「……ねぇ」
気づいたら、彼女は立ち上がってオレの方を向いていた。
「ん? 何だ?」
「あなたは……自分の生きている意味って考えたことある?」
そんな大層なことをいきなり聞かれても困る。だが、ミクの表情は真剣そのものだった。それはまるで、ちょっとした勢いで糸が切れてしまいそうな危うい表情に見えた。
だからオレは、何も答えられなかった。
「私は考えたことあるわ。いや、今もずっと考えてる。そう、ずっと……」
彼女にとって、オレの反応は想像の範囲だったのだろう。気にせず続ける。
「あなたには信じられないだろうけど、大戦が起こる10年ほど前ぐらいは、本当に世界は平和だったのよ。平和な時代では、誰もが娯楽を求めるものよ。私たちボーカロイドは、そんな娯楽に飢えた人達のために生み出された、歌を歌うためのアンドロイドなの。全くバカげてるでしょう? “砂塵”が蔓延する世界において、わざわざ電子機器を積んだアンドロイドを造って、娯楽を楽しんでたんだから。人間達のやる事は、時々本当に理解できない事があるわ」
同意を求められるような視線を寄越されても、困る。オレも人間のそういう習性にはよくわからないところが多いからな。
「私はたくさん歌ったわ。恋人を想う歌、家族を想う歌、故郷を想う歌……。人々から受ける拍手、歓声……とても心地よかったわ。私が生まれた理由、そして私の生きている意味を実感できた日々だったから。だから私は、もっとたくさん歌った。想いの限りを歌に乗せて。
でもね、大戦が全てを奪ったのよ。私から、生きる意味と実感を……」
ミクのその目は、強い憤りを見せていた。まるで、昨日の事の恨みのように強い光を、その瞳からは感じられた。
「戦争が始まると、みんな娯楽どころではなくなったわ。人間と“セカンド”の覇権をかけた戦いだもの。まさにそれは総力戦だったわ。日に日に活気を失ってゆく街。そこに住む人々も、やつれるかのように生気を失っていったわ。閉塞とした空気が全てだった。それは……一言で言えば地獄ね。生きることすら、その世界では苦しかったのよ。
今にしては笑い話なんだけどね、私は歌でみんなを元気づけようとしたのよ。心が安らぐような歌や、希望に満ちた歌をたくさん……それこそ数え切れないぐらい歌ったわ。でもね、私は誰一人として救えなかった。そんな事で、街の人々が元気を取り戻すなんて事はなかったのよ。それもそうよね。戦争は激しさを増して、人がどんどん死んでいくんだから……」
目を逸らしたミクは、とても痛そうな顔をした。見ているだけで、オレも胸が苦しくなった。
「そして私は必要とされなくなった。誰にも見向きもされなくなったのよ。他のボーカロイドたち──私の同型機や後継機が、大戦の最中にどんな道を歩んでいたかは知らないけど……私は幸運だった。私は初音ミク型ボーカロイドのプロトタイプだったからね。おじいちゃんは必要とされなくなった私を回収して、量産機じゃ考えられないような様々な機能を追加してくれたわ。そのおかげで、私はこんな砂漠でもひとりで生きていけるから。
おじいちゃんには感謝してる。必要とされなくなった私を、こんなにも愛してくれたんだもの。私、今でもおじいちゃんの事を愛してるわ……」
足下にある墓標を見ながら、ミクはそう言った。でもなぜだ? ミクはとても哀しそうな顔をしている。愛する人の事を語るには、不釣り合いな表情だ。それは、悲痛と呼べるほどの哀しみを帯びていた。
オレの視線に気づいたのか、ミクは自嘲気味な微笑を浮かべながら続けた。
「おじいちゃんはね、私を愛してくれたけど、本当に愛してくれていたわけじゃないのよ」
「……どういう意味だ、それは?」
「私はね、おじいちゃんの孫娘にそっくりなのよ。若くして亡くなった孫娘にね。……いいや、そっくりと言う言い方はおかしいわね。だっておじいちゃんは、私を造るときに自分の孫娘に似せて造ったんだから」
オレは言葉を失った。なぜなら、彼女が次に言う事を想像できたからだ……。
「そうなの。おじいちゃんは、私を見て孫娘の事を想っていたのよ。私を見ていた訳じゃない。私の中に、孫娘の面影を見いだしてただけ。私を愛していた訳じゃない。会えなくなった孫娘の代わりに私を愛していたに過ぎない。そんなの、わかってた。わかっていたけど……わかっていたけど、嬉しかった。おじいちゃんが与えてくれる無償の愛は、生きる意味を見失った私にはとても心地よかった。その愛情に応える事が、私の生きる実感にも繋がったんだもの。
でも、あれは堪えたなぁ。おじいちゃんね、死ぬ間際の朦朧とした意識で私を呼んだのよ。孫娘の名前でね……」
まるで昔の悪戯がバレた子供のように彼女は笑っていた。でも、その瞳の奧には哀しみの炎が宿っていたのをオレは見逃さなかった。見逃さなかったが……それをわかったところでオレに何ができるというのだろう? オレには、彼女の哀しみを想像する事しかできない。だから、彼女の気持ちを理解する事もできない。「わかった」と告げても、彼女には拒絶されるだけだろう。
所詮オレは、彼女の業を背負うことなどできないのだから……。
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