽く息を吐いた。緊張に震える手でコンコンどドアを叩くと、中から「入りなさい」と声が聞こえた。
「失礼します。」
大きな音が鳴らないように丁寧に扉を閉めると、女子生徒は首は動かさず目線だけで部屋を見回した。部屋に居るのは女子生徒と眼鏡をかけた四十代の細身の男性、そして銀色の髪を後ろで少し縛った二十歳位の好青年の三人だけのようだ。
「私は教頭の村田という。こちらは君のクラス、二年一組の担任の本音出琉先生だ。」
「初めまして、巡音流架です。」
ぺこりと一礼してから、教頭に促された流架はソファーに腰を下ろした。その時、異様な光景が流架の目に入った。
教頭の背後に、一組の机と椅子があった。それ自体はとりわけ異様ではない。なにが異様かというと、机の上には書類とティーカップと齧りかけのフランスパンが乱雑に散らばっている事と、黒い革で出来た高級そうな椅子が机と百八十度違う方向を向いている事だ。
「……」
緊張が、著しく消失していく。恐らく、この部屋の主の机なのだろうが、あまりに部屋のイメージと違う。今流架が座るソファーの周りや入口付近は綺麗に整頓されているのに、そこだけが別世界のように散らかっていた。
急に表情を変えた流架に、教頭は首を傾げて流架の視線を追う。その視線の先にあるものに気づいた教頭は、ばつが悪そうに眉根を寄せた。
「み…見苦しくて申し訳ない。校長は急用が出来たと言って片づけもせずにどこかに行ってしまわれたんだ…。」
まったくあの人は少しはご自分の立場を弁えて行動して欲しいものだとなにやらぶつぶつ呟いていたが、聴かなかった事にしよう。
「話を戻すが…巡音、お前三日前にアメリカから単身で帰国したばっかなんだよな?」
未だに校長への文句を呪文の様に唱える教頭を放置して、出琉が手元の資料と流架の顔を交互に見比べた。
「はい。生活費は父母が送ってきてくれるので大丈夫です。」
「…そうか。まあ、何かあったら俺かクラスの奴に聞け。俺からは以上。」
先生らしからぬぶっきらぼうな物言いに、緊張に固まっていた流架の口元が自然と綻んだ。
「教頭。話が無いんなら俺帰っていいっすか?」
「本音君、その言葉使いは何だね? 君ももう少し教師としての自覚をもって…」
「帰っていいそうだ。俺は帰るけど、巡音はどうする? 校舎見学とかすんのか?」
見事に無視された教頭を少し哀れに思ったが、流架は鞄を持って立ち上がると言った。
「はい。一つだけ行きたい場所があるので…。」






案内図を頼りに校舎内を歩いていた流架は、ようやく目的の場所に辿りついた。書物や、静かな空間を好む流架がこれからお世話になるであろう部屋の入り口に立ち、案内図を鞄の中に仕舞う。
流架は少し錆びた引き戸の取っ手に手をかけ、ゆっくりと開け放った。古い本の独特なにおいと、準備室で先生達が飲むコーヒーの香りが鼻をくすぐる。時折聞こえる誰かが本のページをめくる音やペンがノートを滑る音が、より静かさを引き立てていた。広さにして体育館程はある部屋の壁はほとんどが本棚に隠され、入口のすぐ左手にあるカウンターの正面には大きな机が幾つか設けられており、その奥にはさらに本棚が等間隔で鎮座していた。前の学校の図書室はこんなに広くはなかったなと思った流架が、本を探すために歩き出した時だった。



「ねぇ…あの子何?」



その言葉は確かに流架にも届いた。
どうせ自分の事ではないだろうと思いながら歩く流架の耳に、無情にもその会話は聞こえてくる。
「あの子って…あのピンク色の髪の子?」
「新しい子かな? でも何か無表情で怖い…。」
「確かにちょっと近寄りがたいわ…ああいう子は。」
……聞こえてるっての。せめて聞こえない様に喋ってよ。
流架はぴたりと足を止めた。興奮していた心が急激に冷めていくのが自分でも分かった。慣れているとはいえ、やはり悪口や陰口は聞いていて気分の良くなるものではない。
流架はアメリカでは除け者だった。
理由は、日本人だから、成績が良いから、男子にモテるから等々。どうしようもなくしょうもない理由なので、流架も彼らと仲良くしようとは思わなかった。常に周りから距離を置き、いつも一人で居た。
だから、別に何とも思わない。
友達が欲しいとも、クラスのみんなと仲良くしたいとも、思わない。このまま平穏に、何もなく時が経てば、それでいい。



求めて手を伸ばしても、指の隙間からこぼれてしまうのだから。




流架はぶんぶんと頭を振って思考を振り払った。
忘れよう。忘れて、新しい生活を始めよう。そして、早く暇つぶしができそうな本を探してとっとと帰ろう。
そう思い至り、流架は再び歩き出そうとした。
刹那、
ヒュンッ、と空気を切り裂く音がした。
反応する暇も無く、目にも留らぬ速さで飛んできた何かは流架の前髪を掠めて本棚に突き刺さった。遅れてやってきた凄まじい風圧が、流架の頬を容赦なく叩く。衝撃に負けた本棚には亀裂が走り、木屑がパラパラと舞った。
「……!?」
流架は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がり、しばらく動けなかった。
後一歩でも踏み出せば自分がどうなっていたかを想像すると、恐怖が背中を駆け上がった。
「あ゛ー!!!」
続いて聞こえた、誰かの絶叫にならない絶叫。
流架が慌てて声のした方に首を動かすと、もう春だというのに…それ以前に室内だというのに髪と同じ色をした青マフラーを首に巻き付けた男子生徒が、茶髪のショートヘアに高校生離れしたはち切れんばかりのバストを持つ女子生徒に向かって何やら叫んでいた。
「投げるなんて酷いよめーちゃん! あの『これ一冊で分かる!世界のアイス大全』凄く高かったんだよ!? 五千円もしたんだよ!?」
「うるさい!!」
男子生徒の抗議を遮り、女子生徒は男子生徒の脳天に拳を打ち付けた。ゴッ、と鈍い音が図書室に響く。
「今度のテストで赤点取りたくないから勉強教えてくれって泣きながら縋り付いてきたのはアンタでしょ!? なのに当の本人が何読んでんのよ!?」
「それは…ちょっと息抜きに……ってめーちゃんなんで立ってんの? ちょ、ストーップ! めーちゃんタンマタンマ! 話せばわか」
「問答無用!!」
再び、鈍い音が鳴り響いた。
「ごめんなさい! そこの子、当たらなかった?」
ぴくりとも動かなくなった男子生徒を放置して、女子生徒はつかつかと流架に歩み寄ってくる。
「いっいえ! 大丈夫です!」
流架は無駄に声を張り上げ返事をすると、くるりと踵を返し、その場から脱兎の如く逃げ出した。
「……? 変わった子ねぇ。」
ぽつりと呟いた女子生徒の言葉は、流架には聞こえなかった。










ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

巡り会えたこの場所で 1

初投稿です。なので、すごく緊張しまましたたt。


すでにPIAPROには素敵な学パロ小説がたくさんあるので、「別に今更投稿せんでもよくね?」と悪魔に囁かれていたんですが…どうにも妄想が止まらないので思い切ってやってしまいました。
そんな初心者が書き殴った文ですので、どうぞアタタカイ目で見てやって下さい。作者は限りなく筆が遅いですがorz


基本、主人公(一応)であるルカ様を中心に大人組メインで進めていきます。
ミクやリンレンやグミも出します。(多分)
話の都合上登場が極端に遅くなるかもしれませんが…



こんな奴ですが、どうぞ宜しくお願いします。m(_ _)m

閲覧数:576

投稿日:2010/03/27 21:14:03

文字数:3,343文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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