俺にとって、音楽とは聞くものであり、作るものではなかった。
音楽自体は好きだが、作曲なんてする才能は、微塵も持ち合わせていなかったし。
そもそも、自分で歌を作るなんて考えたこともなかった。
テレビやラジオ、ネットの海から流れる曲をただなんとなく聴き、時々気に入った曲があれば携帯やプレーヤーを使ってインストールして作業するときの気晴らしにする。
俺の生活にある音楽は、そんなもんだった。
だから、この時の電話の着信音だってちょっと流行遅れのJポップで、それが机の片隅で鳴り響いていた。
折りたたみ式の携帯を開いて耳に当てる。
「はい、もしもし?」
「よう、卓!俺だ、俺。元気してるか?」
若干渋めの声をした電話の主には心当たりがあった。
「先輩?お久しぶりです。どうしたんですか急に電話なんて?」
電話の主は大学の一個上に当たる先輩からだった。最近じゃ大学でも見かけなかったので唐突な電話に驚いた。一体どういった風の吹き回しだろう?
電話越しに先輩がなにやら照れくさそうに笑うのが聞こえた。
「いやさ、俺最近大学とかにも行ってないからさ。ちょっとな・・・」
「そうですよ、なにやってるんですか。単位が足りないとか言ってたくせに、就活でもしてるんですか?」
「ん、まぁそんなところだ」
そこから先はしばらく世間話をして時間を潰した。色々と落ち着きがないし、我侭な人ではあるが、やはり話をしていると憎めない人だ。
ひとしきり話し終わると、ふと先輩は咳払いの後につぶやく。
「ところで卓。ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ」
「なんですか?またお金をせびってきても貸してあげませんよ」
「ハハッ、安心しろ。別に金欠でたかるために電話したわけじゃない。実はな、お前にパソコンソフトのモニターをやって欲しいんだ」
「モニターですか?いいですけど、なんのソフトなんです?」
「音楽ツールソフト」
あまりに予想外なので会話が一瞬止まってしまった。少しの間の後、ため息が漏れる。
「先輩、それって明らかに人選ミスもいいとこですよ。俺音楽ソフトなんて今まで使ったことないし、そもそもそんな知識欠片も持ってないです」
「大丈夫、大丈夫。知識や技術なんかは手伝ってやるし、他にも困ったら専用のスタッフがいるから何でも教えてくれるさ。モニターといってもただ普通に使っていればいいし、ある程度ならお金も出るぜ」
お金と言う言葉に若干心が揺れた。そんな邪心に頭を振って先輩の悪魔の囁きを振り払う。
「だけど、俺なんかにやらせてもいいデータなんて出ませんよ。そうだ、長谷川がいるじゃないですか。あいつなら音楽とか詳しいですよ」
「あいつじゃ駄目なんだ。お前でないと意味ないんだよ」
「なんですかそれ?わかった、なんかの罰ゲームかなんかでしょ」
「違うって。とりあえず、お前以外じゃこのテストやっても意味ないんだ、頼むよ」
電話越しに先輩の拝むような姿が浮かんだ。なんでそんなにまでして俺を指名するのか、理由はともあれいたずらや冗談で言っているわけではないらしい。
しばらくの間をおいて、
「……はぁ、どうなっても知りませんよ、俺」
いろいろと不満や疑問を飲み込み、渋々とそれだけ呟く。電話の向こうで物音が響く。
「おお!じゃあオッケーなんだな?!」
「期待しないでくださいよ。とりあえず引き受けるだけですからね」
俺はしつこいくらいに念押しした。しかしその言葉が届いているのかいないのか、先輩の声に変化はなかった。
「大丈夫大丈夫、お前なら何とかなるって。じゃあ早速今から送るから、明日には着くんで受け取ってくれ」
「わかりました。またなんかあったら電話します」
そして携帯の電源を切った。
翌日。
昨日の電話のとおり、荷物は朝早くに送られてきた。
送られてきたのだが……
「な、なんだこれ?!」
受け取った荷物を見下ろし、唖然とする。そこには大型の冷蔵庫でも入っているんじゃないかと思えるほどの大きなダンボールがデンと鎮座していた。
「これ、本当にあて先家ですか?何かの間違えじゃ・・・・・」
「いえ、伝票では確かにここですよ」
帽子を目深に被り、なぜか真夏なのにマフラーをつけた宅配便のお兄さんはやけに爽やかな笑顔を浮かべて伝票をこちらに向ける。そこには確かに、先輩の名義で家の住所が書いてあった。
「音楽ソフトで、なんでこんな大きなものが来るんだ?!」
開いた口が塞がらず、立ち尽くしていると、宅配のお兄さんは俺の手に握られていた判子を勝手にとって伝票に押し、また握らされた。
「それでは、僕はこれで失礼します。頑張ってくださいね」
「……あ、はい。どうもご苦労様で…す?」
閉まった扉を見ながらふと思う。
がんばれって、いったい何のことだろう?
「…………まぁ、いいか。それよりこれ、どうしよう」
いつまでも玄関に置いておいても邪魔だし、仕方ないのでリビングまで運ぶ。しかしそれがまたとんでもない重労働だった。あの宅配の人物、こんなものを一人で運んでいたのかと悲鳴を上げる。
なんとかリビングまで運び込み、一息つく。そして、ダンボールの箱を開け始める。ずいぶんと厳重に封がされている。ダンボールが二重で敷き詰められプチプチが何枚も巻かれている。
「これ、ホントにただのパソコンソフトなのか?」
こういうのってちゃんとクーリングオフとか聞くんだろうか。正直、そう言った事にはまるで関心も経験もないから勘弁してほしい。
だんだんと不安が募るなか、遂に最後の蓋に手が伸びる。
そして蓋を外して中に入ったコンポーを退かす。
その時、ふと手のひらに人の頭ほどの大きさもある何かに触れた。
「……?」
疑問に思いながら、さらにコンポーをだす。
そして俺は次の瞬間、この20年足らずの人生でかつてないほど驚くこととなった。
「お、おおおおおおおおお、女の子?!!」
これが、俺と初音ミクとの、最初の出会いだった。
小説『ハツネミク』 序章
「人と人との出会いが、何かを意味しているんだったら、この出会いにもちゃんとした意味があったのだろうか?」
音楽製作にまったく興味のない青年、高野卓はある日大学の親しい先輩から音楽ソフトのテストを頼まれた。渋々承諾した翌日、そこには妙にでかい荷物が送られていて・・・
友達と話している中で思いついた作品です。妄想とかいろいろいっぱいです、すみません。文章作品は初めてなので拙い内容と文章ですが、読んでいただいてコメントなんぞ頂けたらこれ以上ないほどの幸いです。
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