イヤフォンをつけて寝転がった。ポータブルプレイヤーからお気に入りの曲を選んで流す。部屋は静寂だけれど、僕の体は音楽に満たされた。
 忘れられていたメロディが耳にそそがれる。一つ一つの音に集中してそれを追ってゆく。目を閉じて、その暗闇のなかで、一つ一つの音が輝いて、さながらプラネタリウム。僕はその暗闇のただなかを宙ぶらりんに漂い続ける存在にすぎなくなる。
 そのプラネタリウムの中のある一つの星が――僕の思い出深い曲だ――さっと近くに寄ってくる。その星の出す、暖かな光に包まれて、僕は思い出の中に向かう。
 僕はある空間に置かれる。それは様々な風景の中。僕の部屋のベッドの上だったり、庭を眺める縁側だったり、並木道の中の一つのベンチだったり、噴水のヘリだったりする。僕はそれらの風景の中で、一様に座り込んでおり、そしていつも隣に同じ女の子がいる。
 それらの風景は、僕がその女の子を見かけた場所であった。そして時々、自分がその女の子と行けたらいいなと思った場所である。今日は海岸沿いの堤防で、僕はその女の子の隣に座っていた。
 僕は彼女のことを――何も知らない。話をしたこともなければ、仔細にその容姿を記憶しているわけでもない。だからその女の子はいつも想像上だ。だけれど、彼女の雰囲気や、その憧れた日々をはっきりと思い出せる。なぜそれができるかと言うと、今流れている曲があったからだ。
 彼女を見ると、この曲を思い出した。遠くから見る彼女に、この曲を当てはめていた。そして僕の頭の中で、この曲のイメージは彼女であった。のせられた女性ボーカルの声は彼女の声だった。僕のイマジネーションは彼女とこの曲を結びつけ、それがすべてだった。
 今いるこの風景の中で、女の子は音楽を聴いていた。耳にイヤフォンをつけて、ポータブルプレイヤーから流れる曲を、目を閉じて聴いていた。僕は女の子が何の曲を聴いているかわかる。言わずもがな僕のイマジネーションその女の子に結びつけたあの曲だ。――この風景の中、確かなのはこの曲だけなのだから。
 女の子は、小さく歌を口ずさんでいた。でも声は聞こえない。潮風のせいでも何でもなく、歌声が聞こえない理由は、ひとえに、僕が彼女の本当の歌声を知らないがゆえだ!
 あぁでも、潮風の中で彼女を見つめる。なびいた髪に、閉じられたまぶた。なびいた髪に、閉じられたまぶた。僕がその姿を長く見つめられないのは、黒髪がきらきらと弾く太陽の眩しさだけでなかったろう。
 歌詞を声も出さずに口ずさむ。曲は最後、フェードアウトして終わった。そしてその余韻を残すように、その風景は静かに離れていった。次の星が輝きだした。
 僕はイヤフォンを外して、現実に戻る。優しい風が入り込む部屋の、天井と釣り下げられた明かりの灯っていない電灯が見える。もう何度目か、思いがけず聞いた曲で、彼女を思い出すのは。

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2010/02/15、習作。久々にマクロスFの「アナタノオト」を聴いていたら声も出さず口ずさんでしまった。ああいうのって、なんか歌手と同調してしまったようでエロティシズムですよね。
「彼女」と「女の子」の使い分けができていないのが難点か。ていうか久しく女の子と男の子が同居するものを書いた気がする。

何がしかご意見いただけると幸いです。失敬。

閲覧数:61

投稿日:2010/02/16 00:45:50

文字数:1,197文字

カテゴリ:小説

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