28.女王リン、即位
レンと王女の部屋で落ち合い、王女の服装に戻ったリンは、まずレンに指示を出し、緊急事態の名目で王と王妃の部屋へ向わせた。
目的は、亡くなっている王と王妃を発見するため、そして、彼らに長年にわたり危険な投薬をしていた医師の身柄を押さえるためである。部屋に着いたレンは、大声で兵士を呼ぶ。レンは見事に、第一発見者を演じた。
泣いた跡をしっかりと化粧で隠し、リンはまず王女の間で報告を待った。
レンの叫びに集まった兵士は、病室で王と王妃の遺体を発見する。そして慌てふためいてやってきた医師の身柄を押さえたのだった。
レンが、王女の部屋へ戻ってきた。兵士と身柄を押さえた医師を連れ、動かぬ証拠である寝台の下の水薬の壷を持っている。リンはレンと目配せしうなずき、ドレスを捌いて立ち上がった。
「このまま会議室へ行くわよ」
* *
王と王妃の病室の明りが消えている。
このことに驚いたのは諸侯の一人、シャグナである。西の平野を領地に持つ彼は、諸侯たちの中でも強く黄の国の政治に口を出す。それもそのはず、西の平野はなだらかで浅い川が流れ、治水が何よりも大事なのだ。黄の国の援助を受けることで、作物の生産を大きく伸ばしてきたシャグナにとって、自分の領地に都合の良い王が立つことは重要なのである。
九年前、黄の国を未曾有の大水害が襲った。シャグナの治める地域の川は、普段は浅い川だが、一端上流に大雨が降ると暴れ龍と化す川として有名である。
一年近くかかって、他の領地から援助を受けながらなんとか復興にこぎつけた。
もう二度とこのようなことがあってはならぬと、上流の治水工事を黄の国の王へ申し出たシャグナに王はこういったのだ。
「復興へ十分援助したではないか。六十年に一度起こるか起こらないかという災害に、今使う資金は無い」
実際、この水害で黄の国は多くの被害を受けたのだ。シャグナの言い分ばかりに耳を傾けていられないという事情はシャグナにも分かる。無いものは無いという事情も分かる。
「しかし、本当に六十年に一度という保障はない! 来年再び大洪水となったらどうする! 」
シャグナの叫びを、当時の黄の国は聞くことが出来なかった。大水害で被害を受けたのはシャグナの地域だけではない。黄の国全土の及んだため、国も復興の対応に追われて資金が底をついていたのである。さらに王はシャグナに追い討ちをかけた。
「税率はそのままだ」
ばかな。シャグナは領地の執務室で毒づいた。
「必要なことはたくさんあるのに、税率を上げられないだと!」
十二の地域がひとつにまとまって国を形成しているなら、せめて被害の少ない地域から融通してくれれば良いものを。その助け合いこそが、国としてまとまる利点ではなかったのか。王に何度も具申したが、黄の王がシャグナの訴えを聞くことは無かった。
「民をこれ以上苦しめることは出来ない」
確かに災害で苦しむ民は、これ以上税を背負うことは出来ない。
「しかし私は土地を治める者です! 無理をしようと恨まれようと、未来のことを考えねばなるまい!」
「シャグナ殿! 今があってこその未来だ。いくら必要な投資であろうと、やっと復興しかかっているこの国の民にこれ以上の負担を強いることは王として出来ない!」
平行線をたどる話し合いに、ついにシャグナは決断する。
「王が話を聞かないなら……聞ける状態にしてしまえ」
当時、ちょうど遠くで国がひとつ滅びた。薬学と医術に長けた国で、多くの国民が他国に流出したことを知った。
シャグナはすぐに使いを出し、薬の扱いに長けた者を確保した。そして、当時激務で疲れ果てていた王と王妃に、最初の薬を飲ませたのである。そして、国の意思決定機関として最高位となった諸侯会議で、シャグナは税率を上げることを提案し、承諾された。
あれから八年。
リン王女は成長し、やっと嫁ぐことの出来る歳となった。ここで遠くの国へいっそ派手に送り出し、黄の国は諸侯がそれぞれ治める。税率も治水も資源の配分も、それぞれの諸侯が決めてゆく。この八年間そうしてきた体制を、これで動かぬものにする予定だった。そのような状態まで持っていく計画だった。
しかし王女は帰ってきた。おまけに。
「部屋の明りが消えている!」
部屋の橙の明りは、八年灯り続けている。連日続く薄明かりは、人を衰弱させる。消えるということは、その役目が終わった……つまり、王と王妃が死んだということだ。
「ばかな……! 計画では王女を嫁がせた後、ゆっくりと崩御なされる予定であったのに」
そしてどうやら、兵士の走り回る足音の様子から、自分の抱えた医者がしくじったこと、そして証拠の薬の正体に気づかれてしまった可能性があると感づいた。
「王女……! まさか」
青の国に行かせたのは間違いだったのか。先日、『巡り』の印を持つ情報屋がシャグナに知らせをもたらした。
「王女は青の民の信頼を得るも、青の皇子の寵愛を得られず。青の国の産業の医術分野を学んで帰国する模様」
シャグナは足元が徐々に暗い水に浸されてゆくような不安を味わった。
「知恵をつけて戻って来なさったか……! 」
そういえば、王女と共に居るはずの、諸侯の中でも発言力のあるホルストは、未だ還らない。会議室にも、現れない。シャグナは生涯で初めて、諸侯としてライバルであるはずのホルストの登場を願った。
* *
王女が会議室の扉を開けて現れた。兵士を従えて。
「全員、玉座の間に集まるように! 」
兵士の傍らには、二つの薬壷を抱えたレンがいた。そして、兵士の手には身柄を拘束された医師がいた。
「シャグナ卿。身柄を拘束させていただきます! 」
深夜、ろうそくの灯る会議室に、王女の冷たい声が通った。諸侯たちが驚きと戸惑いに慌てる中、兵士数人が王女の言葉にはじかれたように飛び出し、シャグナの腕を両脇から押さえた。
「……王女、」
先頭を王女が行く。最後尾と両脇を兵士が固め、諸侯らがまるで羊のようについてゆく。たどり着いた先は、八年間使われずにいた玉座の間だ。深夜に開く玉座の間に、諸侯らは息を飲む。直前に命令を受けた召使たちの必死の努力により、玉座とその周りだけは完璧に掃除されていた。扉から大広間、そして玉座まで、明りが灯されていた。その闇に浮かぶ明りが一行の視線を玉座まで導く。王女リンは、玉座の段のふもとまで悠然と歩き、そして振り返る。
その手には王家の剣があった。
「王と王妃は身罷られた。……よって、いまこのときを持って、王位継承権第一位のわたくしが、即位までの期間、王意代行者となります」
王女の唇がゆっくり動いた。その言葉の内容が、全ての時を止めた。
「王が……?」
「王妃が?!」
「身罷られた原因は、毒殺です。そう、この医師が証言したわ」
すべての諸侯の視線が、シャグナに集まった。
「召使三名と兵士が証拠を寝台の下から発見しました。……そしてこの王と王妃の主治医が、この薬の正体と、シャグナ卿、貴方の関与を認めています」
ざわめきに燭台の炎が揺らぎ、リンの顔を照らした。
「シャグナ」
「……はい」
「王と王妃殺しの関与を認めるか! 」
リンが声を張り、すらりと剣を抜いた。刃を見慣れない諸侯たちがいっせいに逃げ出した。
「シャグナ! 」
「はい。認めます」
玉座を背にしたリンに、シャグナの覚悟は一瞬で決まった。
これまでだ。……八年間かけて、ゆっくりと覚悟を決めてきたようなものであったとシャグナは思った。王を、殺す。もしばれたら、殺される。
シャグナの目指す通りの国が出来上がるか、それとも、他の力が強くなるのか。それはシャグナの人生を賭けた大きな賭けだった。
「負けたな」
ホルストは、何かあったのだろうか。シャグナのやり方には反対していたが、彼も今の王政に不満を持つひとりだった。まあいい。自分が死んだ後の世界は、生きている者で勝手にすればいいとシャグナは静かに目を伏せる。
そうだ。俺はもう十分手を尽くしてやったのだと。
「お退きなさい!」
リンの声に打たれ、シャグナを捕まえていた兵士たちがぱっと彼を放して後ろへ退いた。
「シャグナ! ひざまずきなさい! 八年の長きに渡り、我らをだまし王らに毒を与え続けた罪は死罪である! 」
ひらめいた刃が、風を切る音がした。
リンの手がまっすぐに、剣を持ち、シャグナの左肩に振り下ろされた。
シャグナはその刃を受けて、痛みと失血に苦しみながら逝った。
その脳裏に最期に浮かんだのは、何年経っても色あせない、濁流に飲み込まれる田畑と領民たちの悲痛な叫びだった。
その場の誰も、知る由も無い。
……剣を抜くときは、誰かのお命を頂戴すると覚悟を決めたとき。
……重さが、覚悟となって型に入ります。
リンの脳裏を、船の上の出来事がよみがえる。剣の振り方を教えてくれたガクの言葉が、刃を抜いた瞬間にリンの全身に満ち渡った。
父を殺し、母を殺し。暗い廊下を素足で走っているとき、掴んだ思いが溢れ出す。
あたしは、王。あたしは、黄の女王。あたしの幸せは……!
あたしの目指す黄の国の幸せのために。
王だから毒殺された。この時代に生まれたから苦しめられた。そのようなことが無いように。いつどこで生まれた人間でも、幸せを目指すことが出来るように。……邪魔者はすべて排除する。
それが人として『悪』だとしても、あたしは、王としてこの国に実績を残す。
手に、重い手ごたえを受けた。かまわず踏み込み、押し切った。
騒然となった会議室は、次の瞬間悲鳴に満ちた。
幾人かの諸侯が逃げようととびらへ走り出す。
「閉めよ! 」
リンの命令が飛び、兵士が反射的に出口へ通じる扉を閉めた。重い扉が人々の逃げ道を閉ざす。悲鳴に近い声が響く中、リンの命令が再び飛ぶ。
「召使の貴女。急ぎ旗を半旗に降ろしなさい。王と王妃が身罷ったことへの弔意である。
そこの兵士。小隊を率いて道中のホルストの確保に向いなさい。
そして、皆……」
リンが、ぐいと顔をあげた。血にまみれた剣をドレスの裾で拭い、鞘に鮮やかに収めた。
「お聞きなさい。わたくしが急ぎ戻った理由とは、緑と青の国が同盟を組み、黄の国へと侵攻しようとしていることである! 」
壁際に逃げていた諸侯たちが、リンのほうを振り返り、おそるおそる戻ってきた。
「わたくしの役割は、その侵攻を止め、黄の国を防衛することである」
リンは、静かに玉座への段を上った。父王の座っていた大きな椅子の前で立ち止まり、振り返る。
「さあ、会議を始めましょう。ただいまこの国は危機にある。よって、非常時につき、今この瞬間から、王意代行者改め、わたくしが、黄の国第十七代国王である!」
リンの視線が、おびえきった諸侯ら十人を射すくめた。
「さあ、」
リンが大きく息を吸い込み、声を張った。
「ひざまずきなさい! 」
頭をたれた死体がひとつ。その後ろで、いっせいに諸侯らが平伏した。
傲然と立ったリンの姿に、窓から一条の光が差し込んだ。
朝日である。
リンの髪の毛が、金色に輝いた。
そして、すべてを焼き尽くす太陽が、乾燥に呻く黄の国の大地に昇ってきた。
続く!
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ご意見・ご感想
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
一気に読ませていただきました!
王女様あらため女王様の「ひざまずきなさい!」が出ましたね!
ここからが、いよいよ悪ノ娘と呼ばれる女王様の見せ場でしょうかv
wanita様の書かれる女性陣は、みんな格好良くて惚れ惚れしますv
中でもやはり、リン王女とミク女王の対比が楽しいです。
陽性のカリスマを持つリン王女に何気にコンプレックス感じちゃっているミク女王に、不覚にも萌え・・・。
そして容赦なくヘビーな黄の国の現状、話が進むにつれてどんどん張り詰めていく緊張感がたまりませんv
途中で中だるみなんて感じさせない展開に、この緊張が崩れるときのカタルシスはどんなものだろうと、大変不謹慎な期待でwktkしながらお待ちしてます←ドS
2010/08/17 14:05:38
wanita
ありがとうございます!いやぁ…私自身ドMなもので、Sな期待を寄せられるとぞくぞくしちゃいます…なんて(^-^)/
ミクですね?もう、彼女があんなに可愛くなるなんて予想外でした。あっちこっちで儚げだの純粋だの言われて『このやろー貴様も女だろっ(笑)』と、思い切りワルくしてやろうと思ったらこの通りです☆こっちも書いているうちに可愛くなってきました。不覚っ!
互いに惹かれつつ妬みあうリンとミク、波長が合い惹かれあったレンとハク、これから悲劇と黄の王政の終焉に向かって突っ走らせるのでどうぞ宜しくo(^-^)o
目下の問題は黄の古狸ホルストの今後の動向だったり…☆
2010/08/17 22:49:28